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そんな終わり、そんな始まり6(pixiv_2016年2月27日投稿)

「これから向かいますけど何か買っていくものとかありますか?」
平日の仕事終わりに電話を掛けて、返事を待つ合間にも顔が綻びる。
駄目元で夕飯一緒に食べませんかと誘ったら「じゃあ、うち来い」と言われて実は昼間密かにガッツポーズをした。
『んー…特に思いつかないな。何か食いたい物とか飲み物とか入り用な物思いついたら買って来い』
「ちなみに夕飯は何ですか?」
そう問い掛けると電話の向こうでは美味しそうな献立が並べられる。
意外にもフカミチは料理上手で、以前そう指摘すると「俺尽くすタイプだから料理ぐらいは出来るぞ」と何でもない風に言われて驚いた。
「じゃあまたあとで」
『おぉ、』

人通りのない住宅街を歩いていると少し遠くにスーツの後ろ姿を見付けた。
背格好は似ているものの雰囲気が違って知り合いではないかと諫山は携帯を取り出す。
すっかり日も落ち、家々には明かりも灯っている。
明かりのついた自分を待っていてくれる部屋に今から『帰る』んだと思うだけで思わず足早になる。
自分の為に料理をしてくれて、何でもないかのように「お帰り」と言ってくれるのだろうと想像するだけで顔がにやける。
「…」
それにふと気付いて顔を押さえて息を吐く。
これじゃただの怪しい奴だと自分に言い聞かせて足早に歩いた。
先程のスーツ姿の背中は目的地が同じだったようで、フカミチの住むマンションに入って行った。
偶然、と思って少し遅れて敷地内に入り、一基しかないエレベーターがちょうど一階に居て中に滑りこむ。
目的の階層を押して上昇を感じながら微かに高ぶる気持ちを抑えようと表示を見上げながら息を吐く。
扉が開くと少し遠くに先程のスーツ姿が居て、また、偶然、と心の中で呟く。
ふと見えた顔は、眼鏡を掛け七三分けのようなちゃんとした真面目そうな姿で、外国人が『日本人』をイメージするときのようなそんな姿だなと思って不審がられないように少し距離を取って後ろを歩く。
「…?」
そのスーツ姿が足を止めたのはフカミチの部屋の前で、徐ろに鍵を取り出すと躊躇うこともなく部屋の中に入って行った。
扉が閉まると驚きで止まった足を一気に動かして走り、扉の前まで辿り着く。
「…え?」
知らない人が入って行った、と思いながらインターホンにゆっくり指を掛ける。
間もなく聞き慣れたフカミチの声がして「開いてるから入れ」と言われてドアノブを捻った。
「…、」
明かりのついた部屋の中に、先程のスーツ姿が居て、諫山は動きを止めた。
背中の後ろで扉が重い音をさせて閉じた。
どなたですか、と声を発しようとすると、「お帰り」と聞き慣れた声がして頭が混乱する。
黒縁メガネでスーツで七三分けの目の前の男が近付いて来て首を傾げる。
「おい?」
「…フカ、ミチ、さん?」
「……………あ、この格好初めてか」
そう言って自分自身を見下ろして、未だに驚いた顔をしている諫山を見上げて悪戯が成功したかように笑った。

「…本当にフカミチさんなんですね」
シャワーを浴びてみるみる見慣れた姿になるのをじっと見ていた諫山がぼそりと呟く。
「…何でそんな普段と違う姿に」
「んー? 顔バレしないように」
「?」
不思議そうな顔の目の前に顔を近付けて悪戯っぽく笑いながら、膝に手を乗せて隣りに座った。
「昼の顔と違ってれば夜どんな人と遊んでても突っ込まれないじゃん」
「…………………なるほど」
意味ありげに笑うその顔に諫山は思わず目を逸らす。
「…」
「…」
「…ん?」
「…いえ、」
「エロい顔してる」
そう上目遣いで近付いて来るフカミチから思わず逃げるように体を引くが、それを許さず端まで追い込んで背中に腕を回して懐に飛び込む。
そのまま伸し掛かるように体が密着すると、犬でも撫でるかのように両手でわしゃわしゃと頭を撫でられた。
楽しそうな顔がすぐそこにあって、目を閉じてされるがままになる。
乱した髪を整えるように手がゆっくりと動いて、諫山は目を開くとまるで自分を愛でるようなその表情にどきりと震えた。
「…」
フカミチはそれに気付きながらも撫でる手は止めず、目の前の赤い顔を見上げ、ふと笑って額に口付ける。
「お楽しみは、あとでな」

夕飯を食べ終えた後は何をするでもなく隣に座ってぼんやりとテレビを見て、手を繋いだり離れたりを繰り返しながら時間を過ごした。
たまに戯れにキスをして、テレビにツッコミを入れて、無言の時間も苦にはならなくなった。
二人共今日は体を繋げなくともその空間だけで満足で、眠そうな目が見えてベッドに移動した。
程なくしてどちらからともなく寝息が聞こえ、それに誘われるように眠りにつく。

フカミチを背中から抱き締めて眠る時、最近気付いたことがある。
半分眠ってしまっているそのぼんやりとした状態で起こさないように背中から抱き締めると、何かを呟いて嬉しそうに微笑む。
よく耳を澄ましてみても何と言っているのかは聞き取れず、もう一度呟かないかと聞き耳を立ててみてもその日はそのまま眠ってしまう。
腹の辺りに回した腕を撫でるように手を添えて、幸せそうに微笑んで眠りにつくその姿をもう何度も見た。
そんな穏やかな顔を見られるだけで満足で、また体温で温まった布団を引き上げて眠る。
セックスをすることも楽しいし気持ちいいけれど、こんな風に何も警戒されずに曝け出してくれていることが嬉しい。
緊張も強張りもなくなり自然と縮まる距離感を感じる度に心地よい。
もう一度だけ胸一杯にフカミチの匂いを吸い込んで、目を閉じる。

朝、隣に並ぶように身支度を済ませて、いつもとは違うその姿に出来上がっていくのを思わずじっと見た。
「昨日と同じネクタイだと気付かれたら何だから」
と、差し出されたそのネクタイを手にして思わず顔が一瞬にして綻んだのをフカミチが呆れるように笑う。
そのネクタイを締めている間に、諫山のネクタイを丁寧に纏めて鞄にしまうのが見えた。
その間にもフカミチの仕事モードに変わっていく姿に思わず手が止まりそうになる度「急げ」と優しく促され、準備の出来上がったフカミチの後を追ってリビングへと向かった。
「今週末なんですけど、」
座ってろとばかりに指を指され、それに従うように諫山は先に座ると準備の出来ていた朝食をテーブルに並べる。
「悪い、週末は用がある」
「え、あ…」
「…」
「…そっか、残念」
寂しそうに笑う顔が首を傾げるように俯いた。
その顔から目を逸らして、フカミチは並べた朝食に目を落とした。
「食うぞ」
「はい、いただきます」

「じゃ、俺先出ますね」
「おー、」
鞄を手にし、上着を羽織り玄関まで歩いていると、洗い物をしていたとフカミチが目の前まで歩いて来て、身なりをチェックするかのように全身を一度眺めた。
諫山はその顔を見下ろして、フカミチがまた見上げてくれるのをじっと待つ。
だがいつまで経っても目が合わず、諫山は首を傾げた。
「どこかおかしいですか?」
「いや、かっこいいよ」
そうさらりと言われてまた顔が綻びる。
目の前で俯くその首筋に手を這わせ、後ろ髪を撫でるが目線は上がらない。
「…フカミチさん?」
「…」
呼びかけると倒れ込むように抱き着かれた。
驚いて腕の中のその姿を見下ろすがきつく抱き締められてそのまま動く気配もない。
「…――」
応えるように強く抱きしめ返して包み込むようにその体を包み込む。
どうしたの、とか、大丈夫、とか問い掛けたかったけれど、それをやめて強く抱きしめた。
そのうちに腕の中で微かに笑うのが聞こえて抱きしめる腕から少し力を抜いた。
「…心臓、ばくばく言ってる」
「…」
「…生きてるなー、」
「…、」
呼び掛けようとした瞬間に首の後に両手が回って口付けられた。
驚いている間に唇が離れ、またすぐに口付けられる。
離れて目の前にあるその顔は少し泣きそうに見えて、諫山はまた抱きしめようと腕を伸ばすが胸を押されて後ろによろけた。
「悪い、遅刻するな」
いつも通りのその口調にはっと気付いて腕時計に目を落とす。
確かにもう出ないといけない時間で、諫山は慌てて靴を履き、渡されたコートを手にする。
「また連絡しますね」
「おー、行ってらっしゃい」
その言葉に諫山の顔は綻んで、嬉しそうに「行って来ます」と扉を開く。
ひらひらと手を振ってそれを見送り、扉が閉まった瞬間に微かに目を伏せた。
外の音が遮断されて、また静かな部屋に戻る。
ゆっくり、壁に凭れ掛かって、腕を組んで、蹲るように腕を強く掻き抱いて背中を丸めた。
「――…」
シャツの胸元を握りしめる。
もう一度だけ深く息を吐いて、自分も出掛ける準備に取り掛かった。
諫山の使った食器やそこに居た気配をもう一度だけなぞり、洗って整える。
鞄を手にして外に出、鍵をかけて歩き慣れた道を歩く。
今日は肩に力を入れずに歩くことの出来る、暖かい朝だった。

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