見出し画像

小説家と読者(pixiv_2015年8月31日投稿)

「卒業したら告白します」
「ん?」
誰も居ない職員室でそう言った。
「付き合ってる人居たとしても告白します」
俺が三年の春、先生にそう宣言して今年のシーズンがスタートした。

とは言え国語の担当教師は先生ではなくなった。
受験勉強を理由に聞きに行くのもなかなかどうして上手く行かない。
大概誰かと話をしているか、生徒達に囲まれている。
それを邪魔してまで切り込む気もなく、職員室を覗いては舌打ちをして出て行く。

恋人が居るのかどうかは知らない。
居た所で退く気もない。
付き合って何をしたいかなんかわからない。
ただ一度寝てみたいという感情もあるにはある。
それよりも内面を見てみたい。
学校の外でどんな事をして、どんな店行って、どんなもの食べて、どんな所で生活しているのか知りたい。
そりゃ後をつけてみれば一発でわかるんだろうけど、そんな卑怯なことまでしたいとは思わない。
淡々としているあの顔が、誰かの前では優しく笑ったりしているんだろうかと考えてイラッとした。
この思いに名前をつけるのなら、これは完全に『執着』。
別の言い方をすれば、『片思い』。
あれが自分のものになればいいのに。

「告白する前に襲ったら怒ります?」
「『犯罪』はやめとけ、」
放課後、本の山を抱えていた先生を見かけ、思わず手伝うと手を伸ばした。
腕がもげそうなその重さに後悔しながら図書室まで歩く。
無理だと制されたけど同じ分だけ本を持つと言った手前もう引けない。
腕を伸ばし、顎で崩れないように固定しながら普通に歩くその姿に溜息を付く。
細身で体力なんかなさそうなくせに、と後ろ姿を必死で追った。
何とも上手に図書室の扉を開き、カウンターにゆっくり丁寧に本を置いた。
図書委員なのか、制服の女が立ち上がって返却の処理をしていく。
「助かった。ありがとう」
カウンターに本を置いたのを見届け、そう言いながら図書室を出て行く。
俺もそれを追う。
「せんせ、」
「ん?」
「また小説アップしたから、」
「あぁ、文章書くの上手くなったよな」
そう言って微笑んだ。
その顔に目を奪われる。
ふと和らいだ目を初めて見て。
何も言わなくなった俺を確認して先生は国語の準備室へと戻って行く。
扉が閉まって、姿が見えなくなって、ようやく息を吸う。
頭がぐらぐらする。
たったあれだけのことで。
――しかもあの言い方だと今までのもの読んでてくれてるんじゃないか、
「…」
…嬉しい。
嬉しい。
「…」
何で。
何であの人は俺のじゃないんだろう。
好きだと言ったら、あの人はなんて答えてくれるんだろう。
思わず舌打ちをする。
何となく早足で教室に戻った。

俺が失恋するまで、あと数ヶ月。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?