帰り道に遭遇したカタツムリの話。
かなり遅めの帰り道に伸びれば足のサイズくらいのカタツムリに遭遇した。
そいつは右側の草むらの方向から左に向かってゆっくり歩いていた。
そのまま左側に進めば車道に出る。そんな状況。そこで生まれた選択肢3つの思考回路をまとめる。
それを見た私に出来ることは
何もしない
これをすれば、カタツムリくんはそのまま直進し車道まで出てしまうかもしれない。車道のさらに左まで辿り着くまでどれくらいかかるのかは分からないが、その間に通り過ぎた車にひかれる可能性もある。生存率は低い「気がする」。
しかしここでこの「気がする」にひっかかる。
本当はこれは人間の考えすぎであって自然の法則に従えばカタツムリは自分でそのような危機を防ぐ生物学的な本能を持っているのではないか。
(生物学的な知識が足りない自分が信用出来ないのでとりあえずこの選択肢はパスした。)向かっていた方向に従って安全な場所に連れて行く
ここで言う、「生存率が高い」という意味の「安全な場所」とはまぁ車道のさらに左に並ぶ民家の辺りになる。
問題はふたつ。
まずそもそも そのカタツムリが本当にその方向に辿り着きたかったのかが分からない。彼の意図も目的も分からないし彼の家族がいるのかもしれない場所がどこかも分からない。
それなのに、「私が思う」ショートカットをさせて、「私が思う」安全な場所に連れて行く、というのは逆に危険に晒しているのではないだろうか。
ふたつめの問題は、民家の近くに移動させるということはその家々に植えられている植物を食べ物とさせるように誘導した、ということでもある。
生き物の生存本能としては、食べ物を探すために自分の隠れ家から離れる訳だからそのカタツムリくんにとっては好都合になる。
しかしもしそうなれば、今度はその家の人達にどう対処されるかが分からない。
何か殺虫剤を使われるかもしれない。
それを逃れられたとして、つまり植えられた植物を食べることになる。ウーム
(私の家にもカタツムリが侵入してきて植えてた植物を食べていたことがあったのでこれもパスすることにした。)2番をふまえて、「安全」かつ「食べ物が見つかる」かつ「民家の植物を攻撃しない」ような近場に連れて行く
これの問題点は
ショートカットだから帰り道が分からなくなる(まずそもそも隠れ家あるのか分からないが)
エリア的に少し離れた場所だから道が分からない(ということは危険もいっぱい?)
でも良いところは
食べ物が多い(と思う)
民家に辿り着きにくい
人が通らないし車ももちろん通らないから安全
お察しの通り結局最後の選択肢を選んだのですが、食べ物が多いと思うのも私の勘違いだと意味が無いのでしばらく様子見てたらそのエリア(草むらの中)にズンズン進んで行ってました。
そうこう考えながら道を行ったり来たりしてたらもう30分くらいウロウロしてたのでさすがに帰りましたが
結局どの選択肢が一番良かったのかは家に帰ってこの話を整理してみた後でも正直分かりません。
選択肢っていうのはほんとに難しい。
これはカタツムリ君の出来事でしたが
日常生活の中で、相手を思ってやったことが本当に相手のためになっているかって難しいことだし
視点が違えばどちらかが悪者になってしまったり。
きっと数学的に確率の方法なんかで解けてしまったりもするのかもしれないですが、それが絶対にそうなる訳でもなくて。
哲学的な話になれば、可能性のある選択肢のそれぞれから違う世界線が生まれているらしいし。
結局は自分がその時に最後に出した選択肢を信じて進むことしか出来ないんだろうな。
その選択肢を選ぶに至った過程は、その時その状況におかれたその本人がそう選ぶと決めたのだから
それに間違いなんてないと思う。
すっごく長いエッセイみたいになってしまった
最後まで読んでくれてありがとうございました。
因みにこれがそのカタツムリ君。
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