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考えたくないけどいつかはやらないといけないこと

 2つくらい前の投稿で家族に対する気持ちが穏やかになったと言ったが、また上手くいかない日があった。そのときにふと思ったのが、我が家のことについてだった。今現在両親と共に暮らすなかで、父に対してかつて抱いていた不信感は無くなった。父への不信感はもともと母に反論できないところやヒステリックになっても私や兄を守ってくれなかったところからきてるんだが、最近母と生活する時間が増えたからか家での立ち振る舞いというか考え方を変えたらしい。私自身も父と対峙することを勇気を出してやってみたことで、父も私のことを1人の人間として、大人としてちゃんと向き合ってくれているように思う。以来私と父はいろんな話をするようになった。

 ウチの財布は母が握っている。お金の話をしようとすると母は急に収入が少ねえと父に怒り散らし出すので、ウチでお金の話をするのはもう15年前からタブーになっている。母は浪費家である。一軒家のウチは10部屋あるがうち7部屋は母の所有物しかない。私と父と兄の荷物がそれぞれ1部屋分、それ以外は母が全て占拠しているということだ。怖い。言葉にしてみるとゾッとする。
それによって今考えてる懸念点があって、いつか両親がこの世を去って遺品を片付けに実家に赴いたとき、私は兄と2人でこの家を空にできる自信がないということ。まじで無理、気が重すぎる。
 それが考えたくないことだった。

 だが、なんとかしないと未来の自分たちの足を引っ張ってしまうんじゃないかと思い、この前兄妹で電話を2時間くらいしたときにポッと話題に出してみた。そしたら兄ちゃんがウチを将来リフォームしたいと考えてることを知った。兄もこの家の居住スペースの無さに嫌気がさしていたらしく、どうにかして住みよい家に変えたいらしい。自分だけがこの実家を愛することができていない未熟な人間なのだと思っていたので、私の感覚がズレていないんだということを確かめられた。
 父にその話をすると「兄ちゃんが嫁もらって尋ねてこられるような家じゃねえよな、変えないといけないよな。」って言ってた。その通りです。

まあ、そんな感じで私も兄も父も嫌気がさしているこの実家をどうにかしないといけないと思い、3人で大掃除をする計画を兄が海外から帰ってきたら実行しようという話になった。兄は今海外生活3年目。当初の予定では転勤期間は4年で、それが終われば日本に戻ってくるとのことだったので、実行は2026年以降になるだろう。私はきっと社会人1年目。遠いようで近い未来だ。

考えないように、口に出さないようにしてきたこと
でも、いつかは処理しないといけない日が来るようなこと

私1人の力じゃ絶対に遂行できないことでも、話せば理解してくれる人はいて、共感してくれる人がいて、それぞれの思いを掲げて一緒にやろうって言ってくれる人はいる
そうやって私を信頼して共に動いてくれる人がいれば、私は1人じゃないと思えるし、私ももう少し頑張ることができるというものだ。
人間、自分1人のために出せる力よりも、他者のためにと出せる力の方が少しばかり大きい。
そして、それは人数が集まればきっとすごく大きなことが成し遂げられる力なのだと思う。私はそれを学祭のみんなで学ばせてもらった。

実家の片付けの話だけではないし家族だけの話ではない
考えないといけないこと、避けられないことはあるかもしれないが、そういう時は人に話す、人を頼る、他力を募る

まだ我が家の片付け計画は計画段階であり大きな枠組みをつくっただけである。まだまだやることはいっぱいあるけれど、1人じゃないって思うとじゃんじゃんやろう、って気持ちになれる。

おーわり。

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