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【企画参加】 始まりは 〜 #シロクマ文芸部

 始まりはぷっくりしっとりとした艶のある下唇を親指で左右になぞる。軽く人差し指を小さな顎に添えて。すると意外にも簡単に唇は開く。続けて上唇を右からなぞると、猫のようなピンクの舌が出てくるので、ついでのように親指の先で数回先っぽを刺激してみる。徐々に先から奥へ進んでみれば、そのままぱっくり親指を口の中に咥えてくれる。ここまでくればこっちのペースだ。
 反対の手で頬を包めば、割と簡単に頭を任せてくる。そのまま中指の腹で触れるか触れないかの手加減で、頬から耳、耳の形を数回なぞってみる。何度か行ったり来たりしながら大きなカーブではゆっくりと、内側では速く駆け上がる。このリズムがポイントだ。時々それを逆にしてみると、期待と不意打ちが交差して息遣いもやや荒くなる。そんな耳に熱い吐息をふーっ、ふーっと吹きかけたりしてみれば、もはや焦点は合わず深く瞼を閉じて白いうなじを露わにしながら向こうから体を沈めて来るに違いない。
 そしてゆっくりとその横たわった体を視線だけで追いながら焦らしてやる。ふとその視線に気がついて濡れた瞳をうっすら開け、
「来・て。」
とサインが出たら、そのうなじへそっと自分の唇を吸いつかせる。三回目ぐらいにはきつく抱きしめながら
「あ・は〜〜ん。」
と思わず上げる喘ぎ声にこちらも頻りと反応し、一瞬頭が、ぼうとなる。すると向こうも逃さぬようにと両方の太腿を開きこちらの引き締まった臀部辺りに冷たい足先を絡めてくる。
 そうなればいよいよこちらも応戦。スイッチが入ったように攻めまくれ。つるつるした華奢な肩を舐め回し、鎖骨のくぼみの辺りを舌先でいたぶる。
 
 そんな、甘い蜜を舐めるような一夜が理想だ。
しかし実際のオレは、通勤ラッシュを避けたいがため、いやもっと正確に言えばそんな甘い朝のひと時を期待しているアイツを避けるため、遅くとも5時には狭いベッドを抜け出し、朝食も取らず家を出る。

 朝日が女神のようにオレに微笑む。今日はどの道オフィスへは行かないつもりだ。始まりは、やっぱり爽やかに自由にイキたい。慌てて選んだシウマイ弁当を片手に、オレは下り『ひかり』のホームから朝日に投げキッスを送った。




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