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Voyage

5月1日
通院、抗がん剤の日。
新しい抗がん剤に変わって2回目だ。
1回目は入院中に済ませたので、もう2週間経ったんだって感じ🙄

今回ので3種類目の抗がん剤。

①オキサリプラチン+エスワン
    ↓
②パクリタキセル+サイラムザ
    ↓
③オプジーボ

普通、抗がん剤を変えるたびその効果の程度がどんどん下がって行くってこと。
一番最初の抗がん剤は最も効きそうで強いやつを使う。
結果、私は副作用が耐えれなかった。
①は手足の痺れが極限になって、おまけに腸炎を発症した。
今回の一連の腹痛劇と非常に似ているのだが、このときは入院もしなかったので腸閉塞が起こっていたのかはわからない。
ドクターはただエスワンの副作用で小腸が腫れているとだけ。
それで②に変えてもらったわけだが、こちらは痺れはあるものの①に比べればまだマシ。
ただ白血球がダダ下がりになる副作用が新たに発症し、これにより時々投薬を中断せざるを得なかった。
それでもこの薬はドクター曰く「効いてる」とのお墨付きだった。
しかし今回の腸閉塞が腹膜播種に依るものだとなったので医者の立場として「効いてない」の判断するしかないらしい。

新しい薬「オプジーボ」はまだ2回しか入れてないので自覚する目立った副作用はないのだが、果たして私の癌細胞に効いてくれるのだろうか?
この先どんな苦しみが待っているのだろうか?
この春、また新たな挑戦がはじまる・・

***

話変わって・・

入院が長引いてしまってる間に新しい相棒と出逢って一年が過ぎてしまった。
昔から読んでくださってる方はおわかりだろうが、私の場合相棒って人間じゃないのね。
クルマのこと。

今まで相棒とはホントいろんなところへ一緒に出かけた。
昼も夜(いや早朝😅)も私が行きたいときに常に付き合ってくれた。
何度も書いてきたが、リアルで友達ってのが皆無だった私にとって唯一心開いて会話の出来る相手。
ってこんなこと書くとアフォかと思われるけど、ホントいつも(心のなかで)会話してたのだ。
走り屋を自称するつもりはさらさら無いけど、誰もいない早朝の山道を疾走することが何よりもストレス解消になってて、クルマと対話しながらその時間に喜びを感じていた。
自分の身体と気持ちを目一杯ぶつけてお互いの感情を高め、相棒の足回りがボロボロになるまで走り回った。
だからクルマは私の唯一無二の相棒。

幾度の出逢いと別れを繰り返し、今の相棒に出逢い付き合い始めたのが去年の春だ。
癌を宣告されてしかもステージ4とか、この歳で人生終わりかよ・・みたいな悲壮感背負って、抗がん剤の末梢神経障害でヒィヒィ言ってた頃だ。
今を「生きる」を宣言して前向いて歩き出すにはやはり相棒が欲しかった。
辛いとき悲しいときいつでも相手になってくれるそんな相棒が。
寂しさ苦しさから逃れるのは私と相棒との共同作業。
ひとりじゃ無理だろ・・

今までとは違って毎日のようにとは行かなくなったけど、それでも一緒にいるときは楽しい時間であることは何も変わらない。

***

色褪せる事なく蘇る
儚く美しき日々よ

眩しい海焦がれた季節も
雪の舞い降りた季節も

いつだって振り向けば
あなたがいた

浜崎あゆみ「Voyage」

「ともに生きる」って言葉がある。
生きてることを自分が自覚するためにはやはり相手が居てこそだ。
どれだけどん底に居ても、
「生きてていいんだよ」
「生きていてくれてありがとう」
ちゃんと認めてくれる相手。
過去自分が生きてきた歩いてきた事実、それを未来へ繋げてくれる相手。

私はそれをクルマに求めた。
運転してることこそが私が生きているって証拠。
五感でしっかり伝わってくることを知ってるから。
四季それぞれの流れ行く景色を目に焼き付けられるのも、知らない土地へ行って新しい感動に出会えるのも、私が生きてるって証拠。
その生きてる証をもっと心に刻むため、私は相棒と「ともに生きる」のだ。

僕達はこの長い旅路の
果てに何を想う
誰も皆愛求め彷徨う
旅人なんだろう
ともに行こう飽きるほどに

浜崎あゆみ「Voyage」

みんな見えない何かと闘い、見えない何かを求めてるんだろう。
答えなんて探す必要はない。
だから人生は旅なのだ。
伴侶を連れて旅に出ることで、その何かがなんてことどうでもよくなってくるのかもしれない。
「ともに生きる」ってそういうことなのだから。

水平線に沈みゆく夕陽
遠出しないと私の住んでる地域じゃ水平線が見れないのよね😅


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