すべてをねじ伏せるトム・クルーズの焦点なき笑顔 『トップガン マーヴェリック』
久々に映画観たら面白かったので感想。ちなみに前作は未見。
米国の黄昏
米国はテクノロジーにおいてすでに後塵を拝する存在であるとほのめかす冒頭、これは少し衝撃を受けた。もはや米国は地球上にいくつか存在する大国の一つに過ぎず、相対的には超大国で無くなりつつある。本作の背景には、そんなうっすらと黄昏た現実がある。
しかし超大国では無くなったとはいえ、大国から降りるわけにもいかない。「世界の警察」を退いても米国は米国である。この現状は、老いという摂理を甘受しつつも、いまだ一線から退くことが出来ず、年相応の地位に就いて責任を負ったり尊敬を集めたりという「枯れる」ことの出来ない主人公マーヴェリックにそのまま符合する。というか、トムクル自身がそういう俳優だと思う。
青春を終わらせられなかった男、マーヴェリック
本作、いわば中高年の青春リバイバル作品という文脈でその興行が報じられているが、筆者の感覚としては、主人公マーヴェリックは青春を「取り戻した」というより、むしろ燃焼し切れなかった青春をようやく「終わらせられた」という印象の方が強い。
作中でマーヴェリックが、かつて喪った同僚の息子から「妻子もおらず死んでも誰も悼むことのないあんたに、俺の何がわかるんだ」と追及されるシーンがある。
前作を観てないのでよくわからないが、おそらくマーヴェリックはいちパイロットとしては伝説的地位を築きながらも、個人としては誰と結ばれることもなく、節目無き人生を送ってきたのではないかと思う。ありあまる若さや才を幾分か持て余しつつ、年を重ねてしまった。人生の節目といえば、それは同僚や盟友の死という喪失体験くらいしか無い。青春を内部で鬱血させたまま中年になってしまったのだ。
青春の燃焼と、継承という願望
この「終わらせられなかった青春」というのが今の米国、というか米国人の心象風景に強く訴えるものがあったのかもしれない。色んなところに口を出し手を出したが上手くいかなかったというのが「世界の警察」から降りた現在の米国ではないか。直接的な敗北を喫することはなくとも、力を持て余し、その捌け口を失い、孤立し、徐々に没落を受け入れざるを得ない。強き美しきを尊ぶ気風自体が忌避され、慢性的な疲弊に社会が覆われている。
青春を終わらせるためには、自分自身が戦いにケリをつけ、その青春を誰かに継承するしかない。本作から感じるのはアメリカグレートアゲイン的な欲求ではなく、小さな終末論的願望である。老いに向かう通過儀礼として「終わらせられなかった青春」を費やすしかない。それも出来れば戦いの中で。燃焼する対象も、継承する相手もうまく見出せない、そういう現代米国のジレンマをそこはかとなく感じる。
ハリウッド的劇画の体現者、トムクル
と、そんな感想を抱いていたのも中盤までであり、終盤においてはトムクルによる、この黄昏れたジレンマを問答無用で払拭する全過程となる。やっぱトムクルすげー。
本作においてトムクルは最初から最後まで最強である。
序盤からして、勝手に目標を超えた速度でもってテスト機を破壊、辛くも脱出するが黒焦げになった状態で田舎町のレストランに出没、店のおばちゃんから水をもらって「サンキュー」とのたまうシーンからして既に劇画的であるが、まあトムクルなら仕方ないか……と妙に納得してしまう。
さらに彼をオッサン扱いしていた若手トップガンたちを演習上で軽く殲滅、実力を思い知らせるも無茶な作戦立案や指導ぶりで教官を更迭されたと思いきや、今度は勝手に実機を駆って若手トップガンからの求心力を回復。ごく普通に自ら作戦参加する流れ。任務遂行したはいいが撃墜されるも当然のごとく生存しており、敵基地の F-14 を奪って脱出。いやいやそんなアクション映画の車じゃねえんだから……そんな前時代的戦闘機で最新鋭敵機を二機撃墜、作中世界全体がミッションインポッシブル宇宙に侵食されつつある感じでラストに突入、空母の上で喝采を浴びつつ、前述した同僚の息子からの「あなたは父の代わりです」というベタな尊敬、および和解。
これらの過程にジェニファー・コネリーといい感じにいちゃついたり、前作からの続投、バル・キルマーが死んで適当に涙ぐんだりという最低限の湿度、水分を含めつつ、最後はプロペラ機に乗って夕日へラン。スクリーンから噴き出す昇竜のごときアメリカン・ポジティブの気流、およびそれを体現したトムクルの焦点なき、教条的笑顔。考えるな。行動しろ。
グダグダぬかすな! トムクルなんだから当然よ
よくよく考えてみるとマーヴェリックはひたすら超人的個人プレイを繰り返しただけで、指導者らしい説得力をもって彼らを導いたわけでもない。なので後半における彼らの糾合ぶりには何か正体のないものを感じるが、まあその辺はどうでもいい。トムクルなんだから若者から尊敬されるしヒロインとはノーヘル2ケツでいい仲になるし敵の弾など当たろうはずもない。配線いじれば勝手にエンジンがかかる車と同じ感覚で戦闘機も動かせます。ピンチになれば必ず助けが来るだろう。トムクルだから当然である。
戦争と青春が二重螺旋となり突き上がっていくアメリカの自己肯定感の有り様には、やはりマイルドな狂気を感じる。スクリーンに幾度となくあふれる彼の笑顔や涙は、これら狂気を正しく表現していると感じた。
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