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Know love.

はじめに

最近は旅行記ばっかり書いていたので、久々に思考整理も兼ねて独白を書きます。お時間ある方は最後まで読んで頂ければ幸いです。

本編

趣味とまでは言わないが、年に4回ほどクラシックコンサートを鑑賞している。理由は「金払ってめっちゃ真剣に音楽聴きてえ」とたまに思うからだ。高尚な動機も音楽に関する素養も、無い。普段は野良声優の耳舐めASMRとか聴いています。殊座さんって野良声優のシチュボが特に堪らんくて〜(割愛)。

話は戻って、少し前に鑑賞したコンサートでチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35 第一楽章」を聴いた。

曲が長いので簡潔に紹介すると、第一楽章はバイオリンの独奏がメインでこれが繰り返される。しかも同じ曲調が何度も弾き出される。まるで波のようであり、聴いていると実際に波音をぼーっと耳に入れているような感覚になる。お時間ある方は是非ご視聴ください。

俺はクラシックに於いてはこんな感じの曲を聞くのが好きだ。ショスタコーヴィッチの「交響曲第5番"革命"第4楽章」のように序盤テンションMAXであとはゆったり...な感じなのも好きだが、音楽の素養がないので右耳から入っても左耳からすぐ出て忘れてしまう。何度も何度も、同じ曲調を耳に入れたいのだ。

逆にピアノ曲ならフランツ・リストの「半音階的大ギャロップ」のような3分ほど狂ったように弾きまくる曲も好きだ。リムスキー・コルサコフの「熊蜂の飛行」もそれに近いだろうか。ショパンの「エチュード(練習曲)Op.10-4」も良い。

脱線した。注目すべきは、今回バイオリンを弾いていたのが10歳にも満たない女の子だということである。経歴を調べると欧州のコンクールを総ナメしている。『のだめカンタービレ』の世界の人間ですか?

大人たち─オーケストラ・メンバーと観客─に囲まれながら堂々とバイオリンを弾く姿には感嘆するしかない。しかし...サポートする親の愛情もすごいんだろうなと思った次第だ。

ここからが本題である。色々あって実家の押し入れを整理していた時、謎の箱を見つけた。中を開けると、分厚いアルバムと茶封筒が5個ほど、その他諸々が入っていた。まずアルバムを手に取ると表紙には「児玉君の生い立ち」と刺繍されていた。つまり、俺のアルバムである。

分厚さは広辞苑以上で、ページを捲ると俺の生まれた時の手形が押されており、さらに捲ると座り始め、食べ始め、歩き始め、初節句...と節目ごとの写真が貼られていた。ダイジェスト版俺の歴史コーナーだろうか。(順番はうろ覚え)

そこから先、俺の生まれたて(母親は生まれたてのことを「シャバに出たて」と言う。言語センス尖りすぎて笑った)から、退院、寝てるところ、寝てるところ、寝てるところ、抱かれているところ、抱かれているところ、抱かれているところ...赤ちゃんはこれが仕事ですから。俺本人が見ると代わり映えしないが、両親にとっては俺は日々成長していたのだろう。

毛量多くない?

ちなみに両親は俺の姿が写ったシールも作っていたがどうやら在庫が余ったらしく、在庫処分も兼ねてアルバムの隅の至る所に貼られている。親バカすぎる。

さらに捲ると初節句。祖父が購入したか製作させたか忘れたが、アホほどデカい鯉のぼりを背景に両親親族が俺を順番に抱いている写真が暫く続く。俺の顔は「もういいすか?」とうんざりしていた。

ページはまだまだある。座るようになると俺は「玉座」に君臨して飯を食べている。次に歩き始めると、カメラを指差すようになった。多分「あれに撮られたらいいのか?」と言っている。齢1歳にして既に性格が滲み出ている。三つ子の魂百までだ。

女官長と俺

そんな感じで3歳頃までの俺の写真が大量にアルバムに保管されていた。母親は少し泣きながらページを丁寧にめくっていた。今俺はこんな感じになっていて…すみません。

次は茶封筒の中身を確認する。どれもウルトラ分厚い。「全部100円札の札束かな?」と期待しながら中身を取り出すと、全て俺の写真だった。何枚あんねん。

アルバムに収められなかった二軍である。写真の枚数は数えていないがゆうに500枚はあったと思う。全て3歳まで。これも母親に見せると、潤んだ目で一枚一枚丁寧に眺めていた。

その箱の中には新聞記事の切り抜きも入っていた。「俺が生まれた」という地方紙の隅っこに書かれた記事。親族で新聞社に頼んで載せてもらったとのこと。だからか、俺が大学生の頃に新聞の二面に取材記事が載ったのを報告した時になんか反応が薄かったのは、と納得。

反面、爆笑したのが俺が生まれた時の肉声を記録したカセットテープも出てきたことだ。試しに聴いてみると、いきなり渋いオッサンの声で「◯月×日、◯時××分、児玉君誕生...」とナレーションが流れ出した。その後、俺の産声が15秒ほど流れ、「身長◯◯cm、体重××××kg〜」と続く。

母親は「懐かしいねぇ...」としんみりしていたが、俺は終始爆笑していた。自分の産声を聴くとなぜか爆笑してしまう。葬式の時のBGMはこれにすると決めた。

こんな感じで「俺が生まれてからの記録」を大量に発見してからである、ちゃんと両親を大切にしようと思ったのは。語弊があるかもしれないが。別に両親に暴力を振るったりとかしたことないので。卒業後に既卒無職にはなりましたけど。

「両親を大切に」と言っても大袈裟な内容ではない。たまに連絡をとったり、母親をランチに連れて行ったり、父親と昼から飲んだり。そんな程度である。

両親の俺に対する愛を感じた忘れられない一日だった。

父親にもアルバムと写真を見せると「なっつ!」と秒速で確認してこの話題は終わった。児玉家の男は大体こんな性格なので気にしていないが。ちなみに父親も幼少期の頃の写真が大量にありアルバムにが作られている。

この親にしてこの子あり

おわりに

万が一結婚して億が一子供ができたら、僕もこんな感じでアルバムを作りたいですね。20歳を過ぎた頃に息子か娘が偶然アルバムを見つけて、「俺(私)ってこんなに愛されてたんだなあ」と思ってくれれば、それで良いです。

ビデオテープも大量にあるし、4歳以降編もありますがだいたい語り尽くしたので割愛します。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

以上

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