見出し画像

ベトナム旅行:英語通じないけどハノイから中国との国境地帯まで「気合い」で行く

はじめに

2014年、大学の冬休み期間を利用して1週間ベトナムと中国を旅行していました。

関空から広州を経由しハノイへ到着後、陸路で北上し中越国境を越え、その後再度ベトナム・ハノイへ戻り、ハノイからダナンへ空路で移動しベトナム人と原チャリを二ケツして「日本語がわかるベトナム人」を探し回ったりしました。

皆様は「へ~こんな状況もあるんだ。俺(私)は遭遇したくないけど笑」のノリで読んでいただければ幸いです。また僕自身の旅行記録も兼ねて記載しています。海外旅行ベテランの方はこの記事を読んで鼻で笑うかと思いますが、どうぞ温かい目でご覧ください。また昔のことなので記憶も飛び飛びになっている部分もありますがご容赦ください。

本編

「無意識に当たり前と思っている認識」について

ノエル・キャロルの本のタイトルみたいですみません。皆さん誰しも「無意識に当たり前と思っている認識」があると思います。例えば?と聞かれたら直ぐに浮かびませんが…。ドライブウェイの料金精算機は日本では右側(ハンドル側)にしか設置されていない、とかでしょうか。右側左側両方に設置しているところもあるんですよね。僕は全然知りませんでした。少し前に比叡山ドライブウェイへドライブした時に初めて遭遇してビックリしました。

海外旅行については僕の場合「全世界どこでも英語が通じる」というものが2014年当時は当てはまりました。今回ベトナムへ行くまでにアメリカ(カリフォルニア州)のCitrus Collegeに短期留学し、中国(上海)、台湾(台北)、韓国(仁川)、インドネシア(バリ島)、シンガポールへ旅行したことがありましたが、アメリカは勿論その他すべての国と地域では僕の3歳児レベルの英語が通じたからです。通じると会話が盛り上がるは別です。念のため。

ちなみにアメリカ短期留学時代は、僕の所属するクラスが僕以外全員タイ人の女性だったので虐められないために英語よりもタイ語を勉強しようとしたり(最終的には「空気」になることで事なきを得ました)、放課後は図書館に籠って太平洋戦争期の「ロサンゼルスにUFO出現!」みたいなオカルト記事を探したりしていました。これについて書く予定は無いです。

脱線しました。そんな「無意識に当たり前と思っている認識」のせいで少し苦労したのが今回のベトナム旅行です。

関空→広州→ハノイ

お金は最低限しか持っていないが時間は""∞(インフィニティ)""にある大学生だったので、航空便は当然一番安いやつです。僕は広州乗り換えの中国南方航空を利用しました。

利用した航空便は下記の通りです。

往路
関空10:00発→広州13:25着
広州22:10発→ハノイ23:15着

復路
ハノイ11:45発→広州14:25着
広州17:30発→関空22:00着

往路にご注目ください。広州に着いてからハノイへの便まで約9時間も乗り換えの待ち時間があります。貧乏旅あるあるですね。昔のことなので理由は忘れましたがトランジットで一時中国へ入国をせずに、ずっと空港にいました。これは自身の反省も兼ねて書きますが、9時間も空港にいたら暇すぎて狂いそうになるので、多少高くても乗り換えまでの待ち時間が2時間程度の航空便を選びましょう。暇すぎて僕は持参した漫画を誇張抜きで30回くらい読み返していました。もしくは一時入国して観光するかですね。

英語全く通じねえ

ハノイへ到着後はタクシーに乗ってホテルへ移動しました。事前にホテルは予約していたので、タクシードライバーへ住所を書いた紙を渡すだけです。ホテル到着後はシャワー浴びて就寝。

翌日、ホテル周辺を適当に散策しつつ写真を撮りがてら、最初の目的地であるハノイのバスステーション“” LUONG YEN“”を目指します。その前に腹ごしらえです。幸い路上で屋台?が出ており、既に地元民と思しき客が朝食をとっています

おれ「すみませ~ん(英語)」
屋台の店主「……???」
おれ「どこ座ったらいいですか?(英語)」
屋台の店主「……???」
おれ「アイ、ワント、トゥー、イート、ヒアー」
屋台の店主「☆$%&#!!!」

ヤバいです。僕の3歳児レベルの英語が通じません。いや待てよ…。

おれ「フォー(口の中へ運ぶボディーランゲージも添えて)」
屋台の店主「😁」

「フォー」
主にベトナム北部で食べられるライスヌードル。麺が平たい。モチモチ。

俺調べ

通じました。屋台の店主は僕の要望を理解したようで、空いている席へ着席を促されます。そして目論見通りフォーが提供されました。美味しかったです。以降、屋台で食事をする際のメニュー依頼はこの手法を用いました。冗談抜きでフォー食べまくりました。

さて問題なのはお会計です。取り敢えずボディーランゲージで意思疎通を図ります。僕は財布を取り出し、ベトナムドン紙幣を出したり入れたりしました。以下、ベトナムドンではイメージしにくいと思うので日本円で例えますね。

おれ「(店主の前で無言で財布を取り出す)」
店主「(無言で500円玉を見せてくる)」
おれ「(無言で財布から1000円札を取り出す)」
店主「(1000円札を預かり500円玉を俺に返す)」

いけるやん!!!価格については外国人向けで多少盛られているでしょうが、この際は些細なことは気にしてられません。レート的に誤差数十円の世界です。これ以降、ベトナム旅行時では「言葉が通じなくてもボディーランゲージでなんとかなる」という認識が刷り込まれ(てしまい)ました。

中越国境地帯へ行く

腹ごしらえも済ませたところで、一度ホテルに戻りました。僕の次の目的である「人生で初めて陸路で国境を超えるぞ!」のため、中越国境地帯へ移動する下準備です。

日本は島国なので「国境」という概念が希薄になりがちです。じゃあ近場で手ごろに済ませるか、となると半島の板門店は特殊すぎますし、中国・ロシアや中国・モンゴルは初っ端では難易度が高いです。消去法で中国・ベトナムになると思います。

ホテルでタクシー乗車時に提示するためバス・ステーションの住所を再度確認しメモし、フロントで「”私はランソン(中越国境地帯にあるベトナムの街)へ行きたいです”ってベトナム語で書いてくれませんか?」とお願いしてノートに書いてもらいました。この時すでに、街中で英語が通じるか不安だったからです。

その後タクシーを捕まえてハノイのバス・ステーションへ到着しました。詳細は忘れましたが、揉みくちゃにされながらチケット受付でフロントで書いてもらった紙を見せ、代金を支払い乗り場の案内を受けます。乗車券代はなんと400円!そして案内された場所へ移動すると10人乗りの乗用車が駐車していました。ハイエースみたいなやつです。

「意外に人が少ないのかな?」と思いながら、待っていると続々と後続に人が並んできます。20人近くでしょうか。早めに並んでおいてよかったです。危うく次の便へ回されるところでした。

ドライバー「☆$%&#!!!(乗れ、と促す仕草)」

僕は先頭集団だったので、悠々と席に着きます。悪いなみんな。次の便に行ってくれやと余裕ぶっこいていると、オッサンが俺の膝の上に座ってきました。は???

ドライバーに「俺の膝の上にオッサンが!!!」と言うも、そもそも英語は言語として認知されていないので「聞かれて」すらいません。え~…なにこれ?困惑していると、定員10名の乗用車へドンドン人が詰め込まれるじゃありませんか。最終的には21人も乗客を抱えました。理論的には膝の上にも座らせたら収容人数は2倍くらいかもしれないけど、おかしいでしょ。

当時、日本の友達に現地から送ったメール

僕は固まるしかありませんでした。僕の膝の上に座っているオッサンは、僕と顔を合わせようとしません。そりゃそうですよね。気まずいか。オッサンも「くっそ~~~なんでキッショいオタクの膝の上に…」と思っているかもしれません。知らんがな。泣きたいのはこっちです。せめて上下逆転してくれませんか?重いんで。

しかし乗用車はランソンへ無慈悲に出発します。車では休憩含めて4時間の行程のためいったん全員車内から降りるタイミングがあったのですが、再度席に座り「女性もしくは子供(単純に男は重い)来てくれ…」と僕は祈っていましたが同じオッサンが再び僕の膝の上に座りました。俺の膝の上に座席番号あんの?

気を取り直しましょう。旅行と言えば土産です。話を少し戻しますが、休憩の際に土産物屋へ立ち寄りました。そこでよさげな鳥かごを見つけました。今振り返ると過積載の車両に鳥かごを載せようとする行為は意味不明ですが、多分気がおかしくなっていたんです。

値段を聞きます。店員は首をかしげます。そうか、英語は通じないんでしたね。僕は例のごとく財布からホー・チ・ミンを出し入れします。ボディーランゲージ開始です。

※わかりやすいように日本円で書きます
店員「(1000円札を3枚取り出す)」
おれ「(提示された1000円札の内1枚を相手に返し、もう1枚を半分に折る=3000円から1500円に値引きしてくれという意味)」
店員「(首を横に振りながら1000円札を2枚、半分に折ったのを1枚提示する)」
おれ「(首を横に振りながらその場を後にしようとする)」
店員「(コイツはもうええか…な反応)」
おれ「(もう引けないので帰る)」

この一連のやり取り、凄くストレスというか…まどろっこしくて嫌になるんですよね。古代地中海世界でカルタゴが沈黙交易をしていた理由を理解しました。言葉の通じない相手と商売のネゴするのは無理です。古代世界の倫理観なら一発で戦争勃発でしょうか。

沈黙交易とは?
交易の形態のひとつ。日本語では無言交易、沈黙取引、無言取引などの表記も見られる。共同体が、外部とのコミュニケーションを出来るだけ避けつつ外部から資源を得るための方法として、世界各地で用いられた。

wikipedia「沈黙交易」

…はい。旅は無常です。場面は再度、休憩終了に戻ります。俺は再度太ももの上にオッサンを載せてランソンへ向かいます。そしていよいよ国境地帯へ到達です。国境ってどうやって超えるんでしょうか?そもそも「国境」って白線でも引かれているものなんでしょうか?ワクワクです。

おわりに

書いていたら思ったより長くなってしまいました。気力があれば続きを書きます。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

以上

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?