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浴槽

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人間は理想ばかりを求める。あれが欲しい。これが欲しい。使えないものは捨てる。使わないものは買わない。自分にとって不利益かつデメリットになるものならば回避することで収める。自分の事しか頭にない人間は得をする。損得勘定がしっかりしていて、他人のことなどすぐに裏切ることができるから。社会の地位もお金も権力も自己中心的に考えられる人ほど手が届くものだろう。情に流されずしっかりと自分を持って自分の利益だけを考える。しっかりと自分を保守して、他人を切り捌いていく。

賢いといわれるのはこんな分際。腹立たしい。自分の事しか考えられないような屑がのたばっている世界。滅んでしまえばいいのに。





屑の屑にされているのがこのあたし。生活のために屑に従うしかない人生。大半の人間は屑に人生を握られている。事業を自分で始める頭を持っていたらよかった、特化した才能がひとつでもあれば等と後悔したところで何になるのだろうか。この世界に堕ちてきたいなど一度たりとも望んだことはない。憎いと親を責めたところで何も解決しない問題。解答のない人生。無駄な時間の消費。


答が無いから美しいのか人生は。一周したゲームはきっともう一度やる気を起こすのは数年経ってから、そんな風に。無知が愛であり、無知だからこそ人生を歩めているのか。先の見える人生なんて、ゲームの主人公のようにクリア済みのクエストを再受注してはクリアして面白味もないんだろう。どこに行くのか何をするのか何が起きるのか、淡々とまるで工場のレーン作業だ。




知っていたいこれからの出来事を、例えレーン作業だとしても。何時死ぬのか、この人生に分岐はあるのか。面白味がなくとも、時間を有意義に使う一番の方法はすべてを知ってしまうことだ。矛盾だ。矛盾している。

知ってしまえばきっと其処で終わりなことは分かっている。何故知らずに生かされているか、それも分かっている。十字架を踏んででも知ってみたい。尽きない悩みとストレスに追い込まれては考える。すべてを知って有意義に生命を過ごす、或は知らぬまま無意義に今だけを考えて生命を過ごす。疑問は尽きぬまま朝の灯が昇る。




絶望の光に照らされた、あたしの脳内は欠如している。昨夜と同じように考える。感情がコントロールできないことが病気ならばまだよかった。あたしはこの苦しさから一生逃げることができない。関わる人達は苦しみの情が移れば皆あたしを切り離せて羨ましい。生命が途絶えるその日まであたしはこの欠如の苦しさを切り離すことができない。途中でバグが生じてクリア困難なゲームを独りで実行するなら、欠如ひとつない脳で生まれてきたかった。普通になりたいと何度も思ってもなれないバグのせいで実行することが怖くなった。けれど皆様方と同じ脳内など下劣でつまらない。普通になどなりたくない。其れはあたしではない他人だ。また矛盾だ。矛盾している。




「思考と感情を抱え込み我慢して普通の人間に成ってまで生きやすさを優先するのと人間に見放されてしまっても感情と思考を露わにするのはどちらが生きやすいと思う?」


中間点をとることが最善だと思うよ。


「中間点?そんな曖昧な地点などあたしには存在しない」


両極端では生きていけないよ。


「平穏な人生を送りたいならどうぞ、あたしから離れて。間違いなくあたしは貴方方のシナリオを描くことはできないかもしれない。間違いないけれどかもしれないだなんて。」


離れられないよ。欠如だから。




安定剤が効いてきた頃に浴室の蛇口を捻った。部屋の何処かに投げ捨てられ埋もれていたスマートフォンを手に取って電話番号を打ち込んだ。


「お疲れ様です。屑の元で労働するなどあたしの性に合わないので退職させて下さい。有能だからと出世までさせて貰い、扱き使って頂き有難うございました。この世の中、自己保守の人間ばかりでうんざりしてきました。いえ、鬱病ではないです。安心してください。ただ人間風情が鬱陶しいんです。それでは。」


クローゼットを開けて一番お気に入りの黒いドレスを着て、愛しい他人から貰ったリングを左の薬指に嵌めた。キラキラしていて美しい、あたしに見合うようなリング。それから蝶のバレッタを髪に、ほんのり甘い香水を首、手首、足首に。黒いゴシックなハイヒールを履いた。


「あたしが世界で一番美しい。」


姿見を見ながら呟いて、スマートフォンを手に取り浴室へ向かった。



浴槽には半分ほど水が溜まっている。高級な入浴剤を入れてキャンドルを付けた。あたしが唯一愛しい時間だ。好きな音楽をリピート再生。

横にスクロールして

19:50

暗号みたいだと言われたことを思い出した。暗号ではないのだけれど。

蛇口を捻らない限り永遠に水は溜まり続ける。感情を溢れさすのか否か。委ねられた私の選択はどうなるのだろう。蛇口をひたすら眺め続けた。




思考した。

是を抱えて生きてこそあたしだ。誰にも理解されない感情。欠如の苦しさ。お前らには一生分からない、あたしの辛さが。お前らとは違う優越感で生き存えているどうしようもない醜いあたしが好きだ。両極端なあたしが可愛い。愛してあげたい。捻くれた性格。捻じ曲がっている感情。とっても可愛い。宇宙でいちばん美しいのはあたしだと思った。



選択をした。浴槽のギリギリのところで蛇口を捻った。やはり人間は結局変わることができないのだろう。ハンドミラーであたしを見た。

本当のあたしは?どうしたいの?


携帯を握りしめて沈んだ。

浴槽から水が溢れた。

あたしは浴槽に溺れた。



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