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張り切って書きすぎた初投稿

カフェでパソコンを叩いていたら、目の前を蚊が横切った。

初夏の到来には薄々気がついていたが、春の延長を希望していた。ので、虫除けスプレーをしていない。恥ずかしながら完全な丸腰、長閑な昼下がりが一気に危機一髪です。

そういえばここのカフェは、夏になると蚊が堂々と来店する、思い出した。
「自動ドアの風圧で吸い込まれた、別に入店するつもりはなかった、誰でもよかった」等と供述し、店内を我が物顔で飛び回る。去年も一昨年も、好き放題弄ばれたんだった。

東京湾がすぐそこにあるからか。ボーフラから蚊になって即来店ですか。新成虫おめでとう。くそ。

いつのまにか肘が痒い。
例年の反省を忘れたことに反省している隙にやられた。今年の1匹目も気合いが入っている。こちとら無念の黒星発進です。

グラスの結露で肘を冷やしていると、窓際に座っている女子高生がドタバタし始めた。
赤シートで空中を煽ぎまくり、刺されていないか腕を360°確認し、参考書に戻るも集中できるわけがなく、開き直ってスマホをいじり出した。蚊のせいで赤点です。

ソファ席の親子も、社員証を首から下げたサラリーマン軍団も、蚊の存在に気づいていく。全員一律で表情がうげっとなる。



肘をやられてから15分間、何人もの挑戦者が蚊を殺そうとした。誰かが手をパンとする度、店内中の客が動きを止めて、どうです?潰せましたです?と気配で確かめ合った。
我々は非常に団結していたが、結果を出せないままでいた。

また、こちらに飛んできた。
フラフラと読めない飛び方をしやがって、お前は第五世代戦闘機から逃げるトムクルーズかと半ば賞賛の気持ちになる。

千鳥飛びで近づいてきて、手首の上すれすれを撫でるように通り過ぎて行った。あっという間に手首が痒くなってきた。どうせ痒くするならちゃんと血を吸って。
なんか手のひらも痒いかも。もはや病は気から、どこもかしこも痒い気がしてきた。とりあえず痒いと思ったところは迷わず掻くことにした。


あ、右こめかみが痒い気がする。
ポリと掻いたら、
指先が一瞬ひんやりした。

まさかと思って指を見ると、トムクルーズがぺったんこになっていた。私は驚いて何故かキョロキョロした。赤点JKと目が合ってすぐ逸らされた。

殺す素振りなどまるで見せず突如最短距離で動き、本人の気づかぬうちに息の根を止める。キルアの殺り方だよね。
あまりにも無音で仕留めたので、親子やリーマンはまだどこかに蚊がいると思っているだろう。安心したまえ。我輩が倒しました。


虫を殺すと毎回、高尾山の中腹にある殺生禁断の石碑を思い出す。
でっかい石に、でっかく殺生禁断、と彫ってある単刀直入な石。
どんな小さな生き物にも命があるという内容の説明が書いてあって、当時小学生だった私は、

…待て、
蚊も殺してはいけないのか?

と大きな疑問を抱えたまま登頂し、オヤツで持ってきていた鶏のナンコツを食べ、あまりの美味しさにナンコツの歌を作り、その一曲を延々歌いながら下山し帰宅した。

あいつは肘を刺し、血を吸い、店中を恐怖に陥れたんだ。
満腹で満足だったはず。
蚊が病気を運ぶこともある。
そもそも短い命だ。
様々な理由をつけて殺しを正当化する。頭の真ん中にあの石碑が浮かんでくる度に、わざと言い訳を並べてみる。もう癖になっている。
今度こそこの人間野郎は、もっともな理由を言えるのかな。

植物には痛覚がないから食べていいとか、いただきますを言ってから食べましょうとか、向こうからしたら何の意味もない。
いつか死ぬものには、みんな命がある。殺されたらお終いである。

それでも言い訳だのマナーだの石碑だの、色々やるのは、ただ、気持ちの折り合いをつけるため。

ただそれだけなんだよなあと確認してから、殺した今年1匹目の蚊を紙ナプキンで拭き取って、肘を、痛いくらい掻いた。

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