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ドアの向こうへ vol.8

~決心した美樹~

落ち着いた美樹の様子に、少し安心して
「無理をしたらダメだからね。嫌なことがあったら話してね、聞くことくらいしかできないけど、一人で抱え込まないでね」
「うん、お母さん、ありがとう」
「今夜は眠れる?、一緒に寝よっか?昔みたいに」
と母は笑った。
「だいじょうぶよ、ありがとう」と美樹も笑顔で応えた。ほっとした顔で、母は下へ下りていった。

 スマホを見るのが煩わしかったので、パソコンからへメールで会社へ明後日までの休暇届を送信した。
「有給もたまっていたから、こんな時に使わなきゃ」と自分に言い聞かせるように呟いた。
 翌朝は久しぶりにゆっくりと朝食を食べた。テーブルの上に
「美樹ちゃん、おはよう。気分はどう?、朝食に美樹の好きなスクランブルエッグとピザトーストを作っておいたからね」
母のメモがあった。
 普段は朝食は電車へ乗る前にコンビニで買い、会社の近くの公園のベンチで流し込むように食べてた。
「あぁ・・・・何年ぶりだろお母さんの朝ごはん」
母の薫は近くのスーパーへパートに出ている。父の昇はS市市役所へ勤務していて、総務課長だった。堅物を絵にかいたような、人物だ。薫も同じ市役所勤務をしていたが、結婚を機に退職していた。いわゆる普通の良くある家庭だ。
 「さて、今日は、部屋の模様替えでもしよっと」
朝食を済ませ、自室へ上がり行動開始だ。
えーと、先ずは、見なくなった雑誌の処分から始めるかな・・・・中身をめくって見直したい気持ちも湧いてくるが、そんなことしていたら、いつまでも片づけが終わらない。ゴミ袋を【いるもの】【いらないもの】と2種類用意して、次々に躊躇せずにそこへ投げ込んでゆく。
「よし、終わった」あきらかにいらないものの方が多く入っていた。
「次、クローゼットと引き出しの中」
誰に言う訳でもないが声に出して処分を始める。同様に要、不要に分けてみた。
一度袖を通しただけの衣類が結構あった、
「これは、リサイクルだな・・・・」
ありとあらゆるものを、整理した。仕上げは掃除機をかける。そうだベッドの下もやろうと、ベッドを移動した。「あれ・・・」
うさぎのぬいぐるみが埃まみれで横たわっていた。
とっくの昔に母親が捨てたと思っていたし、今見つけるまですっかり忘れていた・・・・いったい何年ベッドを移動していなかったのだ。
「呆れたね・・・なんてことだろうね・・・・」
うさぎの埃を掃除機で吸い込みながら、
「名前・・・・ミミちゃんだったかな?」
美樹は一人っ子だった小学校になってクラスの友達が兄弟や姉妹がいることがうらやましくて、妹が欲しいと駄々をこねた事を思い出した。そんなことからその年の誕生日に買って貰ったものだった。ミミちゃんと名前を付けて、いつでもどこでも寝る時も、一緒だった。学年が上がるうちにいつしか、ミミちゃんの事に興味を持たなくなり、きっとベッドの下へ隠したのかもしれない・・・・・。
「ミミちゃんごめんね」
すすけたぬいぐるみを抱きしめ
「そうだ、ミミちゃん片づけが終わったら、一緒に、お風呂へ入ろう」
「終わるまでちょっと待っててね」
掃除ついでに、ベッドと机の位置を変えて、模様替えは終わった。
 スマホを確認しようかと、気になったが、
「休み中は、スマホの事は忘れよう」
と、言い聞かせた。
一度断捨離を始めると、あちこちの無駄ものが目についてしまう。結局、午後からは家じゅうの不用品を処分することになり、あっという間に一日が終わった。

 休暇2日目の朝も寝覚めも良かった。
「おはよう、お母さん」
「あら、美樹ちゃん、おはよう、顔色いいわね」
「うん、ありがとう。私も手伝うよ」
「まぁ、何年ぶりかしらね、一緒にお台所へ立つなんて」
母の嬉しそうな顔を見て
そうだよね、これが、幸せなのかもねと思ってこのまま、会社を辞めてしまおうかと思った。
「そうそう、お母さん、ミミちゃんのこと、覚えてる?」
支度をしながら聞いてみた。
「え?あの、ミミちゃん?」
「そう、そのミミちゃん、なんと、私のベッドの下でずっと眠っていました」
「もう、捨てちゃったと思ってた、そう、ベッドの下で、ふふふふ・・・」
母も笑った。
「じゃーん」と言って、パーカーの前ポケットから、綺麗になったミミちゃんを取り出した。
「まぁ、ちょっと、くたびれてるけど、可愛いわね、いつもいつも一緒にいたものね」
とミミちゃんの頭をなでている。
こんな、他愛のない会話も、もう何年も交わしていなかったなぁ、とつくづく実感した。
「今日は、あの公園へ行ってみようかな」
と、朝食を食べながら、母に言った。
「あの公園?」
「そう、小さいころ、お父さんがよく連れて行ってくれた、あの公園」
「あぁ、そうだったわね、お父さん遊び方を良く知らなかったから、持て余すとその公園へ行っていたのよ」
「ねぇ、お母さん、お父さんは何か知ってるの、美樹が休んでる事」
「お父さんへは何も言っていないわよ、残業続きだったから、有給休暇をもらったとだけ言っておいたわよ」
「そうか、ありがとう、お母さん」

 あの公園とは、支援センターひだまりの裏手にある公園だ。今通って来ている、曽山もよく足を運んでいた公園のことだ。支援センターをここに設営したのも、この公園がきっかけだったし、もうひとつ、重要な決め手もあった。それは、喫茶ひまわりだった。

 美樹は公園にいた。
「何年ぶりかなぁ・・・・こんなに小さな公園だったっけ?」子どもの頃は広く感じていたものだった。
「ブランコは、変ってない、乗ってみようっと」
足が地面についてしまうが、構わず、揺らしてみる。空が前後に動く、周りにはビルが増えたけど、ここから見上げる空はあの時のままだった。しばらく揺らしていると、とても良い香り、コーヒーの香が漂ってきた。
「え?、あの喫茶店、まだあるのかな?」
ブランコを降りて、香りのする西口側へ歩いて行く
「あった、看板、あのときのままだ」
半ば小走りで、店の前で店の名前を改めて読む
喫茶ひまわり
「わぁー、やっぱり、昔と変わってない」
美樹は学生時代に良く訪れていたのだった。
もうやってるのかな?マスターいるかな?
ドアを押して店内へ入る。
ドアチャイムがカランコロンと心地良い音を鳴らす。
「いらっしゃいませ・・・・・・おや?」
「こんにちは。もうやっていますか?」
「マスター」
「美樹ちゃん」
ほとんど二人同時に呼んだ。
「しばらくだったね、まぁ、座って、座って」
とマスターの倉岡は笑顔で言う。
「はい、マスターご無沙汰しております、私の事、覚えていてくれたんですね」
倉岡は水とメニューを置きながら
「覚えているよ、いつも、一人でやってきて、あの窓辺の席に座って、分厚いインテリア雑誌やファンシーグッズの本など見ていたからね」
「そうでしたね、あまり会話が得意じゃないので、読みもしない雑誌でカモフラージュしていたんです」
「え?そうなの」とマスターはまた笑う。
そうだこの笑顔だ、この笑顔に何度も助けられたんだっけ。
「マスターと、あのころは、あまりお話はしなかったけれど、その笑顔にとっても助けられたんですよ」と美樹も笑顔で応える。
「おや、それは、嬉しいことを、こちらこそ、その窓辺に綺麗なお花が咲いているようで、いつもほっとしていたんですよ」と照れながらまた、笑った。
 美樹は大学卒業後はここのOSOBANIへ勤務していることや、ちょっと失敗して、落ち込んでいて、休暇をもらってることや、そして気晴らしに公園に来たら、コーヒーの香りに誘われて訪れたことも話した。
「すみません、マスター、久しぶりに来たのに、グチばかりの、嫌な話で・・・」
「いえいえ、いいんですよ、ここで話してくださって、全部吐き出して、すっきりして頂けるなら、全く構いませんし、喫茶店はそういうお店だともおもっています」
「ありがとうございます。ほんと、全部お話したら、気持ちが軽くなりました。オアシスですね。このひまわりって」
「オアシスですか・・・いい響きですね、看板変えよかな、喫茶オアシスって・・ははは」
「うふふふふ」二人で笑った。
「また、伺いますね、コーヒー代、いくらですか?」
「美樹さん、今日は結構ですよ、遅まきながら、就職祝い、そして快気祝い?ですから」
「えぇ・・・そんな久しぶりに来たのに、それでは申し訳ないです」
「いえいえ、お気になさらず、また、いつでもいらしてくださいね。お待ちしてますから」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
心地良いドアチャイムを鳴らしながらドアを開けて、ふり返ってぺこりとおじぎをして、美樹は店を後にした。
「あぁ、とても、懐かしかったし、ゆっくりできたなぁ、ほんと、また来てみようと、心の底から感じていた。
 帰り道、母のパート先のスーパーマーケットへ寄った。母が惣菜コーナーで、商品の入れ替えなどをしていた。
「お母さん」
「あら、美樹ちゃん、どうしたの?」
公園のそばの喫茶ひまわりへ寄ったことを伝えた。
「あらそう、あの喫茶店のコーヒーは、みんな美味しいっていってるものね、それと、マスターの雰囲気もとっても素敵だってもよ」
美樹はコーヒーをおごってくれたことを話した。
「あら、よかったわね、美樹、そうだ、今日はこれを並べたら、お終いだから、一緒に帰ろうっか?」
「そう思って、寄ってみたんだ」
「じゃ、フードコートで、待っててね」
「うん、分かった」
食品売り場の反対側にフードコートがある、
その、途中にファンシーグッズや100円均一のショップもある。時間つぶしに100均の店内へ寄ってみた。店内に下がってある、リーフレットに目が止まった。

あのOSOBANIから近日発売
マル秘グッズ【キュンキュンがとまらない スマホケース おそばにん】

「え?何のこと?おそばにんってなに?」
美樹の鼓動が早くなっていく、レジにいた店員へ聞いた。
「あの、おそばにんはいつ入荷ですか?」
「ありがとうございます、おそらくですが、
来週の中頃の入荷予定です。はっきりお答えできずにすみません」
と、にこやかに対応してくれた。
「そうですか、ありがとうございました」
なんだろう、どういうことだろう、誰が?、
ひょっとして、淑子が?・・・・・
考えながら歩いていたのでフードコートを、通り過ぎるところだった。
椅子に腰かけて、考えを巡らせる。確認したくても、スマホは持ってきていなかった。
「美樹ちゃん、お待たせ」
「・・・・・・」
「美樹、どうしたの?、何かあったの」
「あぁ、ごめん、お母さん、ちょっとぼんやりしてた。ううん、何もないよ」
悟られないようにしたが、
「そう・・・・」
心配そうな母の顔を見て
「うん、大丈夫、久しぶりに歩いたから、ちょっと疲れたみたい、それより、今日の夕ご飯何作るの、一緒に買って帰ろうね、お母さん」
「そう、分かった、夕ご飯ね、そうだ、餃子を作ろうか、良く一緒に作ったわよね」
「あぁ、餃子ね、いいね、うん、そうしよう、じゃぁ、行こう」
美樹と薫は、買い物客の人混みに紛れて行った。

《続く》

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