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穂村弘「きっとあの人は眠っているんだよ」を読み終わる。クリハラタカシ「冬のUFO・夏の怪獣」を「好きだと思うよ」と人に勧められていて、羨ましいと思った。思っただけではなく、本を一度閉じて、羨ましいなとつぶやくほどだった。名探偵コナンの映画を観ていたゆかりさんが、え?と言っていたが無視をした。
好きだと思うよ、と本や映画を勧められたい。勧められることは少ない。しかし勧められた時は感想を言わなきゃいけないのかなと不安にはなってしまう。言わなくてよいのなら、勧められたい。だから勧められないのだろう。そもそも僕の好きなものがわかる人がいない。発信をしないせいだ。ゆかりさんですら、僕の好みを間違える。今年は発信をしなければ、ということもあって読書の日記を書き始めたのかもしれない。無意識。
1冊読み終わったので持ち歩く本を決めなければ。読書日記ばかりなので、物語を味わいたいと思い、移動の中で読む本を決めて、少し読んで寝た。
日付上は6日なので、6日の日記。

起きて準備をする。まだ6日。仕事へ行く。
帰る。文章だと一瞬なのに、思い返すと一瞬なのに、長い気がしている。
帰りの電車で小説を読む。鏡見映理子「リトルガールズ」を読み続ける。太宰治賞の受賞作。太宰治賞は小説を書いていたときによく投稿していた。親近感がある。同じ締め切り日を気にしていただろうなというだけの湯葉のような親近感。
小説は学校を舞台にした群像劇なのだが、冒頭から少し読むのが進まない。どう読んだらよいのかわからない。なぜだろう。読む気分が違ったのだろうか。日記を読みすぎたせいで、小説の文体に慣れていないのかもしれない。それぞれの登場人物の内部に入る前に違う場面に移ってしまうのでどこに焦点を当ててよいのか分からなくなる。読む方の問題な気がする。
これは読む気分の問題なのかもしれない、と帰宅してから読むと、すいすいと読むことができた。電車の中で読むべき小説ではなかった。

「好きな人がいるって、どんな感じ?」と聞くと「超アガるよ!」と杏梨は即答した。

好きな本を読むだけで頭がクリアになる。これはある意味超アガっている。
帰宅してご飯してから、また読み始め3分の1ほど読み終えてから、「読書の日記」を1日分読み、「プルーストを読む生活」も1日分読む。1日と1日が今日も重なり終わる。「プルーストを読む生活」内でも「読書の日記」を読んでいた。もう現実が本の中のようだ。

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