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腑に落ちた話。大貫妙子「新しいシャツ」

「新しいシャツ」という大貫妙子の曲がある。
男女の別れを描いたほろ苦い歌詞とセンシティブなメロディが美しい。

私は彼女のあまたの楽曲の中でも「若き日の望楼」と、この「新しいシャツ」を偏愛している。
どちらも大貫妙子4枚目のアルバム「Romantique」に収められており、アレンジャー、ピアニストとして坂本龍一が参加している。

今でもしんみりした時にふとくちずさんでしまう。
それほどまでに私を構成する要素の1つになっているのだ。

私はなんとなく「あなた」に坂本龍一を重ねていた。
当時、坂本龍一の大ファンだった私。
「Romantique」は彼の仕事の一環としてチェックしたアルバムだったという背景もある。

しかし、すべては私のファンフィクション的な感情移入、妄想であると思っていた。

さて坂本龍一は22年夏から「新潮」に
自伝「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」の連載を開始した。
その中で、わりとさらっと大貫妙子と暮らしていた時期があることを書いている。
坂本に好きな人ができて出て行った後(えー)、彼女が作った曲が「新しいシャツ」だったこと。

妄想じゃなかった。
「あなた」は坂本龍一だったのだ。

崩れてしまうのがこわかった「あなたのすべて」とは、坂本龍一のそれ。

「お互いがとても必要だったころ
苦しみも多くて
眠れぬ夜には山ほど手紙を書いた」

というとても素敵なフレーズがあって、この部分を歌うと泣いてしまうほど好きなのですが、その相手は坂本龍一だったのですね。

「新しいシャツ」が現実世界のできごとだとすると、同じアルバムに収められた「若き日の望楼」は彼女の「夢」だったのでしょうか。
歌い出しの歌詞がさきほどの「お互いがとても必要だったころ」と似ていて、描かれる空気感が同じ。
描かれているのは同じカップルのように思えます。

言葉を尽くして思いのたけを語り合い、お互いがお互いを求める日々。

そんな蜜月の末、「新しいシャツ」の「あなた」は部屋を出て行ってしまいますが、「若き日の望楼」では子供が生まれて二人でささやかなお祝いをするのです。

歌詞から垣間見える二人の暮らしがなんとも切なくて素敵なんです。
ワインとパンで語り合う若き芸術家たち。
床に散らばる画材や絵筆、カーテンやソファー、暖炉の炎の揺らぎまで感じます。
時を経て、かつて住んだ場所を訪れた彼女は遠い日の幸せに思いを馳せ、あの青春はもう戻らないのだとかみしめます。

ちょっと不思議な歌詞です。
別の方向に物事が進んでいればこんな世界線があったかも、という彼女の思いなんだろうか。

「あなた」とずっと一緒にいて、子供が生まれて、老いてから過去の濃密な青春を懐かしむ。

そんな人生があったかもしれないんだよね。

坂本龍一の「サウンドストリート」に大貫妙子が登場した時、二人がとても親しそうで意外に感じたことを思い出す。
大ヒット中の「ET」の話をしていた。
そういえばあの時も、あの時も。

大貫妙子はこの日、私の特別な存在になった。

つらい毎日の記録