女友達は面倒なやつだった。
私はいわゆるリケジョ。
彼氏はいない。ほっといてほしい。
さて私には大学に入ってからできた女友達、H美がいた。
色白でスリム、くりくりとした目。ロングヘア。
男好きのする外見ではあるが、世間一般からいえば大した美人でもない。
しかしH美はとても男性にモテた。
教授たちの受けもよく、もちろん研究室の男子たちにも人気だった。気にされていた。
顔だけなら私と大して変わらないはずなのに。
理系に女性が少ないことを割り引いてもかなりのモテっぷりだ。
現に私だっているわけなのに、周囲の男性たちが女性として気にするのはH美なのだ。
いったいなんでなのか?
私はいつも彼女と周囲をじっと観察していた。
私と何が違うというのか。
「Kくんがさ、悩んでるみたいなのよ。私、ほっておけなくて」
研究室の帰り、同期でカフェに立ち寄った時に、とある後輩の名を挙げてH美がこぼした。
「Kね。成績優秀で将来有望だよな」
「でもちょっとオタクっぽいよね」
くすっとH美が笑った。
私はそうは思わなかったので、
「そう?私は感じないけどな。おとなしいとは思うけど」
と答えたが、
「独特の距離感あるなーって」
H美は言い募る。
「人付き合いに慣れてないっていうか」
彼女はどうしてもKをオタクだとラベル付けしたいようだった。
「でもムゲにできない雰囲気あるんだよね……」
H美はため息をついた。
そんで?だから?一体どうしたいんだよ。
同期の男どもは彼女に向かってうなづく。
「H美さんは優しいからなあ」
「そんなんじゃないよ!先輩として気になるだけだよ」
「面倒見がいいよな、H美は」
「俺もKみたいにかまってほしいなー」
「やだもう!」
……アホらし。
あんたが誰を放っておけないかなんてどうだっていいよ。
なんでいちいちみんながいる時に発表するの?
私と一緒の時にでも言えばいいじゃない。
発表されてるKくんの身にもなったら?
めんどくさいので私はスマホを見てスケジュールを確認するフリをする。
でもたぶん、彼女の人気の秘訣はコレなのだろう。
男の先輩や上司にしょっちゅう「ご相談」してる女っているじゃない。
しょうもないことでも「ご相談」されると男は嬉しいものなのだろう。
今だって男どもは私と話す時には見せない笑顔で彼女に対しているではないか。
「ご相談」は女の必殺技なのであろう。
最初の間、H美はKの面倒をよく見ているようだった。
彼女は自分のことをとても親切だと思っていて(私はそうは思わない。気まぐれな人だと思っている)、そんな自分に少し酔っていることを私は知っていた。
Kがあんなことを言って来た、こんなことで困っていた、そこで私はこう答えた、こうフォローした、と、ことあるごとにH美が発表して来るので二人のやりとりはだいたい同期には筒抜けだった。
だからなんなんだと私は彼女の話のつまらなさに辟易していた。
しかし相変わらず同期の男どもはそんな彼女のしょうもない話を聞かされて、
「H美はいい先輩だよなあ」
「ちょっと甘すぎるんじゃない?」
なんて鼻の下を伸ばしていた。
いや、そんぐらいするでしょフツー。私だってするわ。
Kくんが「あまり人付き合いをしてこなかったのではないか」というH美の推察はわりと当たっているのかも知れなかった。
研究室のLINEグループに入ってからけっこうな頻度で彼からの個人的なメッセージが入るようになっていた。
H美は少し迷惑そうだった。
「KくんてけっこうLINEしてくるよねw」
「そうね、通知きたなと思ったらKくんでビックリしたことある」
「……そうなんだ?」
ちょっと意外そうな顔のH美。
メッセージは自分だけに来ていると思っていたようだった。
だったらなぜ私にその話題を振るのか。
私は続けた。
「この間、私がノド痛くて喋れなかったことあったでしょ。あの日、Kくんから”今日元気ありませんでしたね”なんてLINEきたんだ」
「へー優しいんだね」
「Kくんは優しいよね。誤解されやすいタイプだと思うわ」
私はH美をじっと見ながら微笑んだ。
H美は何も言わなかった。
それからしばらくの間、H美はKくんと何度かLINEでやりとりしたらしい。
前は大して相手にしてなかったくせに、なんで急に?
好きでもない後輩なのに、私とやりとりしていると聞いてなんだか惜しくなったのかもしれない。
私はおかしくてたまらなかった。
しかし気まぐれなH美のこと、すぐに飽きてしまったらしい。
「H美がKのLINEで困ってる」
と同期の男子から聞いたのはそれからすぐのことだった。
「H美と何かあったの?」
カフェでKくんと会った時に聞いてみたが、彼は困惑するばかりだった。
「何もないです。コーヒーに誘ったら断られましたが、それ以外は何も」
「あら断られたの?てか誘ったのw」
「LINEして3日ぐらい既読スルーだったんですけど、4日目に断られました。先輩的にはちょっと急だったのかもしれないです」
「まあ、そうなのかもね」
私は面白半分で「いいよー」って付き合ったけどね。
だってKくんは話してみるとけっこうおもしろい。
頭がいいし、話題も豊富だ。
「引かれてるってことはわかりますが、そんなに非常識でしたか?ぜんぜんわからなくて」
「彼女も思い込み激しいからね。気にしなくていいんじゃない。わからないことあったら私に聞いてもいいよ。私も一応、君の先輩だから」
「ハイ、ありがとうございます」
Kくんはほっとしたようだった。
仲良くしてくれていた先輩が急によそよそしくなったらそりゃ驚くよね。
最初は「何でも聞いてね」なんてKくんに言ってたくせに、H美はちょっと無責任じゃないかと私は思う。
「相談があるの」
ある日、H美が言い出した。
例によって同期数人でコーヒー休憩している時のことだった。
「Kくんが、、、私に個人的なメッセージを頻繁に送って来るんだよね。それに、いつもじっと見られてる気がするの」
「気のせいじゃないの?」
私の言葉は同期の男子の言葉にかき消された。
「なになに?個人的ってたとえば?」
「コーヒーを飲みにいこうとか、元気ありませんねとか……」
「なんだそれ気持ち悪い」
いや気持ち悪くはないだろう。普通に考えてみ?
「既読スルーしても、またメッセージが来るんだよね」
そりゃ他の話や質問があったらメッセージはするよね。先輩後輩なんだし。そんなに特異なことじゃない。しかし、
「ヤバいな」
「あいつ、何をしでかすかわからないぞ……」
「え?まさかそんな」
「いや、気を付けた方がいい」
「H美はお人よしすぎるんだよ」
おいおい、焚き付けるなよバカ。
「まさかこんなことになるなんて…」
何もどうにもなってねえだろ。
H美はすっかり被害者になりきっている。
「H美、これから研究室では1人にならないようにしたほうがいい」
「そんな、無理だよ」
「大丈夫。俺たちが守るから」
「……ありがとう、みんな」
H美は涙ぐんでいる。
私はこいつら全員のことが理解できなかった。
Kくん、別になにもしてなくね?
あんたらが勝手に「加害者」に仕立て上げてるだけじゃん。
姫を守るナイトというプレイに酔いしれるこいつらがこわい。
それからの彼らはちょっとした見ものだった。
Kくんがスマホを手にしただけでファイルでH美の姿を隠そうとする、かばんをとろうとしたらさっとH美の前に出る。
私はときおり含み笑いをしていたが、耐えられなくなるとトイレに駆け込んで腹を抱えて笑った。
Kくんはすぐに異変に気づいて私にLINEしてきた。
「なんですかあれ。包囲網がすごいんですけど」
「姫を守るために必死なんだよ。ご愁傷さま」
「ぼく誤解されたんですね」
「君は誤解されやすいし、彼女は思い込みが激しいんだよ。言ったでしょ」
「失敗でした」
「失敗を重ねてみんな大人になるんだよw」
「勉強になります」
卒業を控えた日、KくんはH美と話して誤解を解きたいと言いだした。
「やめた方がいいよ」
「なぜでしょうか」
「君がH美を好きだったことは知ってるけど、”被害者”になっちゃってる人に何を言っても通じないと思うからだよ。時間の無駄からやめた方がいいんじゃないかなって言ってるわけ」
「そうなんですね。そうかもしれませんね。でも、自分の口から説明したいんです」
「じゃあ好きにしたらいいんじゃない?」
「そうします。すみません」
後日。
彼が話している間、H美は怯え切っていたとKくん本人からLINEで報告された。
きっと「何かされるかも」なんて妄想していたに違いない。
何もするわけないでしょ。
むしろ今までに何か1つでもKくんにされたの?
ほんと意味わかんない。
「やっと終わった( ;∀;)
何されるかわからないから、すごく怖かったよ!」
「やっぱりR子についてきてもらえばよかった!」
Kくんのメッセージの直後に届いたH美のLINEに私は鼻白んだ。
そんで、自分を守っていた「ナイト」の1人と付き合うことになったというH美のしょうもない告白を、私は既読スルーした。
END
注 この話は最近SNSでバズった既成のどの話とも関係ありません。
何か似てるような気がしても単なる気のせいです。
つらい毎日の記録