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HiCustomer 鈴木氏に聞く SaaS起業家はいかに「二打席目」に立ったか

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昨年6月、カスタマーサクセス領域の先駆者であるHiCustomerは、オンボーディング支援サービス「Arch(アーチ)」をローンチし、同年12月にはアーキタイプベンチャーズからの追加出資を含む資金調達を実施、再出発の狼煙を上げた。

HiCustomerといえば国内でSaaS熱が高まりを迎えた2018年に、ヘルススコア測定システム「HiCustomer(ハイカスタマー)」を提供開始し、SaaSスタートアップシーンの有力株として注目を集めた。

しかし、事業成長の停滞をきっかけに、3年前には組織崩壊を経験した。代表である鈴木氏のnoteには、その生々しい過去が赤裸々に綴られている。

苦難を乗り越え、そこから得た起業家としての経験値を糧に、2度目のプロダクトグロースに挑戦する。Archで再び取り組むテーマも、一度挫折を味わったカスタマーサクセス領域だ。

この取材は「一度グロースに失敗をしても再びチャレンジが出来る起業家と、そうでない起業家の違いは何か」という筆者の個人的な疑問から、鈴木氏に話を伺う経緯となった。

スタートアップにおける二度目のチャレンジ、それはすなわち、再び投資家からの出資を募る必要があるが、次につながる「良質な失敗」を経たものだけが手にできる切符でもある。

そこで、今回は、HiCustomer代表取締役 鈴木氏に加え、再出資を決めたArchetype Ventures Principal伊能氏へのインタビューを通じ、起業家、投資家、双方の視点からスタートアップ「二打席目」の立ち方を聞いていく。

HiCustomer株式会社 | 代表取締役 鈴木 大貴 氏
高専卒業後、医療機器メーカーや人材系企業、ITベンチャーを経て創業初期のSaaSスタートアップへ投資を行うアーキタイプに入社。スタートアップ支援と事業会社向け新規事業開発コンサルティング業務に従事した後、2017年12月にHiCustomer社を創業。国内初のカスタマーサクセス管理ツールをSaaS事業者向けに提供している。


カスタマーサクセスにおいて、HiCustomerだけが見えている景色

まずは、今回HiCustomerが手掛けるSaaS の営業・導入を支援するツールArchについて触れていく。

ArchはSaaSをはじめとするITサービスの検討・導入時において、売り手と買い手のコミュニケーションを集約して可視化し、共同作業を円滑化するプラットフォームである。

* Arch紹介ページより

トライアルやオンボーディングという”プロジェクト”の進捗を、顧客と共通の画面上で可視化し一元管理することで、的確な支援を可能とし、成約率の向上や継続率の改善が見込める。

現在、Archがメインターゲットとする顧客はスタートアップをはじめとするSaaS企業、そして、SaaSの販売代理を行うリセラーだ。

代表の鈴木氏は「Must haveなプロダクトよりも、MA(マーケティングオートメーション)ツールやダイレクトリクルーティング系ツールのような、売り手のクリエイティビティが求められるNice to haveなプロダクトがArchと相性が良い」と言う。

またSaaSに限らず、オンボーディングの概念が適用できる業種では活用の余地がある。

「スタートからゴールまでのプロセスが多難であり、ゴールを達成するためには、自分たちだけでなくお客さんもやるべきことが沢山ある企業がターゲットです」という鈴木氏の言葉通り、異業種である金融業でも業務管理ツールとして導入実績がある。

—―― 再出発を決めたArchで再び取り組んでいるCSというテーマには、どのような想いがあるのでしょうか。

鈴木氏:人口減少下の日本では、新規営業に頼らずとも、既存のお客さんを通じた事業成長を目指していかなければいけないフェーズが既に来ていると考えています。

こうした現状の下ではカスタマーサクセスが重要になります。将来的には多くの産業や会社が、SaaSのようにLTV経営をキーワードとして目指していくことが想定されます。

カスタマーサクセスというと、契約後のお客さんに対するフォローによって事業のKPIを高めていくという、後工程の最適化と捉える見方が一般的です。

実際は前工程で認識の齟齬が大きいと、その後のリテンションコストや、本来得られるはずだった継続収益がなくなる機会損失のリスクが高まります。

理想的な顧客体験を実現する要素は「ターゲティング、購買体験、オンボーディングにおける成功体験」の3つで決まると考えています。本来はセールス・マーケティング活動もLTVを起点にしていくべきです。

カスタマーサクセスが実はもっと前工程の購買体験やマーケティングとつながっているというインサイトを持ち、確信して取り組んでいるプレイヤーは日本では僕たちだけだと思います。

会社プレスリリースより

二打席目を迎えるための投資家コミュニケーション

HiCustomerは2019年のプレシリーズAラウンドで、アーキタイプベンチャーズ、Coral Capital、BEENEXTの3社を引受先として総額1.5億円の資金調達を実施している。

当時すでに弁護士ドットコム、グッドパッチ、スタディプラスといった急成長スタートアップへの導入実績もあり、市場での注目度も高かった。

それからちょうど3年が経った今回の調達リリースでは、East Ventures、Cygames Capitalなどの新たな株主に加え、アーキタイプベンチャーズが追加出資を行っている。

「一打席目」で思うような結果が出せなかった起業家が再び、投資家からの支持を受けるためにはどのようなコミュニケーションがあったのだろうか。

—―― Archの中心的な顧客である国内SaaSベンダーは多くても1,000社程度と限定的です。資金調達の際、TAM(Total Addressable Market)について投資家の方とはどのように議論されましたか。

鈴木氏:今回お断りされた方も含めて、相当数の投資家の方とお話しさせていただきました。その中で、TAMの大きさや蓋然性は100%議論になりました。

カスタマーサクセスより上流の営業も使うのか、SaaS以外のリセラーやSIerを含めた数万社も潜在顧客としてのポテンシャルがあるのか、ITを飛び越えて金融・不動産・製造業などのBtoB取引でも使われる可能性があるのか、といった論点です。

また当時はプロダクトローンチ直後の何も証明できていないタイミングだったため、バリュエーションと対比したトラクションやプロダクトの成熟度も論点になりました。

成熟度を判断する材料としては、MRRや導入社数のような分かりやすい指標に加えて、使っているユーザーの生の声を重視される投資家もいました。

—―― ポジティブな評価をされた投資家の方々は、どのような観点で投資されたのでしょうか。

鈴木氏:評価ポイントは大きく2つです。

1点目はプロダクトのクオリティです。既存の株主であるアーキタイプさんや、今回新規で入ったココナラスキルパートナーズの南さんは、実際にプロダクトを見て非常に便利だと評価の上、投資していただきました。

もう1点は、二打席目の起業家としての経験です。

プロダクトやチームの作り方のような経験だけでなく、逆境を乗り越えてきたメンタルタフネスや、CS領域における顧客解像度といった既存の資産も強く評価されました。

では、このような鈴木氏のコミュニケーションは、実際に投資家の立場はどのように見えたのか。

Archetype Venturesで投資を行った伊能氏にその背景を伺った。

なぜ、投資家は二度目の投資を行うことができたのか

Archetype Ventures | プリンシパル 伊能 詩吹 氏
エン・ジャパン株式会社にて、法人営業として主に新規顧客の獲得を担当。その後、医療系スタートアップMICINの立ち上げ期に入社し、医療機関向けの営業、インサイドセールス部署の立ち上げ、メンバーの採用等を経て、アーキタイプベンチャーズに参画。

—―― 当初、「一打席目」の2019年にシードラウンドで投資に至った背景をお伺いできますか。

伊能氏:私の前職のMICINでは医療機関のサービス導入後、利用に応じて収益化するモデルでオンライン診療サービスを提供しており、医療機関との継続的なコミュニケーションが重要となっていました。

他のスタートアップ同様、セールスやCSのToDo管理をSalesforceで行っていましたが、フォローの優先順位付けや効率的なToDo管理が難しく、セールスはもちろん収益化の要のCSで特にペインを感じていました。

そのような自身の経験があったため、キャピタリストに転身後ヘルススコアを出せる「HiCustomer」を見て、これだと思って投資しました。

* HiCustomerページより

当時はサービスローンチのタイミングで「カスタマーサクセスといえばHiCustomer」といような高い認知をとれていたように思います。

マーケットでのポジショニングが取れていて、アカウント数を毎月積み上げてトラクションを伸ばしていたので、課題に対してソリューションは刺さっているように見えました。恐らく全投資家がそういった印象を持っていたと思います。

*2019年時のHiCustomerメンバー

—―― その後、思うような実績があがらない姿が鈴木さんのnoteで綴られていました。そこからどのようにArchへとシフトいく様子をどのように見ていましたか。

伊能氏:当初のプロダクト「HiCustomer」は、顧客がヘルススコアで現状を認識できても、共通の打ち手や目に見えた改善に繋げられるケースが少ない点などに課題がありました。

一言でいうと、「HiCustomerでお客様の状態は見えるが、効果的な打ち手が分からない」というような状態に陥っていた顧客が多く、解約や受注率の低下に繋がってしまっていたという状態でした。

そこでヘルススコアが悪い顧客の要因を探ると、最初の導入に失敗するとリカバリーが極めて難しいことも見えてきました。オンボーディングの段階でカスタマーサクセスの介入価値が最もあるのでは、といった議論が出てきたのが2021年の後半です。

CS領域を長く見てきたHiCustomerだからこそ気づけたペインであり、オンボーディングに躓く顧客のリテラシーを考えるとテックに寄りすぎないCSサポートツールで日本市場を狙うという点に説得力を感じました。

—―― 再投資の意思決定に至るまでの過程で、何を評価されていたのでしょうか。

伊能氏:鈴木さんとは、初期の投資実行後から月に2回のペースでお話ししていたので、事業やチームに対する解像度が高く、情報のギャップがなく信頼性が高い状態を継続していました。

その上で、一度失敗しても彼らが解決したい課題がカスタマーサクセスからブレていないことが印象的でした。

第二の事業移行する際には、全く違う領域へピボットするパターンは少なくありません。1つの課題に注力し続けられるというのは、それだけその課題への思いが強いという表れで諦めずに続けられるかということに繋がると思っています。

こうした一貫性があったこともあり、既存プロダクトの「HiCustomer」へのリソース投下から、Archにリソースを集中させるという選択にも納得感がありました。鈴木さんの想いがシード期から変わらず、別のプロダクトで同じ事業領域を深堀っていることが大きかったです。

また、今回のArchは前回よりも将来を見据えたプロダクト設計を行なっています。

開発スピードが早いだけでなく、今後、機能を追加しても複雑性が増さず、どんなエンジニアの方でも開発しやすいように、将来的なプロダクトの拡張性を意識しています。

こうした、経験を踏まえた学びを次で活かすという姿勢も思います。

—―― TAMの大きさは投資議論の中心となり得ると思いますが、Archの市場性の論点はどのように考えられていましたか。

伊能氏:我々が投資するタイミングでもすごく議論になりましたが、Archのーンチ前に、仮説検証のためのヒアリングをSaaS領域以外でも行なっており、広い領域でのカスタマーサクセスに寄与する可能性を見出しました。

​​「両者が同じプラットフォームに乗ることでコミュニケーションを円滑化できるサービス」が必要とされるマーケットは、ソフトウェア領域だけでなく広く存在すると捉えています。

—―― 鈴木さんはなぜ二度目の投資に足る起業家と思われたのでしょうか。

伊能氏:初めは淡々としていて掴みどころがない人という印象だったのですが(笑)、長くお話をしていくと、実際は一つ一つ情報収集・分析を丁寧に行い納得感を大事にされる方ということがわかりました。

顧客やマーケットにとっての納得感、そしてチームや自分たちの納得感を大事にしながら慎重に意思決定をされますし、それに必要な材料を全部集め切るストイックさがあると思います。

鈴木さんは一見冷静で、粛々淡々として見えるタイプです。また何かを中途半端に投げ出さないという熱意も同時に強く持っている方なので、サービスが変わったとしても、徹底的にやり切る強さがあります。

私たちは、鈴木さんの真摯な姿を見て支援していきたいと考えました。

スタートアップ死の谷を越えるための心構え

鈴木氏のnoteには、最初の事業での失敗談が綴られている。以下は、そのnoteからの抜粋である。

「メンバーと対話を重ね、方針を決め、実行していくもエンジニアが1人ずつ退職していくことを止められない。ついに最後の1人になる。一時的に新規営業も止めた。このペースで赤字が続くとどうなるのか。スプレッドシートで簡単な数式を組み、今月のセルを掴み右にドラッグする。残された期間はあと10ヶ月しかなかった。」(ハードシングスへの突入と脱出より)

当時、従業員のエンゲージメントを数値化するeNPS(Employee Net Promoter Score)は最低値の-100となり、まぎれもない組織崩壊を経験した。

逆境下における起業家はどのように強いメンタルを維持し、乗り越えるのか。

—―― 苦難を経て、なぜ、再び立ち上がることができたのでしょうか

鈴木氏:前職のアーキタイプに在籍していた時期を含め、成功も失敗も当たり前のようにある起業家に囲まれていた環境が自分にとって大きいと思います。

成功した起業家の途轍もない苦労も知っているので「あいつでも乗り越えてやれているじゃん」と思えることは、自分にとって大きいです。そうしたリアリティのあるサンプルケースを何回も見てイメージできるからこそ自分も乗り越えられると信じられていると思います。

そういった観点で、コミュニティは大事です。

起業初期から知っているSmartHRの宮田さんやカミナシ諸岡さんのように、大変な経験を経て成長している人たちを見ると、僕たちは、当初期待していたようなことがまだ何も始まっていません。

始まっていないのに終わりたくなかったんです。

—―― 同じような経験をされるスタートアップの方々が、注意すべきことは何でしょうか。

鈴木氏:まずスタートアップという生き物自体が普通にやってもほとんど残れない中で、組織を率いて長期間戦う起業家が、個人として大きなダウンサイドリスクを背負う状況は極力避けた方がいいでしょう。

スタートアップではすぐに危機が訪れます。

例えば個人保証のデットで数千万円、数億円単位で負債を抱えてしまうと、危機が顕在化したときに「人生が終わる」という事実がジリジリと自分を苦しめていきます。

個人面の大きなリスクを負わない状態で企業を運営するということは、精神衛生上すごく大事です。

—―― 組織や事業が上手くいっていない際に、平常心を保ち続け、モチベーションを維持すべきでしょうか。

鈴木氏:生物的観点と認知、2つのポイントがあると考えています。

生物的観点ではやはり睡眠です。自分の中でPDCAを回して、質の良い睡眠を一定時間きちんと確保できるような習慣や癖を把握するというベーシックな方法です。

寝られないとパフォーマンスが下がりリカバーもできない。さらにプレッシャーが掛かって、より寝られなくなるという負のサイクルが突如始まります。

「良く寝れる」ということをKPIにおいてもよいくらいで、これが崩れてきたら何かを変える必要があります。

もう1つは認知の観点です。

悪い想像を繰り返すネガティブな思考パターンを持っていると、そればかりにマインドシェアを持っていかれて、本来やるべきことに打ち込めず、結果的に悪い想像がリアライズしやすくなります。

よくあるパターンとして、順調な会社と比べて自分を卑下する人は悪いループに入りやすいです。

かつては僕もそうでした。しかし、失敗の見積もりやプラスに転じさせる見積もりができるようになったことで、心理的ダメージを負いにくくなりました。

僕個人としてのケースや、周りの起業家が結果的になんとかリカバーしたというケースを自分の中で蓄積していくと、見積もりの精度が高くなります。

このような健全な起業家のコミュニティ・相互関係は起業家エコシステムが成熟するためにもますます重要になると思います。

——

ここまで、SaaS起業家としての再挑戦の背景を、投資家からの目線も交えながら聞いた。

鈴木氏は「HiCustomer」での挫折を経てもなお、カスタマーサクセス領域での挑戦を志向して「Arch」を立ち上げた。その背景には、解きたい課題への執着心やブレない想いある。

かつて、英国の首相だったウィンストン・チャーチルは「Success is not final, failure is not fatal: it is the courage to continue that counts.(成功があがりでもなければ、失敗が終わりでもない。肝心なのは、続ける勇気である。)」と述べた。

「まだ何も始まっていないし、終わってもいない」という鈴木氏の"続ける勇気"は、やがて実を結ぶのか。

二打席目の挑戦を見届けていきたい。

(企画・取材・編集: 企業データが使えるノート アナリスト 早船 明夫)
(執筆:企業データが使えるノート リサーチャー 西谷 崇毅 )


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