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作業療法的アプローチからうまれた私なりの“共創”――株式会社きこり様

「共創」や「協働」という概念は、地域づくりを含めた社会活動、企業活動においてはもはやメジャーなものとなっています。
これらは“さまざまな業種や立場の方々の連携・協力によって新しい価値を生み出す”という考え方ですが、耳触りが良く使いやすい、ともすれば形骸化しやすい言葉でもあるように思います。

実際の現場においては必ずしも支援者が当事者の主体性を引き出すことができず、うまく機能していないケースも少なくないのではないでしょうか。

実は、作業療法士の専門性はこうした「共創」や「協働」の場づくりに大いに力を発揮します。

・リハビリの場で患者さん本人の意思選択を支え、病気やケガを「誰かに治してもらう・良くしてもらう」ものではなく「自分で治す・良くしていく」という意識づくりを促す。

・リハビリから日常生活の場に復帰した際、一度改善した身体機能が再び低下することを防ぐために患者さんの生活環境を整備する。

このような作業療法のアプロ―チの対象を地域や企業といった「集団(コミュニティ)」にフォーカスしてつくりあげたのが、(株)canvasの健康経営支援サービス「しあえる」を始めとした事業の共創の枠組みです。

・集団に属する一人ひとりが自分たちに必要なものを感じ取り、自分たちで発信していけるように支援する。

・こちらから提案を行うのではなく、集団に属する皆さんから「私たちの集団にはこんな悩みがあるんだ」、「こういう問題を解決したいんだ」と言ってもらえる仕掛けを作り、待つ。

・そうした声があがったら、一緒にアクションを起こして形にしていく。


健康経営支援においては、従業員一人ひとりが健康になるための行動を「自分ごととして」意欲的に実践することが不可欠です。

また同時に、「従業員同士が互いに支援し合い、健康づくりのための習慣を共有すること」が重要です。

作業療法のアプローチで職業病を解決する、という「しあえる」のような事業は全国的にも例のないものでした。

この事業の価値を認められる大きな転機となったのは、2021年に(株)canvasとして起業して初めて健康経営支援に携わった「(株)きこり」(島根県雲南市)との出会いです。
発展途上であった「しあえる」のサービス体系を確立できた要因には、(株)きこりの皆さんと共に歩み、築きあげた信頼と経験が大きく関わっています。

(株)きこりへの介入事例は最終的に日本で70万社以上が加盟する全国法人会主催の「健康経営大賞2022」に選出され、全国164事例の中で最も評価の高い最優秀賞に選ばれることとなりました。

「職業病」を諦めていた問題から、解決できる課題へ

(株)きこりは木の伐採から庭木の剪定、除草作業を専門とする企業です。
林業機械の使用や高所作業を日常的に行う仕事であることからスタッフのほとんどが肩こりや腰痛、首の不調を抱えており、欠勤などの業務上の支障が長年の課題となっていました。

(株)きこりの代表・大高賢二社長は従業員の健康課題の改善の必要性を強く認識しており、「共に力を合わせて健康経営の形をつくろう」と二人三脚で1年間の事業を進めていきました。

分析――人を知り、仕事を知り、環境を知る

初めに取り掛かったのは、全従業員に対する健康課題についてのアンケートです。その結果から「腰痛」という健康課題が浮き彫りになりました。

こうした腰痛などの健康問題による労働生産性の損失額を推定すると、実に年間約230万円の損失となっていることが判明しました。

さらに従業員一人ひとりへのヒアリングを進めると、「身体を使う仕事だから仕方がない」、「まだひどい痛みにはなっていない」といった痛みへの対処に対する消極的な声も多く聞かれました。
そこから私たちは、木の伐採や刈り払い(草刈り)現場での作業分析、従業員一人ひとりの丁寧な身体チェックを行いました。

作業分析にあたっては私も実際に刈り払い機での草刈りのほか、刈り草を集めダンプカーを運転する作業に従事し、作業時の身体の動かし方や作業が行われる環境について理解を深めていきました。

こうした現場での分析を通じて明らかになったのは、多くの従業員が“長時間の重作業から生じる股関節伸展の可動域制限"(関節が硬くなっていて正常に伸びない状態)という問題を抱えていることでした。
それが原因となって作業中を始め、休憩後など屈んだ姿勢から腰を起こそうとしたタイミングで痛みが出ていたのです。

こうした問題を解決するためには、林業現場での作業環境改善や職員の健康管理への取り組み、業界の風土もかかわる従業員の認知に至る点まで、幅広い要因へのアプローチが必要でした。

ワークショップ――企業全体で「健康づくり」に意識を向ける

次に開いた経営者と全従業員を交えたワークショップでは、仕事における健康課題をテーマに話し合いました。

「40代を過ぎた頃から柔軟性が落ちて、急激に動きが悪くなる」
「伐採時にチェーンソーの刃を当て続けた際に、背中がつりそうになる」
「まだまだ後輩には負けたくない」
「家族のためにも腰痛を克服したい」
「高いパフォーマンスで、これからも仕事を続けたい」
といった様々な従業員の声が共有されました。

従業員の意識が健康づくりに向かい始めた中、従業員の方への作業療法のデモンストレーションを行いました。自身の身体がその場で変化する体験をしてもらうことによって、「原因にしっかり向き合えば、痛みは改善する」という意識を共有することで徐々に職業病への認知を変えていきました。

解決策の構築――健康行動を習慣化するアクションをつくる

(株)きこりに介入した当初は、外部の人間である私に対して「この人の話を本当に聞いてもいいのか?」とは職業病の改善に半信半疑だった従業員の皆さんでした。
時間を重ねて真摯に向き合い続け、およそ半年が経つ頃には、徐々に私たちと共に健康づくりに向けたアクションを起こそうという社内の雰囲気の変化を感じられるようになってきました。

大高社長から「実際に従業員の身体に触れ、動きをチェックしてもらい、『症状がよくなっていますよ』という日々の声掛けの積み重ねが、藤井くんへの信頼につながっている」というお声をいただき、たいへんうれしく感じたことを覚えています。

ワークショップを重ねていく中、従業員から「良いコンディションで一日の仕事をスタートを切りたい。朝、スタッフ全員で体操をするのはどうか」という提案があがりました。そこで健康づくりのアクションとして開発したのが、「きこり体操」です。
また、「誰かに健康づくりを応援してほしい」という意見を受けて、地元アナウンサーが従業員一人ひとりの名前を呼び、激励する応援動画を作成しました。こうしたこともモチベーションにつながり、「きこり体操」は現在でもシーズンごとに内容のアップデートを繰り返し、会社に根づいた健康行動として継続しています。

新たにレーニング場も準備されています。

評価―「しあえる」によって、企業はどう変わったのか

介入を通して従業員からは
「身体が本当に変わってきた」
「登木中に踏ん張りがきくようになった」
「身体のケアをするようになって、明らかに調子がいい」
「セルフケアによる自分自身の身体の管理方法がわかった」
といった前向きな声が寄せられるようになりました。

また従業員の身体の変化として、①肩の柔軟性、②膝の柔軟性、③腰の柔軟性、④体幹の安定性の4つの評価項目について初回の数値に比べて大きく改善が認められました。

経済的な変化をみると、生産損失額については腰痛による仕事への支障がなくなったことや急な休みが著しく減ったことによる147.9万円の削減、労働損失額については「腰痛」「首の不調や肩こり」などの項目で82.3万円の削減が見られました。
さらに昨年の売上と比較して年商が1.2倍に向上し、施主からの依頼件数も30件近く増加しました。こうした経営指標に対する好影響は、私たちの予想を大きく上回るできごとでもありました。

クライアントと共に創りあげた「しあえる」の形

ある日大高社長から「法人会の健康経営大賞に事例として応募してみないか」というお話を持ち掛けられ、そこから大高社長と共に、時には夜通しで健康経営大賞のプレゼンの準備を進めていきました。
そして2022年11月 24・25日に沖縄県で開催された全国法人会の「健康経営大賞 2022」に島根県代表として事例を共同で提出。全国数ある事例の中で最も優れていると評価をいただき、「最優秀賞」を受賞する結果となりました。

「しあえる」事業を通じた従業員の心身機能の改善に加えて、労働損失額の減少や売上向上という経営指標に与えた成果が高く評価されての受賞でした。
この受賞は弊社の大きな転換点となり、県内のいくつかの企業から「うちの会社でも導入したい」という声をかけていただくようになりました。さらに各市長や島根県知事への表敬訪問、県外自治体での講演など、想像もしていなかった「しあえる」事業の広がりを経験することになりました。
また、「しあえる」事業が医療・介護保険制度に頼らないビジネスモデルとして認知されたことで、「うちでも『しあえる』のような事業をスタートしたい」、「視察したい」という声を多くいただくようになり、今につながるフランチャイズ展開がスタートするきっかけにもなりました。

受賞を振り返って強く感じることは、大高社長と力を合わせて「新しい価値を共に創りあげることができた」という思いです。

起業前、訪問看護ステーションで働いていた時代からトライアンドエラーで積み上げてきた健康経営支援のアプローチが公の場で認められたこと。
「職業病」は仕方がないものではなく、解決できる課題であるという自分自身の信念は間違っていなかったということ。
自分自身のリハビリテーションの経験から生み出した「しあえる」サービスの形に、大高社長と一緒に最後のピースをはめて完成させることができた、とても忘れ難い経験になりました。

(株)きこりの皆さんとは今年で4年目の伴走になります。現在でも講演に招かれて大高社長と二人で登壇することもあります。「しあえる」の事業を通じて、共に“職業病を解決する”という志をともにした唯一無二のパートナーになることができたと感じています。

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