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「2023年5月の珈琲 El Salvador:夜が呼吸する」

ソファーに吸い込まれたクリームソーダのように、わたしは市民病院の夜の口の中へと吸い込まれていった。

El Salvador:夜が呼吸する
滴った緑色のクリームソーダを
鈍いルビー色のソファーが吸い込んだ
取り残された真っ赤なチェリー
喫茶室の扉はもう開かない
昼のざわめきは消え
夜が呼吸をしていた
赤い甘みがまろやかに溶けていく

市民病院は線路向こうにあって、朝も昼も夜も、わたしはその姿を見ていた。
だから、レントゲン室へと続く廊下の奥が真っ黒な四角い口をして、静かに呼吸をしていても、これっぽちも怖くはなかった。

子どもの手には重い扉を押し開く。
正午過ぎの市民病院の喫茶室には人が溢れていた。

カトラリーが触れる音がかちゃかちゃと鳴っている。
狭い通路を自在に動く店員は、あちらこちらにいる客に呼ばれ、常に忙しなく動いていた。

この喫茶室で提供される焼き飯が大好きだった。

厨房からジュージューと音がして、少し酸味のある香ばしい香りが漂ってくる。

程なくしてやってきた店員が、手に持った盆から、まずは、紙ナプキンを巻きつけたカトラリーを、次に、焼き飯の乗った皿をテーブルの上に置いた。
もちろん、お約束の真っ赤なチェリーが乗ったクリームソーダもだ。

熱々の焼き飯を先がフォークの形をした大きなスプーンによそい、口に運ぶ。

母が作る焼き飯にはない香りと味が広がる。
市民病院の焼き飯といえば、これなのだ。

焼き飯を口いっぱいに頬張っている間にも、クリームソーダの上にあるバニラアイスクリームは少しずつ溶けていた。
そのことに気がついていたから、こころが焦っていたのだと思う。

焼き飯を食べ終え、クリームソーダに手を伸ばしたとき、事件は起きた。

無数の水滴がついた縦に長く、どっしりとしたグラスは、子供の手には大きすぎた。
つるりと滑り、クリームソーダが倒れた。

メロンというには濃い緑色のクリームソーダがテーブルの上に広がる。
そして、それは鈍いルビー色をしたベルベットのソファーに滴り、吸い込まれていった。

店員と母がたいそう慌てて、いくつかの布おしぼりをビニール袋から出していたことはわかっていたけれど、わたしは滴るクリームソーダとそれを吸い込むソファー、そして、テーブルに取り残された真っ赤なチェリーを交互に見つめていた。

そんな事件が起きた喫茶室の扉はすでに施錠され、もうびくとも動かないことを、わたしは知っていた。

夜の市民病院は、昼のざわめきがとうに消え去り、何事もなかったかのようにしんとしていた。

そのなかで、わたしは、喫茶室の前を通る廊下に描かれた色とりどりの矢印に目を落とした。
そのうちの一本がわたしをレントゲン室へと招いているのだ。

この廊下の奥にあるレントゲン室。

電灯が少なすぎるせいか、廊下の奥は真っ黒な四角い口のように見えた。
一定に、そして、静かに鳴りひびく機械音は、まるで、すぅはぁすぅはぁと息をしているみたいだ。

夜が呼吸している。

ソファーに吸い込まれたクリームソーダのように、わたしは市民病院の夜の口の中へと吸い込まれていった。

5月の珈琲「El Salvador:夜が呼吸する」の香りや味わいは、その赤い甘みにちょっとばかりの非日常、そして、日常と非日常のギャップを感じる珈琲だった。
それは、子どもの頃に通った市民病院のことを思い出させたのだ。

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