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子供のころ、幻の洋館を見た。

小学校4年生くらいのころ。幻の洋館を見た。いつも一緒に遊んでた女の子3人で。そのうちの一人は今も仲が良く「あの洋館、本当になんだったんだろうね」って、いまだに話題になる。

どんどん記憶が薄れていっているような、書き換えられていっているような感覚がするから、あのときに見た“幻の洋館”のこと、文章に残しておこうと思う。


幻の洋館を見たその日。いつも遊んでるメンバーで、自転車に乗って、いつも遊んでいた、ちょっとしたチャプチャプ池みたいなのがある近くの公園に遊びに行ってたんだ。

生まれてからずっと同じところに住んでいたし、普段から「どっちに曲がるかじゃんけんで決める!」みたいな遊びもしてたから、やたらといろんな道を冒険してた。

だから、知らない場所なんてないと思ってたのにな。

夕方。そろそろ帰ろっかと、自転車を漕ぎ始めた。とある道を曲がったとき、なんだかスッと……周りの音がシンと静かになる感覚がして。風のサァァっていう音が、やけに耳に残ってたのを覚えてる。

右を見たら少し高い柵。大きな木に囲まれた場所があった。みんな同じ感想。「こんなところ、あったっけ?」って。

なんだか生い茂ってて、中はハッキリ見えない。当然、気になる。まぁ、そこは小学生。全力で、柵と生い茂った草木からの隙間から、覗き込んだ。そこには……

美しい庭と、古びた洋館があった。

低い草花。魔女の宅急便のキキちゃんがはじめのシーンで寝転がっているような、アリエッティの翔が、はじめてアリエッティの姿を見たときに寝転がっていたような、あんな花々が咲き誇っているような、お庭だった。広くて、洋館までは少し遠い。小径もあって、イングリッシュガーデンみたいな感じ。

奥には、少し汚れてグレーがかったような、でも元は白かったんだろうなという洋館。今でも、外観はハッキリと覚えてる。庭に、生き生きとした美しい花が咲いているにもかかわらず……人の気配はなかった。

人間の生気みたいなものは、感じられなかったんだ。まぶしく目の奥を刺すような夕陽の記憶があるから、雨が降るどころか曇ってもいなかったはずなんだけれど。とにかく、薄暗い。周りを囲っている、木のせいだったのだろうか。

中には入らなかった。いや、薄っすらぼんやりした記憶の中を探ったところ、背の高い鉄格子のような門には鍵がかかっていた気がする。とにかく、入れなかった。

「よくわかんないけど、帰ろっか。」

赤っぽい西陽に照らされた、友達の顔。太陽の姿は無くなってきていて、たぶん結構遅い時間だったと思う。

翌日──。学校で、洋館の話題にはならなかった。みんな、すっかり忘れていたのだ。今思い出しても、あんなに美しくて、不思議で……不気味な洋館だったのに。

フッと思い出したのが、たぶん1ヶ月後くらいだった。

幻の洋館を見かけた日に遊んでいた、あのチャプチャプ池がある公園で、あの日のメンバーで遊んでいたとき。

「そういえばさ、この前、ここら辺ですんごい家みなかった?」

言ったのは、わたし。友達はこの言葉に対して「いま、まったく同じこと思い出してた。もう一回見にいってみよう。」

──で、見つからなかったのだ。

あの道を曲がったはず、ここら辺だったはず、あれ、公園からそんな遠くなかったよね、ひとつ先の道を曲がったところあたりだったよね……?

その日じゅう、探し回った。放課後だったから、多分2時間くらいかな。

なくなってた。あんなに大きなお庭の洋館だったのに…どこにもなかった。あの日に感じた、キン……と研ぎ澄まされたような空気も、その日は全く感じなかった。

20年以上経って、いまだに「絶対、あの日みたよね」って話をする。

そのたびに、あのときの、美しくて不気味な洋館を見たあのときの、小さくても一つひとつがキラキラの花が咲き誇っていた庭を見たあのときの。胸が締め付けられるような、ドキドキするような、ジェットコースターで落ちるときの腹の中が浮くような感覚がする。

なんだったんだろう。どこだったんだろう。子供にしか見られない景色だったんだろうか。あの一瞬にしか感じられない世界だったんだろうか──。


余談だけれど。一回友達と「ねえ、あの日に見た洋館の外観、庭との位置関係とか、それぞれ紙に書いてみようよ」と、描いたことがある。

……洋館と庭の配置も、屋根の形も、低いお花の雰囲気も……恐ろしくなるほどに一緒だった。

ぶち|言ノ葉の食堂
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