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青山美智子『赤と青とエスキース』
引用は青山美智子『赤と青とエスキース』(株式会社PHP研究所)に依る。
〈あらすじ〉
メルボルンの若手画家が描いた1枚の「絵画」。日本に渡って三十数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく。
竜宮城のような
「竜宮城なんだ」
突然、ブーの乾いた声が耳に飛び込んできた。私は目覚ましのアラームを聞いたようにハッとした。
「ここを竜宮城だと思ってるんだ、みんな」
抑揚のない言い方だった。さっきまで無邪気に笑っていたのに、そのときの彼はすっかり表情をなくしていて、なんだかちょっとだけこわかった。私がガラス鉢の金魚だというのなら、彼は深海に住むさびしい魚みたいだった。
「みんなって、誰?」
私の質問には答えず、彼は淡々と続けた。
「何人も見てきたよ。現実の世界だなんて思ってないんだ。そうして帰っていくんだ」怒っているのでも、悲しんでいるのでもなかった。
彼はただ、あきらめているのだった。
まさに、竜宮城のような本だった。
この本との出会いは、サークルの先輩方と4人でオールカラオケをした時に、自分含め3人が熱唱している傍ら、1人の先輩が永遠にこれを読み続けていて、「こんなやかましい環境で熱中できるくらい良い本なのだろうか?」と思い貸してもらったという経緯のもとに果たされた。あと、装丁が綺麗で惹かれたのもある。
この本を読んでいると、自分の時間と周囲の時間とがまったく異なって感じる。我々が密室の中で、感情を一切捨象した無機質なカラオケの電子音と、無責任なエコーで歌い手の声を増長させるマイクとに囲まれて、ある意味有意義で、ある意味無意味な時間を過ごしていた間、先輩はたっぷりとたゆんだ時間を味わっていたのだと思うと、少し妬けてくる。
エスキース
この竜宮城に訪れている間は、登場人物たちが次から次へと、生きることの苦しさをそっと呟き、そして生きるための確かな助言を手渡していってくれる。なにかそれらに意味を添えて書き出したいとも思ったのだが、今回はじっくり寝かせてみたいと思う。この本を読むのに要した3杯のお茶のように。
実際、この本は、何か一つでも答えを見出してしまったら、緻密に組まれたテクスチャーが解けていってしまうような気がして、なんだか、この形が正解なように思える。
「堂々としていればいいんだ。俺はレイの気高い生命力を知ってるよ」//
「生命力って、生きる力じゃなくて、生きようとする力のことだよ。レイが持ってるその力は、媚びがなくて清潔だり俺はそれを感じる」
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彼のどこが好きかと訊かれたら、私はまっさきに「親指」と答える。ブーは私と手をつないでいるとき、絡めた指から親指だけ少し離して、その腹でそっと私の手を撫でる癖があった。
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絵と額縁が完全にマッチした状態のことを、完璧な結婚って表現するんですよ。
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「よく、人生は一度しかないから思いっきり生きよう、って言うじゃない。私はあれ、なかなか怖いことだと思うのよね。一度しかないって考えたら、思いっきりなんてやれないわよ」
意外に思って、私は目を見開く。
「私、オーナーって、思いっきり生きてる人だと思ってました」
するとオーナーは、少女みたいに楽しそうに笑った。
「もちろん思いっきり生きてるわよ。でも私はね、人生は何度でもあるって、そう思うの。どこからでも、どんなふうにでも、新しく始めることができるって。そっちの考え方のほうが好き」
私は納得する。それなら彼女らしい。とても。
オーナーは自分を抱くようなしぐさで両腕をつかむ。
「ただ、人生は何度でもあるけど、それを経験できるこの体はひとつしかないのよね。だから、なるべく長持ちさせなきゃ」
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そう、まさにこれはエスキースだ。
でもなんだか物足りない。やはりこの物語は、239ページ分の文字と装丁とが揃ってはじめて完結するのだ。そしてこの気持ちをともに抱き合える人と出会えたらもっと良い。
ああ、いい物語だ。