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小川洋子「刺繍する少女」

引用は小川洋子「刺繍する少女」(『刺繍する少女』(株式会社KADOKAWA 1999年8月))に拠る。

〈あらすじ〉

僕は乳癌に侵された母を看取るためにホスピスでの日常を過ごすことになるが、そこで出会ったのはかつて二〇年以上前に隣同士の別荘で一夏だけ夏休みを一緒に過ごした“彼女”であった。喘息持ちの彼女は昔も今も変わらず「刺繍」をしているが、その仕草はまるで「小さな虫を、一匹一匹針で突き殺している」ようである。ボランティアとしてホスピスに通う彼女がベッドカバーを完成するにつれて、母親の死期は迫ってきて——。
自筆

今回は、前にこの作品について発表した内容を改めて整理する機会があったので、ちゃんと大真面目に書いたその内容を下に納めつつ、小川洋子さんのお話が好きな話を少し。

小川さんの作品は何回か読んだことがあったけれど、本当に衝撃を受けたのは「薬指の標本」。(これについてもいつか書きたいな)。小川さんが描き出す世界にはいつも人間のあたたかさ、そして少しのこわさが静かに横たわっている。「静」という言葉がこれほどあう文章はないんじゃないかな。あと、2文前の「人間のあたたかさ」と書いている所、はじめは「人間のやさしさ」と書いていた。でも消した。それは、小川さんの作品は「やさしくてやさしくない」と思うから。

もう少しかみ砕くと、小川さんの作品には生と死の問題も常に潜んでいて、読んでいると自分の人生について絶対に一度は振りかえることになる。そしてその時に小川さんの作品はいつでも私にこう呼びかける。「生きていいんだよ、でも死んでもいいんだよ」。だから「やさしくてやさしくない」。小川作品における生と死の問題については沢山の研究がされていて、私はまだ全然それについて勉強できていないから、主観で語っている部分が大きい。でも、小川作品を一度でも読んだことのある人は、みんなこう感じたことがあるんじゃないかと思う。わたしはこの「やさしくてやさしくない」という点が、人間として非常に信頼できるし、誠実だな、と思う。

「刺繍する少女」についても「生と死」の問題に触れられていて、主人公と関わっている少女はやっぱり「やさしくてやさしくない」。でも「生と死」にすごく真正面から向き合っている人物だと、この話を読めばわかる。いつか自分が死ぬときには、どの小川作品を思い出すのかな。ちょっと楽しみ。(暫定は『猫を抱いて象と泳ぐ』かな)


はじめに

「刺繍する少女」は、『野性時代』の平成6年11月号から平成7年8月号にかけて連載された、小川洋子の「記憶」に関連する作品としては初期のものである。先行論の数は多くなく、また、本作品についての直接的な作家言説もないが、「生と死」そして「言葉」に関連して次のような小川の言及がある。

小川 「生きている世界」と「死んでいる世界」があったとき、そこをスイッチが切り替わるみたいに一足飛びにパチンと移動できればいいんだけど、それができない。標本や剝製はまさにそうですけど、廃車になったバスにしても、生から死へ一足飛びに行けないで、なんの因果か途中で漂っている感じがするんです。人間であれ無機物であれ、そういうものの声を、ずっと私は書き続けてきたような気がします。
——生から死へ一足飛びに行けないときに、じゃあなにを使うかというと、標本でなければ言葉ということになるんでしょうか。例えばアンネ・フランクであれば、あの日記がなかったら、彼女は死の世界へ行けなかったかもしれない。//
小川 そうですね、先に進もうとしているんですよね、その中間地帯でさまよっている人は。生の世界に戻ろうとしているだけではなくて、どうにかして死の世界へ行こうとして苦闘していることもある。
p.81-82(1)

小川洋子は、「生きている世界」と「死んでいる世界」の中間でさまよう人間がそこから先に進むためには「言葉」をもちいる必要がある、と述べている。実際、本テクストと同様に『刺繍する少女』(株式会社KADOKAWA 1999年8月)に掲載されている「第三火曜日の発作」でも喘息を患った少女が登場するが、彼女も自分の症状に関する体験記をあらゆる人物に成りすまして「書く」ことで、死についての想像力を働かせ自身の症状と向き合っている節がある。しかしながら、本テクストにおいて少女が取り組んでいるのは「刺繍」なのである。そして、この「刺繍」そのものの役割について触れた先行論はなかった。したがって「刺繍」が「言葉」に成り代わって死に向き合う際にどのような役割を果たしているのか、考察の余地があると思う。

1 開かれた身体と閉ざされた身体

病いは、互いに開かれた身体となるための特別な通路を提示する。病む人は、完全に個人的である——私の痛みは私一人のものである——と同時に他者と共有されてもいる苦しみの中に身をひたしているからである。病む人は、自らの周囲、自らの前後に、同じ病いを経験し、その人自身の完全に個人的な痛みに苦しんできた他者を見いだす。病む人は、自らの痛みによって他者の痛みを理解する。物語を語るということは、互いに開かれた身体が、自らの痛みをさしだすと同時に、何がその身体を悩ませているのかを他者が理解してくれるという保証を受け取るためのひとつの媒体である。したがって、物語の語りは互いに開かれた身体の特権的な媒体となる。/他者とのかかわりに関する座標軸の反対の極には、個々に閉ざされた身体//が位置づけられる。それは自らを、本質的に他者から隔てられ、孤立したものとして理解する身体である。一九九一年の映画『医師』において、ウィリアム・ハートが癌を宣告されたばかりの外科医を演じている。その知らせを受け取った妻は、「私たち」という表現で、何が起ころうと夫婦で乗り切っていけるはずだと言う。その妻を彼が正す。癌になったのは私一人なのだと。この役柄のように、多くの人々が病いに相対して、個々に閉ざされた身体を選択する。[この映画は]その役を外科医に設定することによって、医学が個々に閉ざされた身体から互いに開かれた身体までの座標軸上において身体をどこに位置づけているのかを、文化的な認識として問い、興味深い批評を行っている。
p.60-61(2)

この資料からわかるのはまず、病に侵された身体には、「開かれた身体」と「閉ざされた身体」があるということである。開かれた身体とは、病む人が自らの痛みによって他者の痛みを理解すると同時に、病む人が「語る」ことによって、他者にもその痛みを理解してもらい、互いに痛みを共有する状態を示す。一方で閉ざされた身体とは、痛みは当事者個人のものとして受け止め、孤立したものとして理解している状態を示す。
ここでテクストを見てみると、「僕たちに用意されていた部屋」p.7「僕たちはすぐにここでの生活に慣れた。//痛み止めの注射をしてもらっている時以外は、入院していることさえ忘れそうだった。」p.8-9 というように、がんを患い、入院しているのは母だけであるはずなのに、僕の語りでは「僕」も患者として入院しているかのような描写がみられる。つまり、僕と母とは開かれた身体であるということができる。
一方で「僕といる時に発作は一度も起きなかった」p.13 という表現からわかるように、僕は「彼女」が喘息の症状で苦しんでいるところを見たことがない。したがって、現時点で「彼女」は閉ざされた身体「であるように思われる」。

医学はさまざまな形で個々に閉ざされた身体の成立を促す。病院は、患者たちを互いに接近した状態に置くことで大切なプライヴァシーをことごとく奪い取ってしまうのだが、他方では意味のある接触を排除してしまうだけの距離をも生みだしている。//近代的病院管理システムが、個々に閉ざされた身体を好むということだけではない。医療実践を基礎づけている疾患モデルが、身体に対するその他の見方を許容する余地をほとんど持っていないのである。/医学が求める個々に閉ざされた身体は、教育や市場において個々人の業績を強調する近代社会の考え方とうまく接合する。
p.61-62(2)

そして、現代医学は閉ざされた身体の成立を促す。これにより患者同士の接触の多くは最小限度かつ一時的なものになり、病の「語り」による病の共有(分有)は行われず、患者の孤独は進んでいく一方なのである。
これらのことから、僕(と母)は病、そして死の痛みを分有し向き合うことができており、「彼女」はできていないという仮定をすることができる。しかしながらテクスト内ではそのような展開にはなっていない。それはなぜなのか、そして僕に行われた真のケアとは何なのか。

2 刺繍によるケアⅠ ——夢を通じて僕がみるもの——

「君と一緒にいると、ここが死に塗り込められた場所だっていうことを、忘れてしまいそうだ」/頭ではあの夏わき起こった死の数々を思い出していながら、口ではそれと正反対のことを言っていた。でもただ僕は正直な気持を言葉にしただけだった。
p.24
母は眠ったようだった。時折顔を近づけ、寝息を確かめた。そうしないと不安だった。死の瞬間というのがどういうふうに訪れるのか、想像もつかなかったからだ。唐突で不合理でいびつな瞬間として訪れるような気もしたし、もっとひっそり舞い降りてくるような気もした。
p.26

前章で開かれた身体に該当すると考えられた僕は、母親のケアをしながら彼女との日常を過ごしている間、引用部からわかる通り死から目をそむけ、また死の瞬間がどういう風に訪れるのか想像ができておらず不安を抱えている。母親とともに開かれた身体である僕が、このように死の不安にさらされているのはなぜなのか。それは開かれた身体によってケアされているのはあくまでも病んでいる本人(=母)であり、ケアする側の僕は、半ば無理やり開かれた身体にさせられたという「ケアの暴力性」に晒されたからではないかと考えられる。一方で閉じられた身体である彼女の方は「「死に塗りこめられてなんかいないわ。ここは通り道なのよ。あちらへ行く人と、こちらへ戻って来る人のね」」p.24というように、ホスピスが生死の中間地点であるということについて把握し、死への理解を深めているように思われる。
ここでテクスト中に描かれる「夢」について確認する。

「夢の文法」とは、「きれいときたない」「大きいと小さい」「幸運と不運」「Aと非A」が同じひとつのもののうちに輻輳し、時間が逆流するような世界を叙するための文法である。/どうしてそのような文法が存在し、わたしたちは夜ごとその文法で叙された世界を生きるのか?//わたしはこの問いに対して、ひとつしか答えを思いつくことができない。/それは、「夢の文法」で叙された世界から、それとは違う文法で叙された世界へのシフトを日ごと繰り返すことによって、人間はそのつど新たに人間として再生するという仮説である。//そこではいったん秩序が破綻して、混沌が生じ、それが復旧されて、秩序が再構築されるというプロセスが永遠に繰り返される。それは、おそらく、人間は、混沌から秩序へ、破壊から再生へ、夢から覚醒へ、という循環的歴程を毎日のように繰り返すことで、おのれが何ものであるかを知ることができるからである。
p.32-35(3)

この資料で言及されている「夢の文法」とは、夢の中で「きれいときたない」「大きいと小さい」というような相対するものが同じ言葉で語られたり、時間が逆流したりすることを指す。「夢の文法」が存在するのは、人間が「まだ人間ではない状態」と「人間になった状態」を定期的に行き来することで自らを人間としてそのつど再構築するという方法を採用したからであり、それにより人間は自己とは何かを認知しているのである。

その夜、僕は夢を見た。もしかしたらそれは、夢と名付けるべきものではないかもしれない。もっと生々しくて鮮やかな現象だった。朝が来た時、一晩中目を覚ましていたかのような気分に陥ったくらいだ。僕はそこでどんなわずかな風の動きも、音の響きも、感情の変化も感じ取ることができた。と同時に、なぜか病室の暗い天井や、ベッドのきしみや、母の寝言さえも意識に届いてきた。
p.16
いつしか少女が昼間の彼女にすり替っていた。//一度まばたきする間に、また十二歳の彼女に戻る。今、僕の前にいるのはどちらなんだ。そうつぶやこうとして、ようやく自分の愚かさに気づいた。どちらでも同じなんだ。違いなんてないんだ……。
p.19-20

僕はテクスト中で夢を見るが、それは1つ目の引用からわかる通り、現実との境界が非常にあいまいなものであり、また2つ目の引用を見ると、夢の中に登場する彼女は大人か子どもか曖昧なものとして認識されている。つまり僕はこの彼女が「大人か子どもか」曖昧な夢を見ることで、「夢の文法」に則り自己の再認識をはかっているのである。
そして彼女がいつも行っている「刺繍」にも注目する。彼女は僕が過去にD高原で出会った時にも、ホスピスで会った時にも、夢の中でも刺繍をしている。そして刺繍をする女性から連想されるものの一つとして、「紡ぎ女」が挙げられる。

母親像の、運命を定める一面は、おとぎ話でも神話でも、特に紡ぎ女のイメージで現われることが多い。//みごとな糸を作り出すので、紡ぐことは空想すること、イメージで考えることを意味する。紡ぐ際には、たくさんの個々の小部分が、相互に関わりあった糸、したがって一つの全体になる。//空想は深く活発になればなるほど、それだけ元型的に前もって形成され、とくに無意識のうちにそれが進む場合、ある意味でこのプロセスは避けられない。だからこそ紡ぎ女はとくにしばしば避けられぬ運命のもたらし手として登場する。//われわれすべてがごく直接的なやり方で、空想を紡ぐ太母の所産に接しうる領域は夢である。自分や仲間の夢をとり上げて、その意味を明らかにしようと試みると、無意識の精神的な目的志向性、太母の導き手としての一面が経験される。彼女の紡ぐ糸が見えるのである。//子ども時代には、運命の糸を紡ぐ紡ぎ手は、実際の母親と分かちがたく結びついて体験される。後になってはじめて、予知的な、あらかじめ形作られた無意識として認識される。それは超人間的な、たぶんその上に神的な力、おそらくは神性の女性的側面の体験といってよい。/現実の母親は、偉大な紡ぎ女をいわば模倣して、大抵は肯定的な空想を通して子どもに対して永続的な影響を与え、子どもが自分自身になるのを助けている。しかしほとんどすべてのゆりかごの傍には、紡ぎ女が坐って運命の糸を紡いでいる。それは、母親らしい希望的な考えでまったく目に触れぬままに子どもをとり囲み、いわば人生への橋渡しをする。母親が心的に子どもに及ぼす力も、大部分はこの目に見えぬ希望的な考えに基づいている。というのは、これがなかったり否定的であったりすると、人間は自分自身に至るのに最大の困難を背負うことになるからである。子どもらしい面を展開させるとか、何か新しいものを生み出さねばならない時、そういう人はしばしば、自分の力量を信じてくれる仲間が囲りにいる時にだけ、それができる。とくに女性はこのような肯定的な「考えの中で参加すること」を通して、しばしば男性にその生涯の課題を果たさせるのに役立つ。すなわち人間とは、あらかじめ誰かがちゃんとやれると信じてくれる、つまり自分について建設的な空想をもってくれることがないと、まともに成長することがほとんど望めないのである。(235―238)
p.235-238(4)

おとぎ話や神話の中で登場する紡ぎ女は、運命のもたらし手として登場する人物であり、「紡ぎ女」が対象に対して見せる運命は対象を全肯定するものである。そして紡ぎ女は、実際の母親の像として登場したり、実際の母親とは分離された、知的なあらかじめ形作られた無意識、神性の女性的側面として認識されたりする。避けられぬ運命のもたらし手である紡ぎ女(乃至それを模倣する母親)は、全肯定的かつ希望的な運命を子どもに示すことで、子供の成長を促すのである。さらに、われわれが紡ぎ女と接する領域は無意識、すなわち夢の中なのである。

よく知られたいばら姫のおとぎ話にも、糸を紡ぐ老女がいて、彼女によって姫の運命が現実化する。十五になると暗い女性像の側からいばら姫に訪れる不幸、紡錘に刺されることは、ゆりかごの折りに避けられぬ運命として決められている。彼女は、救済をも含んでいる自らの運命を満たすこと以外、自分では何もしない。そのことは、女神の暗い側からの働きがどのように発するのか、時の満たされぬ限りそれを打ち破ることのできぬことを、示している。/いばら姫に贈り物を用意する十三人の妖精は、本来は一人の妖精である。彼女は一方で一切のよき物を贈る母の性格をもち、他方、価値あるものとして創造したすべてを手の平を返したように破壊する。そしてさらに、破壊の作用をもう一度和らげるのである。彼女は//運命の女神として、時と永遠の観念に関わる。
p.238(4)

そして、眠りと関連性の高い紡ぎ女としていばら姫(別称眠り姫等)に出てくる魔女を挙げられよう。彼女はいばら姫に対してよき物を贈る母の性格をもち(誕生の贈り物)、他方、価値あるものとして創造したすべてを手の平を返したように破壊し(紡錘に刺されるという死の予告)、破壊の作用をもう一度和らげる(100年の眠りにおちそれから目覚める)。
これらのことから、テクスト中の彼女は「いばら姫」における紡ぎ女の役割を付与されているといえるのではないか。なぜなら、彼女が僕の母が眠っている時にしか僕と会わず、また、「母を悼む気持ちと彼女を思う気持の区別がつかなくなって」p.29 いる僕の様子から、僕が彼女に紡ぎ女の母的側面を見出していると判断できるからである。
ところで、「いばら姫」における紡ぎ女の役割を彼女が担っているとすれば、彼女は「創造」「破壊」「再創造」というプロセスによって僕の運命を決定づけるはずである。すなわちテクストと照合すると、「創造」= 12歳の時の記憶、ホスピスで刺繍をしている時間、「破壊」=母の死、「彼女」の消失と仮定することができるのではないか。すると、最後に残された「再創造」とはいったい何を指すのか。

3 刺繍によるケアⅡ ——刺繍で「語り」「分有」する——

まず、ジャン=リュック・ナンシーによって提唱された「分有」という概念について確認を行う。ナンシーの提唱からわかるのはまず、「死」は一個の主体のみで成立するものではないということ。次に「死」のトポスにおいて、死ぬ主体とその死を成立させる他者たちをまとめて有限的な「共同体」とするのであって、国家や民族といった無限で絶対的な共同体を指すわけではないということである。そしてこの有限的な「共同体」によって露呈するのは、「いつだれが死ぬのかわからない」という自分や他者の「死」の認識である。これらが何を指しているのかというと、死に瀕した我々に求められているのは死から目を背けるのではなく死という存在を認め、他者と、死の瞬間まで生をどのように全うするのかということについて考える必要があるということである。

被分析者はいろいろなことを語る。「ぼくはこんなことを経験しました。こんなことを思っています」と。でも、その人の身に起きた「ほんとうのこと」を語っているのではない。//なぜなら、ぼくたちが話すときには、いつでも「聴き手」がいるからです。その人に届くように、その人がうなずいてくれるように、その人がほほえんでくれるように、その人が承認して、「わたし」を愛してくれるように、ぼくたちは語ります。それはべつに相手の気に入られようと都合のいい話をでっち上げているわけじゃない。そうではなくて「前未来形」で話しているんです。/被分析者は、話が終わったときに、分析家という他者によって「承認された自分」めざして語ります。そのことばは、「まだ語り終えていない当の物語を、すでに語り終えた人が、回想する」という仕方で語られます。//前未来形で前倒しできる最遠にして最後の時点は「死んだ後の自分」です。//「死んだ後の自分」を「現在」に想定して、そこから自分の過去や「これから死ぬまで」に経験した(ことになっている)さまざまの出来事を静かに回想的に語れる人、自分についての物語を語り終えた時点、つまり「死んだ後の自分」という前未来形の消失点から「今」を見ることのできる人。そういう人のことを古来、ぼくたちは賢者、名人、聖人というふうに呼んできたんじゃないでしょうか。//「死んだ後のわたし」を消失点に据えて、そこから前未来形で現在を回想するような時間意識をもつことのできた人間はよく生きることができる。//「死んだ後の自分」から今を回想できない人間、胆力がない人、危機的状況をリアルタイムで生きてしまう人間は、たぶんいきなり死んでしまうのです。
p.147(3)

次にナラティブ・アプローチについてであるが、患者は自分の症状、経験について語るとき、「聴き手」を意識して語ることになる。それは、話を終えた際に「聴き手」という他者に自分が「承認される」ように「前未来形」で話すということである。そして、前未来形で前倒しできる最遠にして最後の時点は「死んだ後の自分」である。「死んだ後のわたし」を消失点に据えて、そこから前未来形で現在を回想するような時間意識をもつことのできた人間はよく生きることができる一方で、「死んだ後の自分」から今を回想できない人間、胆力がない人、危機的状況をリアルタイムで生きてしまう人間は、いきなり死んでしまうのである。
つまり、ナラティブ・アプローチが「「死」の有限性について(言葉を通じて)自覚的になる」という点で「分有」の特徴を内包しているといえる。そして小川洋子は以前、刺繍について「指先は常に、糸の未来を予知している。//指先だけが、少しずつ姿を現すレースの模様に刻まれた物語を、既に知っているのだった。」p.238(5)というふうに述べており、刺繍と時間、語りとの関連について気づいている。
これを踏まえた上で今一度テクスト内の刺繍についてみていく。まず彼女の刺繍を初めて見た時僕は「最初は小さな虫を、一匹一匹針で突き殺しているのかと思った。」p.11 と述べている。これは刺繍を行う際に用いる針の針先が虫を殺すような作業を担っていること、つまり針の未来は死を示すということを表している。そして刺繍は面白いのかという僕の問いに対し彼女は「「おもしろいかどうかは、よく分らない。一人ぼっちになりたい時、これをやるの。自分の指だけを見るの。小さな小さな針の先だけに自分を閉じ込めるの。そうしたら急に、自由になれた気分がするわ」」p.18と答える。すなわち、先述したように針の先が死に向かうとすれば、彼女は「自分を針の先に閉じ込める」、つまり自分の死を想定しているのだといえる。彼女が行う刺繍は「「ペケ印になるようにすればいいのよ。」」p.18 という発言からも分かる通りクロスステッチであるが、ペケ印に糸を縫い付けるということは、糸があちらへ行ったりこちらへ行ったりという動きをすることになる。これは、二章でもふれた「「死に塗りこめられてなんかいないわ。ここは通り道なのよ。あちらへ行く人と、こちらへ戻って来る人のね」」p.24 という彼女の発言と重なる部分がある。
すなわち、彼女は刺繍をするという行為によって、針を通すという行為と自分の死の未来を重ね、「自分を前未来的に語る」という死への向きあい方を身につけていたといえるのではないか。これは僕に、刺繍が完成した後はどうするのかと聞かれたとき、「彼女」が「「刺繍をするのよ。決まってるわ。他に何をするっていうの」」p.29 と答えたことからも読み取れる。彼女は僕の母の死をベッドカバーの完成とともに受け止めたあとも、また一から針先の示す「死」という未来に向って進んでいくのである。そして残されたベッドカバーは、「僕が前未来形で死を語れば、母の死を乗り越えることができる」という、「彼女」が再創造した運命のメッセージを託しているのである。
一方で、「刺繍をする」行為は決して「語り」の行為を含んでいないではないかという意見も出てくると思う。しかしながら、ナラティブ・アプローチにおける「語り」すなわち「テクスト(text)」は、ラテン語の「テクストゥス(textus)」という「織物」という意味の語に由来している。「語る」ことは「紡ぐ」こと。このことを「刺繍する少女」は悟っていたのである。

おわりに


1章では開かれた身体と閉ざされた身体について確認し、僕と母が前者に、彼女が後者になりうることを確認した。
2章では、開かれた身体であるはずの僕が死を受け入れられておらず、閉ざされた身体であるはずの彼女が死を受け入れられていることを確認した。したがってまず僕がとった行動は「夢を見ること」である。「刺繍する少女」には神話やおとぎ話に見られる紡ぎ女のイメージを重ねることができ、それは対象に対して運命を決定する役割を担っている。その運命が、「いばら姫」における紡ぎ女がもたらした「創造」「破壊」「再創造」というプロセスをたどるとすれば、最後の「再創造」にて「刺繍する少女」は僕にどのような「希望」をみせるのかという疑問が残る。
3章ではその「希望」を「死んだ自分を前未来形で語」り、周囲と「分有すること」として示した。「死んだ後のわたし」を消失点に据えて、そこから前未来形で現在を回想するような時間意識をもつことのできた人間はよく生きることができる。「彼女」はそれを行っていることを、「刺繍」によって暗に示し、最終的にベッドカバーとして僕にも提示してみせたのである。
最後に、タイトルに注目したい。「刺繍する少女」は本来「刺繍をする少女」でもいいはずだが、このような表記にしたことには何か意味があるのだろうか。後者は、「する」という動詞の対象が「刺繍」になっているのに対し、前者は「刺繍する」という一つの動作名詞となっており、これ自体の対象(目的語)が示されていないままである。この解釈の余地が物語全体のふくらみをもたらしていると思うが、自分は「「死(んだ自分)」を刺繍(テクスト)する少女」として本論を閉じたいと思う。

〈参考資料〉
(1)小川洋子、堀江敏幸 「小川洋子インタヴュー ×堀江敏幸 有限な盤上に広がる無限の宇宙」 『文藝』 第四八巻第三号 河出書房新社 2009年8月
(2)アーサー・W・フランク、鈴木智之 訳 『傷ついた物語の語り手——身体・病い・倫理』 ゆみる出版 2002年2月
(3)内田樹 『死と身体 コミュニケーションの磁場』 医学書院 2004年10月
(4)S・ビルクホイザー―オエリ、氏原寛 訳 『おとぎ話における母』 人文書院 1989年7月
(5)小川洋子 「美 第十四回 レース編みをする人の指先」 『文藝春秋』 第九九巻第一〇号 文藝春秋 2021年10月
(6)仁子真裕美 「日本語教師の立場」 『日本語教師を応援するTomo塾』 2018年10月23日https://www.tomojuku.com/blog/students-questions/3/(最終閲覧日:2022年10月19日)
(7)千田洋幸 『ポップカルチャーの思想圏』 おうふう 2013年4月

〈疑問点〉
・猫→衰弱して食べられなくなる母親と対照的、糖尿=死に向かう?
・三か月という数字→浮遊するシニフィアン?
・指貫、裁縫箱
・背中をさすってやったが、いつもきっかり八分で→八分は陣痛の第一期の間隔→生き物を産む、生をつづけていくことの諦め?↔ケアの完了?
・秘密めいた残酷な遊び
・無花果の木の下→無花果は神話で「禁断の果実(リンゴ)」と同様の扱いを受けたり、アダムとイブが自分の裸を無花果の葉で隠したことから「後ろめたいことを隠す」ものとして用いられたり…
・別荘へ戻る
・食べること
・モスグリーンのベッドカバー≒宿題の写生の絵(林を描いて…、残り少なくなった緑の絵の具…)
→植物=生の象徴?

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