死ぬことは怖くないって、それは嘘です。
今日はちょっとセンシティブなことを書くので、
片目をつぶってお読みください。
スピリチュアル界隈で、
「魂は永遠だから、『死』は怖くない。」みたいなことを言う人がいますが、
ああいうのは言わない方がいいと思うのです。
本当にいろんなことが見えていて、宇宙の理を知っていて、
この世界での学びが終わって、魂のことも知ってて、死ぬことが怖くない、
という人もいるかもしれないけれど、
死んだことがないのに、どうして怖くないってわかるんだろうって思うし、
きっと説明できないと思います。
そして、
『死』は怖くないって言っている人の中には、
生きることに絶望していて、吐き捨てるように
死んだ方がマシ、死ぬことは怖くない。って言っている人もいるからです。
生きることに絶望していて、「死にたい」という時は、
何かにとても怒っているときです。
引きこもって死にたいと言っている子なんて、もう、怒りまくっているということです。(ひきこもりも怒りのいち形態です。)
どうしてこんな辛い世界に自分を産んだんだ、っていう親に対する怒りや、
頑張れなかったり、上手く生きられない自分に対する怒りや、
自分自身という存在そのものに対して怒っている場合もあります。
人生は、もう取り返しがつかないくらいぐちゃぐちゃになっていて、
リセットしてきれいにするためには死ぬしかないと思っているのです。
そして、さらには、
そんな自分をわかってくれる人はどこにもいないと思っているのです。
本当は、死ななくても人生はやり直せます。
普通にやり直せます。
何歳からでもやり直せます。
そのためには、勇気を出して、
今自分が生きているこの世界の中にある、
美しいもの、周りの人の美しさを見てみたいと願うことです。
ただ、そういう美しさがあるのなら見てみたいと、願うことです。
周りを試すために「死にたい」ということもあります。
それは、周りの人の美しさを見ることから逃げているのです。
死ぬというのは、怖いことです。
もしそれが、何かから逃げるための気持ちなら、
死ぬ瞬間、「やっぱり死にたくない」と思うと思います。
何かから逃げたい気持ちより、美しさを見つけていく勇気を持つことです。
もし今、死にたいと感じているなら、
死ぬ前に、もっかいくらい勇気を出してみたらいいと思います。
怒りも、絶望も、抱えたまま生きていくにはあまりにしんどい感情たちです。
生きていて、手放すということは、できます。
本当に鬱とか、体重が減り続けてるとか、食べられない、眠れないとかそういう時はちゃんとプロの手を借りてケアをしてくださいね。
周りにそういう方がいる人は、無理にでも連れて行ってね。
希死念慮というのは結構引力が強いです。
一人で手放すのは、なかなかに難しいと思います。
生きること
を、希望と共に選べますように。
愛をこめて
elly
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