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子どものいいところメモと自分のできたことメモ

以前の私は、子どもに対して、
これぐらいできるでしょ、
これぐらいできるようにならないとダメ、
そしてそれをできるようにすることが親の責任、って強く思ってた。


だから、子どもがそれをできていなかったら、なんでできないのってイライラして怒ってた。
「何回言ったらわかるん?」
「なんでこんなこともできひんの?」
そんな風に責めてた。

でも、そうじゃないなって気付いて、子どものできたことに目を向け始めたら、見えるものが変わった。
子どもって本当にすごいなぁって思えるようになった。


子どものいいところメモ

具体的に私がやったことは、
日々の生活の中で子どもたちができたことやいいところ、もっと伸びてほしいところを意識して見て、そこを褒めるようにしたということ。

そして、毎日、朝に、前日に見つけた子どものいいところやできたことを手帳に書くようにしたということ。


例えば、
年少の次女は、いっつも朝起きてからなかなか着替えない。
着替えたと思っても靴下だけは家を出る直前になっても履いてなくて、
家を出るときに靴下靴下!ってなってることが多い。

でもたまーに、
『着替えたときに一緒に靴下も履けた』っていう日があったりする。
そんなときは靴下も履けたんだねってことをいっぱい褒める。

大人で考えると、家を出るまでに靴下を履いておくっていうのは当たり前のことだし、
次女も靴下を履くこと自体は自分でできることだから、
以前の私は、
それができたとしても、ようやく当たり前のことができるようになったねという認識でいた。
わざわざ褒めるまでのことではないって思っていた。
できていないときはマイナスで、それができることでゼロになったイメージ。


でも、子どもって『今この瞬間』を生きているし、やらなければいけないことなんていう認識はほぼない。たぶん。
次女はまだ4歳になったばかりだし余計にね。

だから、次女にとっては、家を出るまでに靴下を履いておくっていうことは、まだまだ当たり前じゃないんだと思う。

しかも、大人でさえやらなければいけないことをやりたくない日だってあるんだから、子どもなんてもっとあるよねって思う。

できる日もあるし、できない日もある。

だからこそ、できた日はいっぱい褒めてあげたいし、できたねってことにまず私自身が気付いてあげたいって思う。

できたことに気付いてさえいなかったんだな。以前の私は。
当たり前だと思い込みすぎていたから。


意識して子どもたちを見るようになり、
でもそれだけだとやっぱり生活の流れの中で一緒に流されてしまうこともあったんだけど、
手帳に書くようにしたら、それを流されずに捕まえられることが増えてきた気がする。

あ、そうだそうだ、こんなことができたんだった。
こんないいところがあったんだったって、思い出せる。
そうしたら私も自然とうれしくなる。


そうやって子どもたちのできたことを書いてみると、
子どもって本当に本当にすごいんだよね。
毎日毎日成長してる。

今日できなかったことが明日はできていたりする。
(明後日はまたできなかったりもするんだけどね)

でも今日はできなくて、明日はできて、明後日はできなくて、っていうのを繰り返していくうちに、
いつの間にかできるようになっていってるんだよね。

毎日同じじゃなくて、毎日違うっていうのは今のこの子どもの時期だけなのかなぁなんて思ったりもする。
そんな子どもたちの姿を感じられていることが本当に幸せだと思えるようになった。


自分のできたことメモ

そして、ちょっと話は変わって、

手帳に子どもたちのいいところやできたところを書いていくことを始めたとき、
自分のできたところも書いていこうと思い、それも始めた。


でも、自分のできたところを書くのは数週間続けたけどやめちゃった。

それはなんでかというと、書く内容がタスクばっかりになっちゃったから。

今日はこれしてこれしてこれした。って。
やったことリストみたいな感じになってしまった。

子どものところに書く内容と全然違ったんだーーー


私自身、自己肯定感が低く、それを改善したいという思いもあって始めたんだけど、全く効果がなかった。
子どもたちのできたことに書いてる内容と、自分のそれとを比較して、逆に自己肯定感が下がりそうだった。

それだけ子どもってすごい勢いで毎日成長してるし、日々いろんなことに興味を持ってるし、それって本当にすばらしいことなんだけど、

それに比べて自分は、子どもみたいに毎日これができるようになったなんていうことはないし・・・
私何やってるんだろ、みたいに感じてしまった。


私の場合、誰かに自分の存在を認めてもらうこと、自分が誰かの役に立てるということ、それを感じられることによって、自己肯定感が上がるのかもしれない。


自分の行動に対して、
自分以外の人がどう思うかは、自分にはどうしようもないことだし、
他人の評価を気にするんじゃなく、他人に評価を委ねるんじゃなく、

自分自身で自分のことを認められるようになりたい、と思ってた。


だから、自分のできたところを書きだすということを始めたんだけど、

でも、今の自分はまだ他人の評価が気になりすぎるみたい。


最近、少しでも自分が誰かの役に立てることがあるのかもしれない、自分にできることがあるかもしれない、と感じたことがあって、
それがうれしくてうれしくてがんばっていたら、
もしかしたらそのがんばりはちょっとやり方が違ったのかもしれない、って思うことがあった。

途中でなんとなく気付いていたけど、止まれなかったんだな。

久しぶりに大きなダメージを受けた。


でも、もうちょっとがんばりたい。がんばりたいなぁ。

私も子どもたちみたいに、毎日こんなことができるようになったよって言えるようになりたいなぁ。(それはちょっと違うか)


親は子どもに弱いところを見せてはいけない、みたいに、無意識に思っているところがあったような気がする。今も思ってるかも。
でも、最近、親がもがいてる姿を見せるのもいいのかもしれないって思うようになった。

私は、コーチングを学んだことで、
『家族みんなが家族みんなの1番の応援者になりたい』っていう夢を持っているんだけど、
その中身って、親が子どもの応援者で、子どもたちもお互いを応援し合ってるところをイメージしてた。

でもふと、子どもが親の応援をしてもいいんじゃないかって思った。

実際に、子どもに勇気をもらったりパワーをもらったり、毎日毎日してるしね。

親が子どもに弱音を吐く日があってもいいのかなぁ。なんて。


話がいろんなところにいってしまったけど、
子どものいいところやできたことを書き出すのは、とってもおすすめなので、ぜひぜひお試しください。

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