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モーツァルト:自動オルガンのためのアダージョとアレグロ(幻想曲) ヘ短調 KV594、自動オルガンのためのアレグロとアンダンテ(幻想曲) ヘ短調 KV608、自動オルガンのためのアンダンテ ヘ長調 KV616、ドイツ舞曲「ライアー弾き」KV611

この記事は全く新たに書いたものです。

晩年のモーツァルトは自動オルガンのための作品を3曲書いています(KV594、KV608、KV616)。いずれもヨーゼフ・ダイム・フォン・シュトリテッツ伯爵の「ミュラー美術品陳列室」の時計仕掛けの自動オルガン(音楽時計、笛時計)用に作曲されたものです。18世紀はまさにオルゴールや自動人形(オートマタ)の時代でした。

ハイドンも自動オルガンのために曲を書いています(音楽時計のための小品 Hob. XIX:1-32 )。流行りだったんですね。モーツァルトが想定した楽器のサイズ感や雰囲気は下のハイドンの動画に出てくる楽器のようなものだったと思います(パイプオルガンで壮麗に演奏してもかっこいいのですが、たぶんもっと小さいサイズ感で考えた方が本来の形には近いのでしょうね)。

フォン・シュトリテッツ伯爵は蒐集した様々なオルゴール類や機械仕掛けの珍奇な品々のコレクションを展示して生計を立てていました。この施設はウィーンで大人気だったそうですが、伯爵は更なる集客増のために、対トルコ戦の英雄・故 ロウドン元帥の蝋人形を作って併せて展示しました。そこで元帥のために時間毎に自動オルガンで葬送の音楽が演奏されるようにしたのです。だからモーツァルトは葬送用の厳粛な短調の曲を書いたんです。「機械仕掛けの珍奇な品々を展示」というだけでもこの陳列室は十分キワモノ的なのに、そこに蝋人形が加わって更にオカルト感が付加された。人がいなくても時間毎に機械が自動的に蝋人形のために葬送音楽を奏でるという雰囲気を想像してみて下さい...ちょっと冷んやりした不気味さを感じませんか?

産業革命から時間が経って、精巧な機械仕掛けや造作が可能になったこの時代だからこそ醸成された雰囲気と感覚です。モーツァルトの自動オルガンやグラスハーモニカのための作品は、そーゆー点で非常に18世紀的だと言えるのです。

👆の動画は1784年作の自動演奏装置の動画です。マリー・アントワネットが楽器を弾く機械です。自動人形と自動演奏装置が合体した感じのモノですよね。これも自動オルガンやオルゴールと同じシステムで動いています。陳列室にはこういった感じのものも陳列されていたかもしれませんね。モーツァルトの自動演奏装置のための作品の背景にはこーゆー感じの世界観があるのです。それは、機械仕掛けなオペラ「魔笛」KV620はもちろん

「ホフマン物語」や

「コッペリア」、

「マ・メール・ロワ」

などと完全に地続きの感覚なのです。

この自動演奏機械のための音楽の仕事について、モーツァルトは「とても厭な仕事」とはっきり書いています。しかし経済的に逼迫した状況だから引き受けるしかない。背に腹はかえられません。モーツァルトは断片も含めると計5曲を作曲しましたが、完成させたのはKV594、KV608、KV616の三曲でした。金のために嫌々書いたのに、この三曲は大変な傑作に仕上がりました。現在この三曲は「自動オルガン」ではなく、もっぱらオルガン、ピアノ、弦楽合奏、木管アンサンブルなどの編曲で聴かれています。機械のために書いてあるので、人間ではどうしても演奏不能なところが出てくる。人間が弾く場合は適宜アレンジが必要です(モーツァルトは自身でKV594とKV608を2台ピアノのために編曲しています)。楽譜をできるだけ簡略化したくない場合は合奏で演奏することになります。

機械前提の曲では、作曲家は人間の身体という制約から自由になることができます。身体の制約がなくなったことでモーツァルトは通常の鍵盤楽器用の作品よりも思い切った書き方ができたはずなんです。YMOなんかもそうですよね。人間では絶対に不可能なことがコンピューターやシンセサイザーなら可能になる。

近年は「時計仕掛けのオルガンのための」という言い方はあまりされずに、単に「自動オルガンのための」と言うことが多いように思います。うーん、味気ないなー。個人的には「時計仕掛け」とか「音楽時計」という言い方の方が、より18世紀的だし、詩的で美しくて好きです...「自動人形」も「時計人形」と言う方が何だか美しい。

♦︎「自動オルガンのためのアダージョとアレグロ(幻想曲) ヘ短調 KV594」

三曲のうち最初に書かれたのがKV594です。瞑想的なアダージョは本当に魅力的です。決然たるファンファーレで始まる壮麗なトッカータのようなアレグロを聴くと、ぼくはどうしてもサン=サーンスのオルガン交響曲やヴィドールのオルガン交響曲第5番のトッカータを思い浮かべてしまいます。モーツァルトは既にこういったロマン派のオルガン作品の華麗で豊穣な世界を予見していたのだと思うのです。

以下は4手のピアノのアレンジです。

「自動オルガンのためのアレグロとアンダンテ(幻想曲) ヘ短調 KV608」

2番目に作曲されたのがKV608です。KV594によく似ていますが途中から大規模なフーガが展開されるのが特徴です(フーガは二重フーガにまで複雑化されます)。圧倒的な作品です。バッハの対位法を研究していた晩年のモーツァルトらしい作品です。KV608は厳格な対位法を運用してバロック的に書かれていますが、同時にロマン的な性質も併せ持っています。そのために後世の作曲家はこの曲にハマる人がけっこう多かったようです。ブゾーニはこれを2台4手用に編曲していますし、ベートーヴェンもこの曲を写譜したそうです。


☝️の動画のように弦合奏でも演奏されます。弦楽だとちょっと厳粛で劇的になりすぎる感もありますが、すごい演奏なので挙げておきます。アンサンブルで演奏すると、構造がよりわかりやすくなるのがいいところです。木管の演奏はその辺の塩梅がとてもいいと思います。

でもやっぱり人間が演奏すると、奏者同士の人間的なやりとりとか、「呼吸」「思い」みたいなものがどうしても作品に反映されてしまう。クラシック音楽では、そういった人間的なことがすごく大切にされていますけれども、自動オルガンの作品の場合は人間性を排除することでしか出てこない異様な美しさが大事だったりします。

ブゾーニのアレンジは👇です

このブゾーニの2台ピアノ用のアレンジは傑作です。こーゆー感じのちょっと昔によくあったロマンティックなバロックの感じは、学究的でピリオド的な演奏がごく普通のことになっている今ではちょっと下火になっているような感じがして、個人的にはそれもちょっと惜しいなと思うのです。ぼくはロマンティックな傾向のバロックも大好きです。ちなみに、ぼくはパッヘルベルのカノンはパイヤールの演奏が最高だと思っているし、レスピーギのバロック的な作品やヴィラロボスのブラジル風バッハやアルビノーニのアダージョ、ストコフスキーやブゾーニ編曲のバッハみたいなのが大好きです。

たまらん。

♦︎「自動オルガンのためのアンダンテ ヘ長調 KV616」

グラスハーモニカのためのアダージョと同様に、晩年のモーツァルトのシンプル&小規模志向の極北のような作品です(全28小節)。小さな妖精が踊るような作品世界は「魔笛」と完全に通底しています。

アンドラーシュ・シフの若い頃の演奏ですね。まだハンガリーにいる頃でしょうか。非常に素晴らしい演奏です。



ヘンデルも自動オルガンのために書いてます。


そうそう、ベートーヴェンも書いてますよ。

ベートーヴェンの「ウェリントンの勝利」Op.91も、元々は自動演奏機械「パンハルモニコン」のための作品です。

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そう思ってスコアを見ながら聴くと、機械の演奏を前提に工夫して作曲したことがよくわかります。この作品について「駄作!」とバサっと一刀両断にする意見は数多あります。そりゃあもう、ベートーヴェンの素晴らしい交響曲たちと比べたらこの作品は確かにアレですよね。チープだし、芸術的内容に乏しいし、見せ物的です。でも、そもそもキワモノ的な見世物である自動演奏機械のための作品なんですから音楽が見せ物的になっても当然でしょう。でも、ここでモーツァルトの自動演奏機械の作品の芸術性の高さを持ち出すのはちょっと違うような気がします。それを言っちゃあ お終いでしょう。ぼくはこのチープないかがわしさこそが、この作品のチャームポイントだと思ってます。この曲は大ヒットしました。でも、金のためにこーゆーキワモノ的な仕事も引き受けちゃうベートーヴェンの人間臭さが、ぼくは結構好きです。ベートーヴェンはちゃんと仕事して まとまった収入を得た。よかったじゃないですか。この収入で少し旨いものでも食って好物のワイン飲んでちょっと元気出して晩年の数々の傑作に取り組むことができたのなら、この仕事にも十分に意味があったと言えるでしょう。


♦︎ドイツ舞曲ハ長調 「ライアー弾き」KV611

1791年に書かれたこの楽しい小品は、モーツァルトの自作品目録に「コントルダンス・ドイツ舞曲 ライアー弾き、ハーディ・ガーディ付きのトリオ1」と記されています。ライアーとはストリートオルガン のことです。もちろんこれも演奏機械です。モーツァルトの頃からあったんですね!この当時ハーディ・ガーディという名称は、ストリートオルガンにも用いられていました。

ストリートオルガン は今でも現役です。サーカスには付き物ですし、大道芸フェスみたいな歩行者天国系のイベントなどで見かけることがあるかもしれません。

シューベルトの「冬の旅」にも「ライアー弾き(ライエルマン)」という曲が入っています。つまりストリートオルガン弾きですよね。

サーカス的・大道芸的な哀感。


様々なオルゴールや自動オルガン、ストリートオルガン、機械人形などは、日本各地にあるオルゴールの博物館に行くとたくさん実物を見ることができます。いくつもある博物館のサイトに行くといろんな画像や動画が見られて楽しいですよ。

例えば👇のようなサイトなんか素晴らしいと思います。。

http://www.musemuse.jp/


現代ではコンロン・ナンカロウの「自動ピアノの為の習作」シリーズは機械化することで人間では演奏も記譜も不可能なリズムや音型を可能にする目論見の極限的なスタイルと言っていいでしょう。まあ、クレイジーのひと言に尽きますね。最高👍です。



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