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どこまで頑張って生きるか。死ぬか。

 わたしはいつも「人間の最善手って初手自殺なんですよね」と言っているが、結構ちゃんとした意味合いとして言っているんだという話。

 理系読者には「人生は結局幸せの評価関数を作って最大最小化問題解くだけだよね」のひとことで済むはなしなのだが、理系ではない方も多いと思うのでちゃんと書く。

なぜ人は生きるために努力するのか

 幸せになるためである。あたりまえだ。だから、働いてお金を稼いだり、恋愛をしたり子供を育てたりしている。

 努力というのは一旦苦労する行為だ。例え話をする。高校で化学をやったひとは活性化エネルギーというのをやったのを覚えているだろうか?

 あらゆる物質というのはなるべくエネルギー的に低くなろうとする。たとえば、水素と酸素の混合物に火をつけると水になるが、この際に爆発が起きる。このエネルギーを失って全体としてのエネルギーは低くなる。

 下の画像を左から右に行く感じだ。

https://www.try-it.jp/chapters-9481/sections-9482/lessons-9499/より引用

しかし、このとき活性化状態と言って一旦エネルギー的に高くならなければならない。いうなれば、水素と酸素の混合物にライターで火をつけるときのライターが必要不可欠ということだ。

 同じアナロジーが人生にも言える。「社畜がめちゃめちゃ頑張って稼いで不動産を買ってFIREした」という幸せのなりかたを考えよう。

 最初はつらい社畜(エネルギー的に高い)状況から頑張って資産形成して(もっとエネルギー的に高い)その後は楽になる(エネルギー的に低い)ということだ。

死はエネルギー0だ

 これはかなり私の思想が強いので反対意見のある人も多いかもしれない。「死」「コールドスリープ」「生まれていない状態」は先ほどの化学のアナロジーにおけるエネルギー0だ。これ以上低いということはない。

 つまりだ、死が本来一番目指すべきところなのだ。しかし、人は簡単には死ねない。これは死に向かうための活性化エネルギーが高いからだ。普通にいえば、死は怖いし痛いし本能的に拒否されるということだ。

どの谷で妥協するか

 人生は結局、どのエネルギー的谷で妥協するかだ。(理系的に言えばどの局所最適解を取るかだ)。下の図はたとえばの模式図だ。あり方というものに連続性はないのでありかた軸が1次元しかないのはおかしいがわかりやすさのためだ。本当はありかた軸は2次元とかにしてつらさの山がたくさんあるのが正しい。

 たとえば就職すれば仕事という安定が得られる。起業すれば資本家になるという安定が得られる。自らを殺せば死という安定が得られる。

 たぶん、普通は人は死ぬところまではいかないと思うのでどこかの谷を目指すのだが、あなたはどの谷を目指す?

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