PRESIDENT Onlineにおける、胃がん検診に関する記事について

この記事の内容を真に受けてはいけません。以下、解説します。

市町村や勤務先で行われている集団がん検診は、厚労省の指針に従って実施されているが、早期がんの発見は期待してはいけない。毎年欠かさず検診を受けていたのに、「発見された時には、すでに進行がんだった」というケースが続出しているのだ。

がん検診において早期発見(early detection)とは、無症状時に疾病を発見する事です。検診の失敗は、検診と検診のあいだで症状が出て発見される、のような場合です。

厚労省は、市町村などの集団がん検診について、「対象集団全体の死亡率を下げる」という目的を掲げているのだ。これを対策型検診と呼ぶ。一方、「個人の死亡リスクを下げる」のは任意型検診であり、明確に区別されている。しかも、がん検診において「早期発見」には不利益があり、最優先事項ではないとしているのだ。

先述のように、早期発見とは無症状の時に見つけるのを意味します。対策型検診も任意型の検診も死亡リスクを下げるのが効果ですが(どちらも結果の確率の事です)、それが指標として用いられるのは、たとえ発見が増えても、延命という結果を左右する点(クリティカルポイント)の前で無ければ延命できないので、発見の数や、発見した時の病理的な状態からは、その検診が役に立ったかどうかは判断出来ないからです。

前検診部長らは、早期発見ができる検査は「過剰診断」の可能性があるため、必ずしも最善の検診ではないと主張して、集団全体の死亡率を下げる検査に固執した。

「過剰診断」の可能性があっても、それだけで検診をすべきで無いとはなりません。過剰診断含めた害の程度と、死亡リスクの低減やQOL低下抑制のような便益を比較して、そちらが上回れば推奨されます。つまり、過剰診断が起こっても検診は推奨され得るのです。
また、過剰診断が少なくても、それで検診をして良いとはなりません。たとえば、発見は出来るが治療法が無いような疾病があればどうでしょうか。
検診実施の推奨というのは、簡単な議論ではありません。

検診学者の主張する『過剰診断』は、甲状腺がんの一部で確認された話に過ぎません。

誤っています。過剰診断(余剰発見)は、メラノーマ、前立腺がん、乳がん、大腸がん、肺がん、子宮頸がん、胃がんなど、様々のがんの種類で確認されています。過剰診断とは、
見つけなければ、他の原因で死ぬまで症状が出ないような疾病を見つける
事を意味しますから、症状が出ない期間があり、そこで発見可能であれば、理論的に生じ得る現象です。推計の方法が難しいので、詳しい割合の推計には幅があり、がんによって研究のされかたも異なりますが、過剰診断が甲状腺がんでしか確認されていないなどという主張は全く誤っています。議論すべきは、ある無しではなく、どのくらいあるのか、です。

悪性腫瘍と診断されたがんは、全て進行して生命予後に影響します。

完全に間違いです。悪性腫瘍と診断されたがん、なる表現がそもそも冗長で、がんは悪性腫瘍ですが、がんが全て症状が出て生命予後に影響をもたらすのならば、がんの過剰診断そのものが成り立たなくなります。この記事では直前に、甲状腺がんの一部で確認、と書いてあるので、まずそこと矛盾します。がんによって研究が詳しくなされているかに違いはありますが、がんは全て、などと主張するのは、あまりに乱暴です。
過剰診断について比較的研究されているのは、前立腺がんや乳がんです。
↓乳がん検診についての資料

繰り返しますが、がんによって研究の詳しさが違う、研究が難しいので推計に幅がある、という所は押さえておくべきです。したがって、過剰診断が50%にもなる、のように殊更に害を煽るべきでもありません。

検診団体の大手が、このバリウム検査の見落としについて調査した結果、1センチ未満のがんは約7割、2センチ未満は約4割が見落とされていました。これに対して、内視鏡検査は胃の中を直接カメラで見るので、1センチの大きさを見落とす事は非常に少ない。

しかし、検診学者は長年にわたって『内視鏡には死亡率減少効果の論文がない』といって、胃がん検診として認めてきませんでした。その結果、バリウム検査を毎年受けても、見つかった時には進行がんだった、という悲劇が今も続いているのです」

精密検査に用いられる上部消化管内視鏡検査のほうが性能が高いのは当然の事です。しかるに、小さい段階で見つける性能が高ければ、症状が出てからでも間に合うものや、症状が出ないもの(これを見つければ過剰診断)を見つける可能性も高まるので、性能が良い検査を頻回でおこなえば良いものではありません。それが結果的に役に立ったかを評価する指標が死亡率減少であり、その証拠が無ければ検診が推奨されないのは、検診の有効性を検討する議論において基本です。

「バリウム検査は、胃壁の大まかな変化を影絵のように診断するので、粘膜だけの僅かな変化までは捉えることはできません。一方、内視鏡検査は、粘膜の僅かな変化はもちろん、色調の変化も捉えることが可能なので、超・早期のがんを発見することができるのです。また、内視鏡検査では、がんの疑いがある部分の粘膜を採取して、病理検査で確認することも可能ですから、『過剰診断』は気にする必要がありません」

  • 発生して早い段階で見つけられる

  • 病理検査で確認出来る

のをもって、過剰診断を気にする必要が無いと主張するのは誤っています。過剰診断とは、症状が発現しない疾病を見つける事です。そのようながんは小さいまま成長しなかったりするので、その段階で見つけやすくなります。そういうのを隈なく何度も見つけようとするのなら、過剰診断は起こりやすくなります。検診の実施に検診間隔(インターバル)が重要である所以です。
病理検査云々については、過剰診断を誤診と混同しているように思われます。過剰診断は、疾病に罹っているのを正しく診断する事によって起こるからです。

もう一つのリスクは、ヒューマンエラーによる「見逃し」が多いことだ。群馬県の検診団体では、2010年頃にバリウム検査で「異常なし」と判定された翌年に、進行がんが発見された患者が続出した。事態を重く見た検診団体の幹部(医師)が、過去のバリウム検査の画像を遡って調査したところ、「約3割の見逃し」が判明した。

また、北陸地方の検診団体では、2004年から2009年に見つかった進行がん44例のうち、20例が見逃し例と判明した。見逃し率にすると、「45.5%」である。

疾病を持つ人に検査を実施して陽性になる割合を感度と言います。それが高い必要があるのは当然ですが、高ければ高いほど良いとはなりません。前述のように、発見した時点で処置をおこなうとして、その時点が、処置が延命をもたらすのを左右する時点の前か後か、で効果が決まります。その効果があるかを評価する指標が死亡率減少であるのは、これまで繰り返している通りです。
その後で、進行がんでの見逃しの検討の話がありますが、進行がんは進行が速いが故に見つけにくいですし、仮に同じものを胃内視鏡で無症状時に見つけたとしても、それで延命出来たであろうとすぐには言えません。
ここで私は、検査の感度が低くて良い、と言っていない所に注意が必要です。感度の高低は、死亡率減少効果をもたらすか、過剰診断などの害をどのくらい生ぜしめるか、などの検討によって決まるものであり、95%だから高くて良い、70%だから低くて問題だ、などとは言えないという意味です。

どのような検査にも限界はあるが、がん検診を受ける目的は、早期発見で自分の命を守ることであり、検診学者が唱える死亡率減少効果は、結果論に過ぎない。

無症状時に発見する事で延命出来るかを評価した結果が死亡率減少として現れるから、それを検診の有効性指標として用います。胃の造影検査で発見出来たものの予後が悪かった事をもって、内視鏡検査をしていれば予後が良かった、と主張は出来ません。

また、バリウム検査には、「偶発症」というリスクも隠されている。最も多いのは、バリウムが気管に入ってしまう「バリウム誤嚥ごえん」で、毎年1000件前後が発生している。

これは、誤嚥によって肺の中にバリウムが入り込んでしまうもので、呼吸困難や感染性肺炎、アナフィラキシーショックなどが起きる。しかも除去することは難しい。肺の中でバリウムが固まって、長期間滞留するケースもあるという。

造影検査(X線検査)に偶発症(以下、併発症とする)が生ずるのはその通りですが、この書きかただと、内視鏡検査では生じないかのようです。当然そうはなりません。

https://www.jsgcs.or.jp/files/uploads/H28_guhatusho.pdf
【PDF】『平成28年度胃がん検診偶発症アンケート調査報告』

上記資料は、胃がん検診において生じた併発症に関する調査報告です。X線検査と内視鏡検査による併発症の内容が記載されています。内視鏡検査においては、消化管穿孔や死亡はありませんが、粘膜裂創や鼻出血、アナフィラキシーショックや、鎮静剤による呼吸抑制などの併発症が報告されています。
併発症は、術者の技術、検査の目的(検診か、有症状時の検索か)、等によってリスクの程度が変わるものです。だから、治療時の使用など他の報告では死亡例もあります。
検診の規模を拡大する事により、熟練の医師が検診をカバー出来なくなりリスクが増大する可能性もありますし、逆に、品質管理(精度管理)が行き届いて意識も技術も高まり、リスクが下がる可能性もあります。そういう意味で単純な議論は出来ませんが、少なくとも、併発症は生じており報告がある所は押さえておくべきです。検診を受けた経験のあるかたは、内視鏡検査でも、出血や穿孔のリスクを理解した事の同意書を書いた覚えがあるはずです。

2024年6月6日:↓ここから追記

http://www.jsgcs.or.jp/files/uploads/2019_guhatusho_0116.pdf
【PDF】2019年度胃がん検診偶発症アンケート調査報告

新し目の資料があるので追加しておきます。
本資料によれば、内視鏡検査において、穿孔症例や気腫が発生したとの報告が記載されています。なお、入院に至る割合は内視鏡検査のほうが高いですが、X線検査の場合は発生が遅れるので過小評価であろう事が指摘されているのを押さえておきます。

2024年6月6日:↑ここまで追記

胃の造影検査は、検査後の自分での管理が必要なのが厄介な所です。検査を受けた後、造影剤(バリウム)を排出するために、

  • 多量の水を飲む事

  • 数時間以内に排便する事

  • 数回の排便をする事

などを注意されます。排便出来なかったら受診するのも促されます。その観点からは、受けた人への指導という要因が品質管理、ここでは併発症のリスクを左右する重要なものであると言えるでしょう。

併発症の重いケースを挙げて、その検査の危険性を訴えるのは、良いやりかたではありません。そうして良いのなら、CTなどで用いられる血管造影剤は死亡例もあるので危険、のように単純に言えてしまいます。色々の医療行為に害のリスクはあります。重要なのは、それによる便益との比較です。血管造影剤による死亡リスクは、報告に幅がありますが、数十万人に1人くらいの頻度です。それが高いか低いかは、得られる便益との比較で考えるべきです。

同グループのひとつ、前出の群馬県の検診団体元幹部(医師)は、「バリウム検査を全面廃止して、内視鏡検査に切り替える計画を進めたが、強い抵抗にあって断念した」と語っていた。同グループでは、バリウムX線の撮影装置を積んだ高額な検診車を保有し、放射線技師などの専門スタッフを多数抱えている。さらに各検診団体は、莫大ながん検診の費用を支出する各県の幹部職員の天下り先となっているのだ。

胃がん検診に投入される税金は、全国で年間600億円とも言われ、「利権」となっている。人々の命よりも業界の事情や役人の天下りを優先して、バリウム検査が今も脈々と続いているのである。

もしほんとうに、利権や天下りによって不当に検診が維持されているのであれば、それは糾弾されてしかるべきです。しかるに、それを主張したいからといって、基本的な検診に関する知識について誤った情報を流布して良い道理はありません。利権などは社会的な要因の関わる議論であって、それ自体の証拠が必要なものです。

↓胃がん検診の推奨グレードです。

胃X線検査による検診は推奨グレードB、つまり、対策型検診に用いる証拠としての死亡率減少効果が認められ、害を上回っていると評価されています。内視鏡検査については、下記のように注意されています。

検診対象は50歳以上が望ましく、検診間隔は2~3年とすることが可能です。ただし、重篤な偶発症に迅速かつ適切に対応できる体制が整備できないうちは実施すべきではありません。さらに、精度管理体制の整備とともに、不利益について適切な説明が必要です。

がん検診の有効性評価について、もう少し詳しく説明したものを、以前に別所で書きました。興味があれば参照ください。


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