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お守り

「春が二階から落ちてきた。」

毎年、春になると読み返したくなる伊坂幸太郎さんの小説「重力ピエロ」のオープニングライン。
私はこの1行目を超える1行目に、まだ出逢ったことがない。

何を思ったのか、最近寝る前に一人で朗読をしている。この本を読もうと、昨日は久しぶりにこの小説を手に取って開いた。まだボロボロとまではいかないけれど、読み込まれている本は随分と柔らかくなっていて、今や私のお守りのような本である。
1行目を見た時には相変わらず心が揺さぶられるような感覚がした。読み出す前、深呼吸してから始めるほど大切に読みたくなる不思議な文章だ。

読み始めてからは、あぁ、こんな話だったかと記憶がゆっくりと呼び起こされる。そういえばこんな人物もいた、この展開は完全に忘れていた、と何度も読んだはずの物語なのに自分の記憶の曖昧さに驚かされる。

この小説は2000年頃に映画化されており、加瀬亮さんと岡田将生さんがW主演を務めている。
私は基本的に実写映画を観ることはしない。でも春を演じる役者が岡田将生さんだと知って納得が行き、実写化から数年経ってDVDを借りて1人で観たことを覚えている。春の少しとっつきにくくも柔らかい雰囲気や内に秘めた静かな怒りが表現されていて、非の打ち所がない配役だったと思う。

高校生という多感な時期に出逢った本だからか、それ以降心を揺さぶる文章や本には片手で数えられるほどしか巡り会えていない。大人になり色々な経験をして自分の感覚が鈍くなっているからかもしれないと考えると、なんだか少し寂しくなる。

ひどく落ち込むことが少なくなったのに比例して胸が高鳴るような感動を味わう感覚も減っていくのだとしたら、年齢が上がるにつれて制御できるようになった感情の振り幅を少し緩めてみるのもいいかもしれない。






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