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301号室

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ずっと心に住みついている思い出について、綴っています。
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午後8時、世界の一画を間借りする

午後8時のカフェは優しい。 訪れたのがどんな人であれ、誰も拒むことなく「どうぞ」と受け入れてくれる。 この時間のカフェは、たしかに現実に存在するのに、どこか現実離れした空間。 今日どこかに「居場所」を落っことしてきた自分が、ほんのひととき、世界の一画を間借りさせてもらっている感覚になる。 ひたすらパソコンの画面とにらめっこする会社員。 参考書の上に突っ伏して夢の中にいる学生。 そして、今日の反省会をするわたし。 それぞれの時間が、それぞれの速さで、それぞれのベクトルで流

遺言はずっと褪せない愛だということ

ご飯の量は「ふつうよりちょっと少なめ」がお決まりなわたしが、今日は大盛りを完食した。 「今夜が山場かもしれない」。 その言葉を耳にして、始発の新幹線で会いに行くと決めた翌朝、父方の祖父は亡くなってしまった。 日々の生活が忙しくてなかなか地元に帰れず(帰れなかったというより、孫に会うことよりもお酒を飲むことを好む祖父だったから、わざわざ会いに行くこともしなかったのかもしれない)、とにかく久しく祖父には会っていなかった。 最後に交わした言葉も思い出せなかった。 急ぐ理由が

感情の帰るところ

結婚前に父が母へ贈った「青の画家」の絵。 実家のリビングに飾ってあるその絵自体はレプリカだったのだけど、なぜかあの寂しくて儚げな青色が幼いわたしの心を掴んで離さなかった。 ◻︎ ◻︎ ◻︎ もう何年も前の話。 生誕110年の大回顧展があると知ってすぐ、手帳にゆっくりと丁寧に予定を書き入れた。 あんなに気持ちを込めて一文字一文字丁寧に書いたのは、就職活動用の履歴書くらいだったかもしれない。 まるで好きな人に気持ちを伝えに行くかのようにドキドキして 本物と向き合う勇気が出な

1月2日のシンデレラへ

「結婚することになったよ〜〜〜!!!」 もう1年半くらい前のこと。朝の通勤電車の中で、高校時代の友人から幸せ溢れるメッセージをもらった。 いつもはただただ不快な満員電車も、隣に居る初めましてのサラリーマンとハイタッチでもしたくなるほど喜びで溢れていたのを覚えている。 ◻︎ ◻︎ ◻︎ 前に会ったのは、やっぱり1月2日だったっけ。 正月休みはいつも地元に帰っていたから、元日を家族とゆっくり過ごして、翌日の1月2日に会うのはもう暗黙の了解みたい。 今年はふたりの新居に招い

それでもどうしようもなく愛おしい世界のこと

由比ヶ浜まで徒歩数分の宿を取った。 なんとなく、このタイミングで朝日を見に行くことに意味がありそうな予感はしていた。 太陽におはようを言われる前にベッドから抜け出して、やわらかな朝焼けと潮の香りがする風を感じながらしみじみ思った。 わたしは本当に「自然になりたいなぁ」って。 光とか風とか、自然がどうしようもなく愛おしくて幸せでいっぱいに満たされて。だけど、どうしてわたしは一体になれないんだろうって切なくて。泣いてしまう。 今まで「写真が趣味です」と言うときに何となく違和

雨の日は渋谷の夜を思って

雑多な街、東京。 その象徴はまさに渋谷だと思う。 様々なものが反発したり溶け合ったりしながら、何とかうまいこと収まっている場所。だからこそ、蓋を開けたときの情報量の多さにいつも圧倒されてしまう。 遠巻きにスクランブル交差点を眺めていると、人の群れがくっついて、また離れて。 ふと。何度も忘れようとしたのに、いつの間にか私の中からするりと居なくなっていた人のタバコの香りを覚えて心がざわついた。 歩行者信号が赤に変われば、待ちに待ったぞ!と言わんばかりにまた車が走り出す。 忙