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地獄じゃあるまいし

年末、今年最後のゴミの日。日が昇るのを待って、パジャマのままでクロックスをひっかける。片手に燃えるゴミ、もう片手に生ゴミの袋を持って団地内のゴミ置き場を目指した。これから一週間くらいゴミの日がない。念入りに部屋の中をうろつきまわって確認したけど、おもったよりゴミは少なく1袋の3分の2くらいしか埋まらなかった。鼻がむずむずしてたわけでもないのに無意味に鼻をかんでティッシュを袋に入れてそのまま封をした。今年が終わる。2019年が終わる。でもとくになにもない。なにも変わることがない。楽しいことも、特別悲しいことも、今年中に捨てるものもとくに思いつかない。一週間たてばまたゴミの日はくるし、楽しいことも、特別悲しいこともまたないまま。でもそれに対してなにか思うわけでもなく、そういうものだと思っている。いらないものができたら、来年でも再来年でも捨てればいい。漫画と小説で部屋は埋まっているからこんなこと言えないかもしれないけど、ものはあんまり持ちたくない。

ゴミ置き場の形だけの鍵をかしりとあげる。がらがらと重いドアを右側だけあけて、持っていたゴミ袋を投げ入れた。できるだけ、ゴミ袋があつまっているほうに。それで、どこかだけ特別高さを持たないように。なるべく自然な塊を目指していつもゴミを捨てる。今日もいつもみたいに左側にばかり溜まっていた。たぶん他の人も右側のドアをあけているんだろうなとどうでもいいことを考えた、けど、右側、私の足元に特別おおきな袋の塊がひとつだけ転がっていた。
くま。ねずみ。宇宙人。いつも私が買っている袋より容量が大きいゴミ袋。その中に、ふとったねこくらいあるぬいぐるみがたくさんつめこまれていた。ほとんどのぬいぐるみはひっくり返っていて、袋のくちのところに足がいっぱいひしめいている。血圧があがりそう。市の名前がかかれた透明なゴミ袋に、たくさんのぬいぐるみ。生き物。命のはいっていない、生き物。勿論しゃべれるわけもなく、血圧があがるので体を反転させてなんていうわけもなく。何も言わずにくちをあけて笑ったままの生き物。たぶん、年末だから断捨離とでも称して意を決してかわいいかわいいぬいぐるみを袋に詰めたのだろう。泣きながら。別れ話、出会ったときの話でもしながら。袋に詰めた人間の顔など知る由もなく、ぬいぐるみがしゃべれるわけもなく。
空いた両手を袖の中にひっこめながら部屋に戻って、ドアを開けてすぐにシンクの排水口のネットを替えることを忘れていたことを思い出した。

2019年がおわって、2020年がはじまった。年末にみたあのぬいぐるみたち、命ももたないしゃべれもしないぬいぐるみたち。そのことを思い出したのは、年が明けてはじめてのゴミの日だった。燃えるゴミの日。いつもよりおおく膨らんでいるゴミ袋。さすがに、いつも週2であるゴミの日が2回とんだらゴミ袋も肥える。それでもどうにか1袋の中に詰め込んで、年末ギリギリで替えた排水口のネットがはいった生ゴミの袋も持って。
やはり左側ばかりに積まれたゴミ袋の山は、いつもより高く、その上に置くとバランスが崩れると思い自分のゴミはギリギリ左側くらいのところに置いた。右側にはなにもない。あの、ぬいぐるみたちのゴミ袋も。そういえば年末に見た。その後の収集車のエンジン音も聞いた。きっとあのあと焼却所に連れて行かれたことだろう。燃やされても、命のにおいはしない。命などない。それを火葬と呼ぶかもわからない。
部屋に戻るときにふと見えた同じ団地の、一回左端の部屋。小学生の頃に理科の授業で植えた紫陽花の鉢植えがベランダにあった部屋。そこにはもう紫陽花も鉢植えもなかった。カーテンは外され、部屋の中身が全部みえる。人などいないけれど。同じ間取りの別の部屋はなんだかすこし寒そうに見えて早足で自分の部屋に戻る。

少しずつあたたかくなってくる部屋でマグカップに入ったホットミルクを飲みながら、おまえたちのことはゴミ袋には詰めないよ、と思った。命などない、しゃべることもない。積み上げられたいくつものぬいぐるみたち。一番暖房があたるところ。ひとりごとじゃなくて、会話のつもりだった。少し可笑しかった。

#小説 #短編