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ねこ

毎晩のようにベッドの中で号泣してたら、3日目くらいでねこが現れて話しかけてくれるようになる。僕は、というかこの家で猫なんて飼っていない。ティッシュを箱ごと抱えてぐすんぐすんしてる僕を見て、ねこは何をするわけでもないし、絶対にベッドの上に上がってくることはないけど、それでもベッドの下で大人しくしていてそこを動く気配はない。ねこの綺麗な目はなんでも話していいよ~!みたいな雰囲気で僕をじっと見つめてくるので、僕は悔しくなりながら、なんでも話す気分になってしまう。

「あ~死にて~~笑、この前同級生が生放送のテレビ、しかも地上波なんだけど、出てて、同じクラスだから観覧?に行ける権利があって。クラスLINEでそいつが言ってて。でもなんか俺は、めちゃくちゃダサいんだけど、あえての逆張りで行かないようにしよう、って決めちゃってて。別になんの予定もなかったんだけど、なんか行きたくなくて。で、でも、やっぱりちょっと気になるじゃん。気になるからさ、テレビつけて見てみたらスタジオにあのちゃんいて。俺、結構あのちゃんのファンだからさ、めっちゃショックで。あの時行こうと思ってLINEにリアクションしてたら、リアルであのちゃん拝めたのかな…とか、ね。いや、違うんだよ、ちょっと前まで大阪でツアーやってたんだよ、あのちゃん。そんなさ、すぐ帰ってきて東京の生放送出ると思わないじゃん。」

ねこは何も言わないけど、立ち去る気配もない。(ひどい)

でも、ちょっと嘘だった。逆張りとか言って曖昧にしてたけど、本当は同級生が頑張って何かをしてるのを目の当たりにして、(それに比べて俺なんて…)って思って落ち込まないように、自分の精神衛生上そうするのが良いと判断したからだった。僕は、今度は嘘をつかないようにしよう、と思う。嘘をつくのはダサいと思う。ねこは嘘をつかないし、可愛い。好きだなと思う。

「なんかさ、僕こまめに水飲めなくて。昼ごはん食べてから一滴も水飲んでないな、って夜気づくこととか、結構あるんだけど。久しぶりに水飲むと、あれ、僕こんなに喉乾いてたんだなってちょっとびっくりするっていうか。で、自分の感情にもおんなじことが起きてて。なんか、この人好きだな、って話してるときは全然気づかないんだけど、一人になって?よくよく考えてみるとめっちゃ好きだったんだな、みたいな。…ん~、やっぱ、忘れて。なんか、自分でもなに言いたいのか分かんなくなっちゃった」

ねこは何も言わない。

これも、さっきとは違う形での嘘だった。本当は、僕はねこのことが好きだったから、変な風に誤魔化さずに、ねこのことを好きです、ってちゃんと言うべきだったのだ。僕は当然だけど恥ずかしかったし、ここ最近毎日ねこと話してるからまた明日も話せるだろうと思ってそのまま寝てしまうけど、それ以来僕のもとにねこが現れることはなくなってしまう。僕は心配になる。ねこと話していた時間に、またベッドの中で号泣するようになる。泣いても泣いても泣き足りなくなる。調べてみたら猫は死ぬ前や体調が悪いときに姿を消す習性があると分かる。死んじゃ嫌だと思う。それでまた号泣する。一日中ずっとねこのことを考えている。

近所のドラッグストアでちゅ~る(まぐろ)を買ってきて、自分の部屋に置いておいて、今度来たときに食べさせようって思う。一向に来る気配がないけど、ある朝起きたら袋が開いてて、1パックだけなくなってて、律儀なやつだな~と感心する。

夢の中でねこは人間の姿をしていて、「私前まで人間だったんだ」って普通に話しかけてくる。え、じゃあ人間の姿に戻ってよ!って思うけど、ねこは「でも多分戻れない気がする」って悲しそうに言う。明日会いたいな、って言うとねこは、い~よ!会お!って言ってくれる。僕はそれが嘘だと知っている。ねこが笑ったところを、僕はまだ見たことがない


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