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【iga腎症】セカンドオピニオン 希望から絶望へ~想像から現実へ~ 2024.3.9(土)

最近毎日泣いている
色々ありすぎるし考えすぎるから

腎臓の数値が悪化している為、今まで本を読んで気にしていたけど行かなかった堀田修クリニックに行ってみることを決意

なんとかよくなる方法を聞き出せればと希望を胸に仙台へ、しかし現実は考えているよりも厳しかった

ここまでに至るまでの大まかな経緯を説明すると

①高校生の頃学校の検尿でひっかかり病院へ
腎生検をしてiga腎症と発覚
②20数年同じ病院に通っていたが昨年数値が悪化、地元の大きな病院に紹介状で行き腎臓が残り14%程しか機能していないことを知る
③仙台の堀田修クリニックへのセカンドオピニオンを決意
④腎臓が残り12%程、残り2年程で確実に透析になると告げられる、またはドナーから提供してもらう

病院には母が付いてきてくれた
1人で行くつもりでセカンドオピニオンで仙台に行くことだけは伝えておこうと思って話をした時に一緒に行くと言ってくれたから
私は心強かったけど、母を泣かせてしまった
先生から事実を告げられ泣くのを我慢しようと思ったけど案の定泣いてしまい、母も泣いていた

母はドナーになるつもりでいる
私は断った、リスクがあるに決まっているし父が反対するに決まっている
母はドナーになれるか検査すると言っている
検査自体は健康診断になるわけだから行くのはいいと思う

私にとって母から腎臓を1つもらうリスクを考えたら透析患者になることを希望する

父にとって母は大切な人でその母に何かあったら私にキツくあたるであろう、それが怖い

母からの愛情は凄く感じるけど父からはわからない、昔悲しいことを言われた事が今でもトラウマとなっているから怖いんだ

一緒に仙台へ行くと言った母はその時点できっと腎臓を提供するつもりだったのだろうと思う、いつでも優しいし私のことを考えてくれているから

私はそれをわかっていながらも先生からの言葉を1人で受け止められる自信がなくて、付いてきてもらってしまった

母が私に付いて仙台へ行くことを知った父からは大丈夫?と連絡が来たが母の心配だろう
一応結果は伝えないとだから父が休みの日に話に行くつもりだ、母も一緒にいてくれるので私は透析になることとドナーのことを話すつもりだ
ドナーを断って透析することを伝える

iga腎症になって初めて自分でセカンドオピニオンを決意したが遅かった

iga腎症は早期治療で治る病気なのだ
それを知るのが遅かったし、通院している先生からも手術の話はなかった、だけど1番は自分が病気に対して長い間無頓着でいた事だったから

だけど透析をしていただけるおかげで生きていける、悪くなる数値に悲観するよりも透析してランニングしている人もいるから前向きに考えるんだよって言ってもらえた

1つの病院(通院中の)に言われて信じられず2つ目の病院(紹介状の)に言われてもまだ希望を捨てきれず、3つ目の病院(堀田修クリニック)に言われ確信をもった

3人の先生に同じこと言われたらもうそれは真実
信じて前に進むしかないんだ

2年後に透析になるのは真実
地元のかかりつけ医に報告と父へ報告と娘へ報告しなければ…

そんなことを考え映画をみてまた現実逃避する休日、悲しいときにひとりでいるのはだめだってなにかのドラマで言ってたけど本当にそうかもしれない

楽しいときは1人でもいいけど、悲しい時は誰かと共有した方がいい精神的に絶対

だけど素直に甘えるのを遠慮する私は1人で泣く夜が増えた、精神的にちょっと危ないかもしれない

本当はカウンセリングや認知療法ってのも通いつめたいけどお金がかかるので、YouTubeや本に癒してもらっている

私の救いはYouTubeと本だ
大丈夫、大丈夫って自分に言って落ち着かせる

これからは透析患者の方達と話す機会があったら聞いてみたい、また希望が絶望になるかもしれないけど、知らないから怖いってのもあるし希望はあるって知りたい

昨日の今日だから(´・ω・`)

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