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掌編小説を毎日書く!5回目達成🥳『コトばをキク』
雫が垂れる、落ちて水面が広がった。とても静かだ。でも一際雨が五月蝿かった。
毎日通る、慣れた道だった。キクは彼女を探す。
横断歩道の真ん中。その時だった。激しい光がこちらにぶつかってこようと向かってきている。その時初めて自分の立場を自覚する。車がぶつかろうとしていることを。
キクは怖くて目を閉じた。
ーー終わりなのか?やっとこの世界を好きになれたのにーー
この日と同じような事故を過去にも一度、体験したことがあった。それを走馬灯のように思い出していた。
「キクはすごいよなー、成績は学年トップクラス、お前なら絶対あの名門校も受かるよ、あーいいなー」
「僕は将来のことを考えて努力しただけにすぎないよ」
キクは暗記カードをめくりながら言った。何せ、名門大学の入学試験が目前に来ていた。
その時、「……?」キクはカバンに目をやった。
「ごめん、先行ってくれ、ストラップ落とした」
カバンにつけていたストラップを、数歩前に落としてしまったようだ。キクは拾いに行ってしゃがんで手に取った。
「おい、キク!今すぐそこから離れろ!」
猛スピードで暴走した車がキクに迫る。膨大な音がなった。
キクは倒れて、意識がなくなった。
目が覚めた。「キク!大丈夫?ここは病院よ」キクの母は丁寧に説明した。とても悲しそうな表情で。
キクは側頭部という、耳の神経がある頭の部分を強く強打したそうだ。これによってキクの世界から音が消えた。
その日、キクの理想や将来は、無情に消え失せた。
「どうして、どうして僕なんだ。僕がどうしてこんな目に遭うんだ!」
キクは病室で正常でいられなくなり暴れ回った。母から文字でそれを知らされた時には何度も医師を疑った。受け入れられない様子だった。絶望というやつだろう。
同級生は交代で、遠くからキクのために見舞いに来ていた。必死にここまで積み上げてきたものが無になったのだ。かわいそうに思ったのだろう。
「キク、少しでも元気を出してもらうために来てくれたのよ?」
ホワイトボードでそれを母から伝えられる。
「だからなんだ!必要ないって言ってるだろ!僕の気持ちなんてわからないだろ?!」
そんなことをキクはいつもいうものだからすぐに見舞いに来る同級生はいなくなった。が、一人を除いて。呆れた表情をした彼女は言った。
「わかるよ」
すると、そう言った彼女は、平然とロングソックスをまくって見せた。素肌には大きな傷があった。
「実は私、陸上選手になりたかったんだー。意外でしょ?」
キクは言葉が出なかった。
「でも終わりじゃないよ、私は諦めてない。いつか必ず地面を走ってやるわ!何とかしてね」
「……何だよそれ」
「これから探すんだよ、諦めちゃダメ。ね、一緒に頑張ろ?」
キクはパッとしない表情を浮かべる。でもどこか希望の光がほのかに灯っていた。
「どうしてそこまでしてくれるんだ」
「え?それは、君が寂しそうな目をしていたからだよ」
彼女は明るく微笑んだ。
キクはそんな彼女に少しずつ心を開いていた。退院すると、一週間後に学校へ行った。授業では彼女が先生の言葉をまとめてキクのノートに記してくれた。
スマホが小刻みに揺れているのにキクは気づく。母からメッセージが送られてきていた。
「キク、さっき電話がかかってきたんだけど、あの、よくお見舞いに来てくれてたあの子、そうコトちゃん、昨日から家に帰って来ないって……」
キクは全て読み終える前にコートに袖を通し、学校を飛び出していた。顔を青くして。
12月の5時頃はすでに真っ暗で、雨も降っていた。キクは見えるものを頼りに、ただひたすらに冷たい世界を駆けた。横断歩道を渡り真ん中にきたその時だった。
雨が迫る。車が迫ってきていた。そして、激しい振動が体に伝わる。
「こんなところで、嫌だ。ぜったいに諦めたくない」
キクはゆっくりと目を開けた。
「大丈夫だった?私は今、家出中でして……。でも君がきてくれて安心した」
コトだ。
コトは、ほっとした表情を浮かべた。聞こえなくてもわかる。彼女の表情や口元でわかる。
「……!」キクは強張った頬を緩め、笑った。「この世界に君がいてくれて本当に良かった」
冷たい耳は、次第に温もりに包まれる。
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