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『沈む星、昏い未来(Sinking Star, Darkened Tomorrow)』続ける!毎日掌編小説第20回

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 カビと生ゴミが混じった匂いが、喉の方で痞えているように臭った。これは私が小学校に入学して半月してからの話だ。

 凍りつくほど冷たい何かが足先から腰まで、腰から手の先まで登ってきた。

 祖母に買ってもらった赤いランドセルはその時すでに鮮やかさを失っていた。

 視線をほんの少し下に落とすと、赤と白のボーダー柄の子供用テーブルに置かれた、三百円が目に入った。ジリジリになっている髪が垂れ落ちてきて視界の九割が黒く染まった。

「ハズキ、あなただけは私の味方よね?」

 寂しい声がダイニングテーブルから聞こえた。私の心はその声を聞くと心臓が飛び跳ねるように冷たくなった。

「うん……大丈夫だよ、ママ!」

 震えた声で言った。でも、元気付けるように言った。少しでも何かできないかと考えるばかりだった。

「やっぱり、私の子だわ。今日の晩御飯はハンバーグにしましょうね」
 ママは笑ったので、私も嬉しくて笑った。

 しばらくすると、ママは夕飯までには帰ると言い残して仕事に出かけた。

 私はずっと一人で暗い家の中をゴロゴロとしていた。

 ママが帰ってきたのは9時ごろだった。私は空腹で動けなくなっていた。扉の開く音がすると、私は喜んでママを迎えにいった。

 リビングを出、廊下の角を曲がって玄関を見た。そこには乱れた髪が顔を全て覆い尽くし、フラフラと家に上がってくるママの姿があった。まるでお化けだと思ったけど、私は肩をかしに行った。

「触んな!」

 私をとんでもなく強い力で吹っ飛ばした。私は壁にぶつかり、今度こそ動けなくなった。

「あなたも、あなたもそうなの?みんな私をコケにして」ママの顔はゾンビみたいに豹変していた。「どうして私をこんなに苦しめるの?ねえ?そう、全部あんたのせいよ!金がないのも、夫に逃げられたのも、全部!」

 ママは私を睨みつけて大きな手を振り上げた。しかし、寸でのところでピタと止まった。

「ああ、ごめんなさい」いきなり滑らかな優しい声へ変わった。気持ち悪いほど簡単に。「ごめんなさい、こんなことするつもりじゃなかったの」

 私の心は恐怖でいっぱいになっていた。それでもママの味方でいたかった。

「大丈夫だよ、ママ。私は怒ってないよ」

 そう言って私はママを慰めると、しばらくしてママは動き出した。
「ごめんんさい、今すぐご飯作るね」

 そして、私専用のテーブルにハンバーグが乗った皿が置かれた。

 口に入れる。中はとても冷たい。それでも私は言った。

「おいしい」

 頬を持ち上げて、にっこりと笑って見せた。

「はあ?なんなのそれは?ご飯なしね」

 ママは皿を取り上げてゴミ箱に捨てた。

「何がダメだったの?ごめん、直すから許して!」

 私はこんな母親にはならない。

 あの後、私は一週間水も食事抜きにされて地獄の日々を過ごしていた。死のふちを歩いた。

 私はこんな母親にはならない。

「こんなこともできないの?!」口からマシンガンのように放たれる。「隣の子はできるのに、どうしてうちの子は!」

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