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[連載短編小説]『ドァーター』第一章

_________本編_________

第一章 僕の面倒なところ、勤勉なところ

 僕には娘が二人いる。しかしそれをついさっき伝えられた。今まで伝えられなかったのは、僕が罪人だからだろう。僕はたくさんの人を殺した。守れなかったんだ。

 そんな僕に、今更娘の存在を明かして来たということは、何か困ったことが起きたのだろう。正直面倒ごとはごめんだ。できることならこのまま牢獄の中で一生を終えたい。誰とも会いたくない。何もかも面倒くさかった。

「久しぶりね、暴れん坊さん」突然、フードを被った女がやってきた。彼女は僕の遠い親戚だと言った。名前は一葉と言った。顔は見えなかった。親戚がいたなんて知らなかったし、会った覚えもなかった。「あなたに頼みたいことがあって来たの」

 鉄格子のすぐそばまでやってきて一葉はしゃがみ込んだ。

 そして一葉は僕に娘のこと、面倒ごとを話し始めた。一葉が話した面倒ごとはこうだ。

 ここから出すから手伝って欲しいということ。それと、死刑が決まったこと。そして、死刑を免れるために、その二人の娘を死んでも守り抜いて欲しいこと。

 死刑か。僕はついに来たかと思った。大してつらくはない。それより、驚いたのは、この僕に娘を守れと言い出したことだった。僕は一葉の気を疑った。

「何を考えている?僕は人殺しだぞ?」僕は思ったまま言った。「人の子を守れるわけがないだろう。いや、どうでもいい。帰ってくれ。面会時間はとうにすぎてるはずだ。帰らないなら叫ぶけど」

「無駄よ」一葉は苦笑いして言った。

「あなたは人殺しなんかではないわ。少なくとも私はそう思ってる」一葉は話を無理やり戻した。「国はあなたの刑罰をこう言っていたわ。『ただの死刑では物足りない。それだけでは、死んでいった民たちが報われることがない』ってね」

「……どんな刑罰だ」

 僕は睨み気味で言った。一葉は小刻みに笑って言った。完全に口車に乗せられている気がする。

「――娘たちを死刑に処すだってさ」

 僕は勢いよく鉄格子に頭をぶつけた。鋭く女を睨め付けた。

「娘を殺すだと!」

 一葉は飛び上がった。

 僕の死刑ではなく、娘の死刑だったとは。驚愕した。どうして娘まで巻き込まれるんだ。いや、俺のせいか。俺が力不足だったから。

「おー、そんなに怒るんだ。どうして?今知ったばかりだよね?あれ、違った?」一葉はおかしく言った。「もしかして、奥さんの娘だから?」

「……」頭を強く打って、血の線が伸びる。僕は目を逸らした。

「素晴らしい愛情だね!奥さんをとても愛していたんだね」

 一葉の口元が見え隠れしていた。

「今も愛している」僕は不服で、そう言った。「国の奴ら、好き勝手しやがって」怒りを隠せずにいた。

「どうする?娘を守る?ほら、もう娘さんたち国の連中に狙われているんだよ?早く決断しなきゃ」また近づいてきた。

 最初は面倒だった。どうせ僕は誰ひとりとして守れない。意味のないことをするのは心底面倒だ。でも、それはきっと妻の宝だ。失うわけにはいかない。

「わかった」僕は了承した。しかし、気になることがあった。「なぜ君は僕に手を貸す」しかし、それを答える前に一葉は不敵に笑って牢獄を出ていってしまった。結局、言いくるめられてしまった。僕は自分を少しだけ情けなく思った。

 僕は娘たちを守り抜けるだろうか。妻を失った時のように、結局は口だけで、死なせてしまうのではないだろうか。怖い。こんな恐怖を感じるぐらいなら、いずれ失ってしまうものを手に入れたくはなかった。「守り抜く」それが、妻との最後の約束だった。

 
 どうしようもない罪が僕にはあった。それは、妻を殺してしまった時の地獄のような光景。妻と結婚した翌日の朝だった。

 街のみんなは混乱していた。その頃、新型のウイルスが蔓延してて、治すのが難しい病だったから、みんなは自分の家族を守ることで頭がいっぱいになっていた。僕たち夫婦もその一つだった。妻の症状は次第に悪化してき、何もできない自分があまりに無力で、式場で誓ったものが心の中で大きく揺らいだ。

 もし、このまま妻が死んでしまったら、僕はどう生きたらいいのだろうか。君と約束したばかりなのに、神に誓ったばかりなのに。僕は大嘘つきだ。

 しかし、僕はある噂を耳にする。妻を救えるかもしれないのだ。病を治すことができる薬が、薬屋で売られるようになったというのだ。耳にしたときは歓喜に満ちた。何より、妻のために何かできることが嬉しくてたまらなかった。薬屋にさえ行けば、手に入る。

 はずだった。薬屋に行った僕は病を治す薬を探すが、見つからなかった。すでに完売してしまっていたのだ。当然だ。今は街の半数以上の人が病に苦しめられている。

 僕は、再び奈落に突き落とされたようだった。そんなとき、あるものを見た。薬屋の自動ドアをでた僕は、俯いた顔をあげる。

 男が周りの目を気にしながら紙袋を持ってヒソヒソと歩いていたのだ。僕はすぐに気がついた。その紙袋に入っているものを。

 すると、また男が反対側から歩いてきた。目は赤く血走っていて、顔は真っ青だった。その男も、紙袋に気がついたようだった。そのときだった。男は目の色を変えて紙袋を持った男に襲いかかったのだ。その光景はあまりに人道を反していた。紙袋を奪うために、相手のシャツを引きちぎり、骨を噛み砕いた。まるで獣の争いのようだった。全ては家族のためだった。しかし、僕はその喧嘩に入ることはできなかった。

 次第に、膨れ上がっていく人間の塊。紙袋はすでに原型をとどめておらず、薬剤が飛び出していた。

 僕の足は震えていた。妻を愛していた。それなのに僕は相手から奪うことができなかった。

 町中至る所で人間の塊が丸まっていた。街は地獄のようだった。

 家に到着した頃はもう日が暮れていて、ただ見ていただけなのに体は死んでいるようだった。僕から生気が感じられなかった。

 妻が眠っている部屋に入って、丸い椅子に座った。とても静かだった。さっきとは大違いだ。静かすぎて耳鳴りがする。

 僕は何度も謝り続けた。妻の手が冷たくなるまで握っていることしか僕にはできなかった。

 愛していたのに、僕は動こうとしなかった。

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 続く……。

 

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