百合か?と疑われた幼馴染との話

バカで、底抜けに明るい、坊主頭に目がない女の子だった。

初めに言っておくが私は彼女のことが嫌いなわけじゃなかった。寧ろ付き合いは長い方だから多分好きの部類だと思う。嫌いな人とつるむ程、私はお人好しでもなかった。
同い年で、町内会も一緒の近所の女の子。集団下校や町内会のイベントで会うのは必須だったし、自然と関わるようになるのも当然の事だった。
しつこいからつるまざるを得なかったと言えばそうかもしれないけど。
彼女が聞いたら拗ねそうだけど、悪い奴ではないから嫌いではなかったから許して欲しい。
騒がしくて人騒がせな彼女がうっとおしかったり面倒な時はあったけど、それだって一時的なものだった。
人の事を振り回す、ワガママ三昧の甘えた。更によく泣くから毎回慰めるのは私の役目だった。そんなの頻繁にされてたら面倒に思っても仕方がないだろ。
それでも隣に置いていたのはなんでかと聞かれたけど、別に隣に置いてた訳では無い。勝手に隣に来てたのだ。
別に、私は彼女を呼んだ事はない。かといって近くに来た彼女を避けたり退けたりする事もしなかった。それで泣かれて困るのは結局私だ。
うるさいし、わがままだし人の事振り回すしで散々ではあったけど、まぁあの時間も悪くはなかったんだと思う。
そんな、幼馴染のような彼女を最近の甲子園でふと思い出したから細々と書いてみようかと思う。
ヤマもオチもなにもない、ただの友だちの話だ。面白さなんてひとつもないから、期待して読まない方がいい話。

性格は天真爛漫、と言えば聞こえがいいがどちらかというと底抜けにバカ。天然。あほ。日本語も怪しい奴だった。
悪口ではない。全部良い意味で、と注釈がつく。
間違えた諺や慣用句を使ったり、よく分からない言葉選びをしては周りの人を困惑させて、それを私が隣で通訳することも多かった。抜けてる所が多くて失敗する事が多くても「仕方ないな」で許されるタイプの奴だった。
見た目も相まって全部が可愛い、女の子って感じの奴だった。
どちらかと言うと彼女はギャルで、キャピキャピしてるタイプのやつ。化粧すんなって言われても化粧はするし、クラスの中のパリピメンツとつるんでる方が多かった。
逆に私は雑で男勝りなタイプだったし、どちらかというとオタク寄りの大人しい子とつるむことが多いタイプだった。ただ私のいた学校はギャルもヤンキーもオタクも仲良くするいじめがない小学中学だったから、その辺の垣根はないと言ってもいいかもしれないが。
余り仲良くならなさそうに思えたけれど、私が素っ気ない事を言っても構わず着いてきて懐いてくるから自然と諦めた。そもそも小学の時からずっと着いて歩いてたのだ。今更だった。
彼女は勉強が得意な方ではなくて、先生に叱られる事も多かったけど叱られに行ってその先生と仲良くなって帰ってくるタイプ。
よくやるねって言うと笑顔でピースをしてたから、多少は狙ってた小悪魔的な所もあったのかもしれない。でも私にはただのバカで天然の女の子だった。
性格はドがつく程のお人好し。自分のことでもすぐ泣くし、人の事でも直ぐに泣く。悲しくても嬉しくてもどっちにしろ泣く。
テレビのCMでも泣いてた時は嘘だろと思ったし嘘だろと言った。なんで泣かないの、って逆に怒られた。泣かねぇだろ。
泣きだしたら止めるのが大変だった。ひたすら頭を撫で回して「わかったわかった」と言葉にならない話を延々聞き続ける時間が長かった。今思うと本当によくやってた。
とにかく人を振り回す事が多い奴だった。私の事を妙な渾名で呼んで、あちこち連れ回してくる奴だった。一人で行きたがらなくて、どこに行くにも一緒に行こうと騒いでいた。
私が嫌だと断っても腕を掴んで動かないぞってあからさまにしゃがみ込む。歩けなくなった私が呆れて、わかったと頷くまでお願いを繰り返す奴だった。
怒ったように、仕方なしに了承する私に気付きもしないで「ありがとう!」と馬鹿みたいに笑う奴だった。
今回だけだから、と念を押す私に分かったとその場は言うけど今回だけが何万回も繰り返されてた。一生のお願いが一生分ある奴だった。
それでも小学〜高校卒業以降も付き合いがあったのは憎めない奴だったからだ。悪意も何もない、ただ純粋に懐いてのそれだったから振り払う必要も感じなかった。
バカで抜けた事ばっかり言っては、直ぐに誰かしらに騙されてそうで実際に騙されててハラハラして目が離せないやつだったからってのもある。
首根っこ掴んでないとあちこちふらふらするタイプだった。私も割とあちこちふらふらするタイプだけど、自分よりひどいのがいるとしっかりしないとって気にもなる。私がまだしっかりしてるのはもしかしたら彼女のおかげかもしれない。言うてしっかりしてないかもしれないけど。
二人で遊びに行って、少し一人にすると直ぐに誰かに話しかけられていた。道を聞かれてるかと思いきや、そのままついて行きそうなのを何度も止めてた。勝手なことすんな、と怒ったところであのバカは案内するだけだから大丈夫だったのにと拗ねるのが毎回だった。お前自分が方向音痴だって事忘れてんのか。
私も未だに方向音痴だし、結構すぐ迷子になるけどこれでもマシになったのはコイツのおかげだと思う。二人で出かけることが多くて、堂々と間違えた道を進む彼女のせいで多少地図を見る能力が鍛えられてた。
子供が好きで、将来の夢は高校生になっても「お嫁さん」「子供は野球チーム作れるくらい!」なんていう純粋培養のような奴だった。通りすがりの子供に手を振ったり、赤ん坊を見かけたら母親にすぐに声をかけに行くようなやつだった。
男女両方上も下もいる真ん中っ子だからだろうか。甘やかすのも甘えるのも得意な奴だった。
他の兄弟とも付き合いはあったが、あそこまで天然でバカなのはコイツだけだったのは未だに不思議だけど。寧ろ上と下がしっかりしてるから彼女はあんなに底抜けに明るい奴だったのかもしれない。上も下も割とクールでかっこいいタイプの人たちだったから、彼女だけが真逆だった。
彼女はなるほど確かに、太陽のような嵐のような奴だった。ずっとニコニコしてて、うるさくチョロチョロ周りを歩いてて。中学辺りまで家が近いからとしょっちゅう一緒に帰ろうと絡みに来てた。
男女問わず誰とでも距離感なく絡みに行くタイプだった。
そんな奴だから、当たり前に恋多き女だった。
付き合う人は大体野球部の坊主頭。坊主頭の恋人を可愛い可愛いと惚気けるのが毎回だった。私にとっては可愛くもなんともない、デカくて筋肉質な坊主頭の男を可愛い言い続ける彼女に、恋の力はすごいとよく思ったものだった。友人たちに「かっこいいはないわ」と言われて頬を膨らませて怒る流れが常だった。
付き合う度にその話を聞いて、別れる度に慰めるのがいつもだった。
別れる度にもう恋なんてしない、出来ない、という癖に数ヵ月後には新しい恋人ができてる彼女に槇原敬之かよと思った事は何度もある。幸せそうだったから言わなかったけど。
小中と一緒だったが、高校で初めて別の学校になった。そこは甲子園の強豪校で、なんでそこにしたのか聞いたら「野球部のマネージャーがしたいから」と明るく笑っていた。それで決めていいのか、と思ったけど楽しそうだったから放っておいた。
学校が変われば関わりは薄れるかと思ったけど、家が近いとそうでもなかった。寧ろ久しぶりに会った時のテンションが前よりパワフルになっていた。会う度に駆け寄ってきて容赦なく抱きついてくるようになった。
私も慣れた人間にはよく喋る方だけど、それを上回るマシンガントークをかまされてた。地元のお祭りにはしゃぎにはしゃいで私はよく引っ張り回されてた。
行かないって行っても家の前で出てくるまでずっと待ち続けてたらしい。気付いてないうちに待ってたらしくて外に出た母親に待ってるから行ってきなさいと怒られるくらいだった。
仕方なしに付き合えば、昔と変わらず好き勝手に振り回された。頻度が少なくなっていたからか、不思議と嫌な感じはしなかったのでまぁいいかと好きにさせていたけど。
高校でも彼女は恋人が余り途切れる事がなかったようだった。
そして恋人はやっぱり坊主頭ばかりだった。頭の丸い形が好きらしい。付き合い始めると大体頭の形がいいと褒めてるのか褒めてないのか、惚気けてるように見えて惚気けてるように見えない事ばかりを言っていた。
男女共に誰とでも仲良くするタイプの人で、まぁ男子と仲が良すぎる事もあって、女子からやっかみを受けて虐められるようなこともあったらしい。
ただ珍しい事に、彼女はそれを私に言ってくることはなかった。なのになぜ私が知ってるか、と言えば彼女の家族に聞いたのだ。
たた彼女が言いたがらないのなら、私から触れることでもない。だから、私もそれに触れることはなかった。いつも通り、今まで通りにワガママに付き合って素っ気ないような態度でいても何も言うことは無かった。相変わらず馬鹿みたいにずっと笑ってた。暫くして、虐められることはなくなったようだった。ちゃんと本人からは聞いてないから、多分、ではあるけど。
愚痴でも何でも言う彼女が私に何も言わなかったのだから、彼女にとっては大したことでもなかったのかもしれない。相変わらずよく泣くやつだったけど、いじめられたからと泣いてるのは見た事がなかった。影で泣いていたのだとしたら、それはそれで寂しくも思うけれど。いつも人の前でことある事に泣いてるんだから、泣けばいいのにとは思うけど無理に聞き出すこともしなかった。いつも通りの軽口を叩いて、彼女をからかうようにしてワガママばかりの彼女に文句を言いながら隣を歩くことを選んでいた。
その選択を未だに間違えたとは思ってはいない。
高校を卒業したら流石に疎遠になるだろうと思ったけど、共通の友人の結婚式に呼ばれたりなんだりと彼女からの連絡で相変わらず関係は続いた。
式でのワガママも激しかった。一緒に行こう、二次会も一緒ね、と式の間はずっと彼女に連れ回されていたし、友人のドレス姿に泣いて、友人の馴れ初め話に泣いて、友人の旦那が割とクズ旦那で友人を泣かせたら許さないんだからとまた泣いて。干からびるんじゃないかと思うくらい、友人はずっと泣いていた。それをずっと宥めていたのは私だった。
新郎の友人に気に入られて絡まれてるのを助けに行って私も巻き込まれてゲンナリしたり、かと思ったら新郎の友人に説教し始めたりと彼女の独断場のようなものだった。新婦の友人はそんな彼女を笑ってみていた。あんたは私の母親なの、と笑った新婦に気付けば私も笑っていた。不思議と、不愉快さはひとつもなかった。
本当に不思議と、振り回されても嫌な気分にはならないやつだった。思い出しても彼女に対する嫌悪感はない。あの時しつこく連絡先を尋ねてきた新郎の友人には未だに嫌悪感はあるが、彼女には一切そう言う感情はなかった。

それから私は地元を離れて一人暮らしを始めた。地元を離れれば、流石に疎遠になっていった。
彼女は昔からの宣言通り、地元で公務員の坊主頭の人と結婚した。夢をまさに叶えた、有言実行の女だった。
式は大っぴらに行われなかった。旦那が出張がちでそれどころではない中、子供が生まれたからだった。相変わらず実家の近くに、彼女は住んでいる。
時々実家に帰るけれど、ちゃんと彼女の子供にあったことも無い。SNSでその成長を見ることもあるが、元々彼女はSNSに疎いからそれも途切れていた。
子育てに頑張る彼女からの連絡は途絶えた。元々私から連絡をすることは少ない。疎遠になるのは当たり前のことだった。
私が地元に帰る時間は短くて、地元をうろつく事もないから会うことがないのだ。かといって、わざわざ連絡をして会おうとも思わない。時々母親から彼女の近況を聞くくらいだ。こないだは庭でプール遊びをしていたらしい。
彼女の子供たちと簡単に挨拶はしたかもしれないが、その記憶だって曖昧だ。もしかしたら挨拶さえしていないかもしれない。それくらい、もう彼女とは疎遠になっていた。
あれだけ関わり続けていた彼女と疎遠になるのも一瞬なのだな、と思う。環境が変われば、当たり前に日常は変わっていくのだ。
あの頃を思うと、確かに疲れはしたが嫌ではなかったし、今思えば楽しい日々だったのだと思う。悪くなかった、と言いきれる日々だった。今ではもう、考えられない遠い日々ではあるけれど。

それでも、確信している事がある。
いつか地元に帰ってたまたま会ったりしたら、彼女は昔と同じようにあの妙なあだ名で私を呼んで、飛び付くように抱きついてくるのだろう。そしてまた久しぶりだなんだとマシンガントークをかまして、私を振り回すのだ。
それを私は懐かしく思うし、更には悪くないと思って昔のように話に付き合うのだろう。
むしろ今では、そうであって欲しい、とも思うのだ。

この話を別の友人にしたら、「百合か?」と聞かれたが本当に百合でも何でもない、これはただの思い出話だ。

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