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20さい恋愛奮闘記5

#5 価値観の価値観

 

それからしばらく傷心していた私は、恋愛休戦期間にはいっていた。それなりにデートしたり、からだの関係を持つことはあっても進展は特になく。のらりくらりとしていた、肌寒さを感じる秋口の頃。時同じくして、同棲していた彼女に振られた職場の同僚Fさんと、ひょんなことから飲みに行くことになった。Fさんとは適切な距離感を保ち、いち同僚としてそれなりに仲良くしていた。彼女を溺愛していて、結婚まで考えているなんて話も耳にしていたため、傷心中同士、ある意味盛り上がるだろうと思い、楽しみにしていた。

 どんな話をしたのか、もう覚えていない。多分最初は仕事や職場の人の話なんかをして、お互いの元恋人の話から恋愛の話になって、いよいよ酔いが回ってきた頃にはガッツリ性の話をしていた気がする。1軒目は焼き鳥がおいしい趣のある居酒屋で、2軒目は雰囲気の良いバーで、3軒目はカラオケ。Fさんの癖のある選曲に爆笑しながらも、じわじわと距離感が掴めなくなっていくのを感じた。気がつけばキスをしていて、アルコールが回りきった頭では、後先とか職場がどうとか考える余裕はなかった。適当に入ったホテルは案外きれいだったが、少しの冷静さを取り戻した私の脳内はパニック状態だった。でもそれ以上に、これまで男性として意識していなかったFさんと、これから起きることへの期待。それと共に、羞恥心と罪悪感が混ざり合って、これまで感じたことのない興奮で胸が一杯だった。

予想通りというか、その後もFさんの会社での態度は何一つ変わらなかった。が、会社の人には隠れて仕事終わりに食事にいったり、お互いの家を行き来したり、確実に関係が変わった。これといって告白なんてものはなかったけれど、二人でいるときの態度と行動を見れば、言葉なんて必要なかった。職場では仕事ができて、さっぱりとしているけれど人当たりの良い紳士的な人なのに、私と二人の時はまるで別人。甘ったるい口調で私のことをあだ名で呼ぶし、不安になる隙を与えないほど連絡がマメで、ちょっとうざったいくらい愛されている自覚があった。とはいえ私もそんなFさんに夢中で、端から見ればだいぶ痛いカップルだったと思う。けれど、これまでにない安心感と多幸感を噛み締めていた。

 Fさんとの、名前のない関係が始まって数ヵ月。順調に思えた関係は、突然雲行きが怪しくなった。きっかけはなんてことない会話だった。

「結婚したら、子供は3人ほしいな。俺の地元にすんで、一軒家を建てたい。」

私にとってその発言は、違和感しかなかった。でもそれは『いつか』の話だし、そう重く考える必要はない。

「そうなんだね。私は子供がほしいとか思ったことないな。」

そのときはそれで終わったし、なんてことない会話だった。でも、以降も時々登場するその話題に、その違和感はどんどん大きくなっていった。私の中だけでなく、Fさんの中でもそれは一緒だったと思う。少しして、はじめて言い合いになった。完全に将来像の不一致で、Fさんから別れを切り出された。諦めの悪い私は、二人が納得のいく『いつか』を描きたくて、幸せな現状を維持したくて、すがりついた。でも、Fさんから返ってくる答えが変わることはなかった。

「その価値観は変える必要のないものだと思う。自分の人生に妥協したくないんだ、ひとつでも諦めたくないんだ。」

結局Fさんの描く『いつか』の登場人物に、私がなれることはなかった。

 

 別れの原因によく使われる『価値観の不一致』という言葉が、どうも苦手だ。価値観なんて人それぞれ違うのが当たり前。育ってきた環境や現在に至るまでの経験なんかが絡み合って形成される、いわばその人の持つ常識、偏見のようなものなのだから。家族でも恋人でも、話し合いを繰り返しすりあわせることで、お互いが納得のいく答えを出していける。私が理想とする、価値観に対する価値観なのかなと思う。当たり前かもしれないが、意見が食い違ってもお互いを尊重できる人と一緒にいたいし、自分もそうでありたいと思うきっかけになったエピソード。

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