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元来私は、下を向いて歩く人間だ。 石畳の境目を避けて歩き、横断歩道の白いところだけを踏む。 すれ違う人も、俯いた視界に相手の靴が映り込むまで気づかない。 20時の暗闇を、足下を確かめながらぽてぽてと歩く。 汚れた靴の先に、昼間の出来事を思い出す。 等間隔に並ぶ街灯の間を、泳ぐように渡って家路を行きながら、 ふと、今日は満月だったかと、上を向く。 見上げた先には明かりの灯るマンションの窓が溢れている。 それぞれの生活が真冬の夜に漏れ出して、しばし夜空を漂って消える。
冬の夜に落ちた。 躓いた足先に、記憶がずっしりと纏わりつく。 息をはく音が冷え切った耳に酷く響いて、 青鈍色に染まっていた視界は白く霞んだ。 見上げた先で漂う寒月に、鼻先がつんと痛む。 くっきりと地面に映し出されたはずの影は、 暗闇と混じりあって溶け込んで、 境目が無くなっていく。 ああ、この夜に落ちたのはいつのことだったか。 昨日なのか、 ほんの数日前なのか、 それとも遠い昔のことなのか。 暁は未だ来ず、それぞれの真夜中を泳く人の息遣いを微かに感じるている。 いず
どこか宙を漂っているかのように、ふわふわと浮く。 それでいて、頭には鈍く響き渡る鈴がつく。 軽いはずの身体が、ずんと引っ張られている。 重い夜を海月のように漂って、 重力など気づかないふりをして、 どこまでもどこまでも、落ちて行く。