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浪人生が成人式・同窓会に行ったら号泣してしまった話。

二十歳になんかなる前に死んでやる、って思っていたら大人になっちまった。明日は成人の日ですね。


全国一斉に成人の日に成人式をするものと思っていたのですが、意外とあれって地域差あるんですね。僕の地元では二ヶ月ほど前に成人式をしていたし、夏に行う市町村もあるそうです。夏に振袖着るの暑いだろうに。

とはいえ、基本的には今日明日に行われる地域が多いのかと思います。子どもから大人になるらしい式です。




そういえばこのまえ、高三の時の受験票の写真が出てきました。

真面目そうな好青年ですね。美大なんかに志望する奴とは思えないです。後にも先にもこれより映りの良い写真が見当たらない。




で、そこから約二年後、二十歳頃の写真です。二浪してた頃ですね。

ストレスで髪が真っ白になっていますね。浪人は人を変えるという分かりやすい例です。


見た目は確かに少しは変わったかもしれない。でも中身は大して変わっていません。特に僕の場合は浪人してるので、成長も止まっていますしね。じゃあ二十歳になったからって、大人になったって言えるのか。

成人式ってなんだ。大人になるってなんだ。



ええと、僕の成人式と同窓会について、思い出しつつちょっと書いてみようかと思います。

成人式なんてちょっと行って終わりだろ、くらいに思っていました。それが思いがけず大変な、壮絶な日になってしまった。



2020年 1月

一時間に一本しか電車が来ない、島根県松江駅のホームです。


久しぶりに地元に帰りました。自然が豊かで、逆に言えばそれくらいしか良いところのない地元です。


当時はまだ浪人していて、何なら共通テストを十日後くらいに控えており、それはもう極限の精神状態でした。帰省なんてせず勉強したほうが絶対いいですね。

というかそもそも、そんな時期に成人の日があるのがおかしい。二浪の存在を見て見ぬふりするな社会。


ちなみにその年のセンター試験は七割強というなんとも言えないそこそこな点を出したのち、二次試験で藝大に落ちます。そんでもう一浪します(笑)。笑いごとじゃねえ。




普段は東京に住んでいるので、成人式に行くために地元に帰省したわけですが、元々行くのは結構迷っていました。

勉強しなきゃまずいという思いは当然ありましたし、周りはみんな大学生や社会人なのに、浪人生の僕が行って一体どんな顔をすりゃいいんだろう、という気持ちもありました。楽しそうなムードのなかで、ひとり窒息して死ぬかもしれない。



でも、この機を逃すともう一生会わない人がきっと沢山いるのです。

一生会わない人は、つまり一生会わなくたって問題のない人ですから、今回も会わなくたって別に構いません。十代の頃の同級生なんて、たまたま同じ時期に同じところに住んでただけの、その程度の間柄です。ただそれでも、折角なので人生最後のお別れくらいしてやりたいな、という気持ちでした。

とりあえず、後悔する可能性が少ない方を選びたかったんですよね。成人式に行かないよりは行く方が、後悔する可能性は少ないだろうと当時の僕は踏みました。あと当時志望してた東京藝大は、共通テストの点数があまり重視されない、というのも大きいです。三科目しかなかったし。




成人式当日

当日の朝、友達の車に迎えに来てもらいました。僕にも友達がいるんですよ、めちゃ少ないけど。

朝の時点ではまだ辛うじて元気がありました。しかし、ここからどんどん落ち込んでいくことになります。


先に注意しておくと、この先を読んでいくと、僕に対してムカつく場面が多々あるかと思います。自分で書いていても、おれ失礼すぎるだろと言いたくなるシーンもあります。

でも何とか大目に見てやってくれないでしょうか。当時はマジでしんどかったんです。元々が豆腐メンタルなのに、受験直前ということで、更にそれを二、三回地面に叩きつけた吐瀉物のような精神状態だったんです。



当日ではないけど、実際の成人式の会場。

会場に着き、中に入ります。すでにホールには何千人という人がいました。


地元は狭い街なので、辺りを見れば知った顔だらけです。そのうちの何人かに話しかけられたりもしました。だけど僕はどんな顔をすればいいか分からず、微妙な反応しかできませんでした。「あ、うん、久しぶり」と、濁った笑みを浮かべながら、ぶっきらぼうな会釈をします。

久しぶりにみんなに会うのが楽しみだ、と少しは心のどこかで思っていたはずなのですが、そもそも会いたい人なんていませんでした。


席に座り、周りを見ると、同級生たちが楽しそうに笑っています。男子はスーツを着て、女子は着物を着て、みな立派になっています。

「あっ」と思いました。急に猛烈に動悸が早くなりました。



「ここには僕の居場所がない」

「こいつらの目の届かないところへ離れなければ」


抱いたのは、圧倒的な場違い感です。

ここは、すでに良好な生活を確保している人が、人生の節目を楽しみに来ている場所でした。やはり僕のような、根暗で陰湿な浪人生が来るべき場所ではなかったのです。

僕は逃げるように席から離れ、会場の後ろの、隅っこの席に向かいます。誰とも話したくなかったです。こうなる予感はあったのに、なんで来てしまったんだろう。早くも後悔しかありません。


いつの間にか式が始まりました。僕は俯いてイヤホンを耳にはめBUMPを流します。市長だか誰かのスピーチも何一つ聞いていませんでした。
なので、式の内容については何ひとつ把握してません。成人式とはどういう内容の式だったのか、僕は知りません。


式が終わると、今度は記念撮影大会です。周りでみんな友達を見つけ、「写真撮ろうよ!」と声をかけあっていました。

しかし当然僕にそんな元気などありませんし、そんなふうに話しかけられても断るだけです。






いやちゃんと写真撮ってたわ。


え、誰とも話したくなかったみたいなの何だったん?
あれか、女子に話しかけられると途端に喋り出すタイプの陰キャかお前。

あとちょっとキメ顔すんのやめろ腹立つから。





なんでちょっと元気になってるんでしょうね。式から解放されたことで心が楽になったのかもしれません。

たぶん、楽しみたいという気持ち自体はあったんだと思います。せっかく来たのだから、今日という日を思い出に残る素敵な一日にしたかったのです。

でもその元気も少し経てばなくなっていきます。


しかし、成人式というのは存外あっさり終わるものなのですね。式自体はほんの一時間ほどで終わり、あれだけ居た人も、昼過ぎにはもうほとんどみんな帰っていきました。

周りに人がいなくなり、一人になると、急に現実が頭を支配します。この場合の"現実"とは、具体的には受験のことです。
共通テストの勉強をしなければ……。絵の方の対策もまだまだ十分には程遠い、空いた時間で考えねば……。

すぐにそういった思考で脳内が埋まり、憂鬱になります。ビルのない広すぎる空を見上げながら、なにをしているんだろうなと冷たい息を吐きました。




その数時間後、夕方から中学校の同窓会が行われることになっていました。

行きたくなかったです。
だってまた成人式の時みたいに、居場所が無くなるのは目に見えていました。

でももう、何週間か前に聞かれた出欠確認で、出席すると返事してしまっているから、欠席すると幹事に迷惑がかかってしまう。それは不本意だったので、行くしかありません。


同窓会会場の天井 鏡張りになっていた


同窓会

同窓会は中学校の頃の同級生約70人が集まりました。小さな学校だったので、これでほぼ全員です。

会場に入ると、すでに大半が集まっていました。成人式の時に着物を着ていた女性たちは、華やかで身軽な私服に着替えていました。どうやら中学校の頃の先生たちも何人か来ているようです。


息苦しくなります。この時点でもう、絶対楽しめないという予感がありました。

抱く思いは、成人式の時と一緒です。僕はこんなところに居るべきではない、という場違い感です。




皆が集まると、幹事の人が話し出します。


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『――みんな久しぶり!今日は集まってくれてありがとう!! 楽しんでいってね!』
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僕は中学生の頃と今じゃ、かなり性格が変わっていました。


中学生当時は、大声で騒いで遊んで、先生に反抗ばかりして、格好つけたがりで、率直に言えばバカな子どもでした。年齢特有の幼さと愚かさと純粋さを持つ、どこにでもいる中学生でした。

それが高校生になり、卒業して大学生になり、浪人生になり、と経ていくうちにだんだんと暗くなり、捻くれていきました。人と話す回数が減り、自分を守るための思考ばかりが身についていきました。


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『――今日の同窓会は20時までを予定しています! そのあとは二次会の会場を別の飲み屋で予約しているので、参加する人は来てくださいね!!』
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当時の友達とは卒業以来ほとんど関わっていなかったので、久しぶりに会ってもどんな風に話せばいいか分かりません。加えて僕は、飲み会のようなイベントが決定的に苦手でした。

皆が盛り上がってるのを見て、対照的に僕の気分はどんどん沈んでいきました。楽しんでる皆と、楽しめない自分の温度差が苦しくて。そのうえ僕はお酒を飲まないし。もう全然笑えなくなっていました。


たまに優しい人が声をかけてくれて、そうすると少しだけ話したりもしました。

『そういや流太はどこの大学行ってんだっけ? 静岡?』

「あ、いや、えっと、一年生の夏くらいに休学して、そんでもっかい受験してる。だからえっと、今は浪人生ってことになるんだけど。東京藝大ってとこ目指してて」

『藝大!? すげえな、そっか絵上手かったもんな』

「上手くないよ、俺なんか。全然。」

『……』


空気が重い。俺のせいか。

会話が続かなくて困ったのか、そのうちあまり話しかけられなくなりました。会場の真ん中の方では、大きな声で騒いでる人達がいます。


同級生たちの写真。人と話してもしんどかったので、写ルンです で写真を撮ってばかりいました。


中学校の頃は、僕も一緒になって騒いでいたのになあ。

あの頃は学校が終わると、部活帰りの奴らで集まって、無人駅の前で飽きるまで一緒にいたものです。電車が来るまで何十分もあったから、沢山話したり、走り回ったりしました。それでもいつも、時間は全く足りませんでした。みんなと話すのが大好きでした。

なのにどうして、こんなにも違ってしまったんだろう。


.
『――ここでサプライズです! なんと○○先生からビデオメッセージが届いています!』
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僕は、みんなのことが嫌いになっていました。

そもそも地元のことが嫌いでした。地元の閉塞的で退歩的な雰囲気が嫌で、高校を卒業したら出ようと決めていました。そんな地元にいる人間も、ちっぽけなイオンのフードコートで盛り上がる彼らも、心のどこかで僕は嘲っていました。


「俺はこいつらとは違うんだ」って思いたかったんでしょう。普通になりたくなくて、自分は特別だと信じたくて、心の中でマウントを取ることで自分を保とうとするのです。

それまで何度も感じていた、「ここは僕の居場所ではない」という場違い感は、疎外感であったと同時に、「僕にはこんなところじゃなくもっと相応しい場所がある」というある種の優越感でもあったのだと思います。


目の前で騒いでるやつらのことを、僕は冷めた目で見ながら内心で見下していました。一抹の寂しさと共に。




二次会の会場に移ります。

これも同様に、以前聞かれた出欠確認で、行くと返事をしていたので、行かざるを得ませんでした。当時の僕はなんの自信があって行くと答えたんだろう。

移動中も僕は一人でした。なんなら一人でいるのが格好いいとさえ思っている節がある。



二次会会場の飲み屋に着いて、しばらく経つとみんな酔いが回っていました。耳が痛くなるくらい騒がしい彼らは、昔と全然変わってないように見えました。あの頃と何も変わらず、みんな馬鹿なままだ。

そしてよく見ると、朝一緒に成人式会場に行った友達が、誰よりひどく酔っ払っています。そいつは小学生の頃から大学生になった現在まで交流のある、数少ない友人でした。そんなに気が合うわけじゃなかったけど、腐れ縁みたいなものでした。

たしかにこいつは最初っから飛ばして飲んでいたっけ。顔が赤くなるタイプじゃないから気づかなかったけど、既にまともに立つのも危うい様子です。

そして彼は少しずつ周りにも迷惑をかけ始めました。ちょっと冗談を言われただけで半ギレしたり、女の子の体にベタベタと触りだしたり。悪い酔っぱらいの典型です。こういう奴なんだ、こいつは本当に。


見かねた僕はそいつを落ち着かせるために、店の外に連れ出すことにしたのですが、僕も酔っぱらいの介抱の仕方なんて知らないので、ほとほと扱いに困りました。


「飲みすぎだって。ちょっと一旦そこ座れよ」

『あぁなに? 俺女の子と一緒に飲みたいんだけど??』

「そんなんじゃ無理だろ、酔い覚ましてから戻ろうぜ、な?」

『なんだよ手離せよウゼぇな』



もうぶん殴ってやろうかなと思い始めた頃、店の中から別の同級生の男が出てきました。酔っ払って騒いでいた、僕が見下していたうちの一人です。

「どうしたん?」とこちらに声をかけます。
どうやら様子を見に来てくれたようです。状況を説明すると、俺に代わりその酔っ払いの相手をしてくれました。その同級生も酔っ払っており、テンションが合ったのか、僕よりずっと上手くそいつに対処してくれました。


『ねえおれ部屋戻りたいんだけど??』

「あーそうねそうね! 分かった分かった! はい一旦ここ座ろうねー! どうする? もう寝ちゃおっか!」

『いや違うって戻るんだって』

「ね! 戻るんだよね! オーケー大丈夫大丈夫! はい腕貸してねーー、うんうんいいよ、よーしよしよし!」



まるで言うことを聞かない幼児でも扱うようです。しかしそうすると、その悪酔いをしてる友人は案外素直に言うことを聞きました。話を聞かない奴には、それ以上に話を聞かない相手をぶつけるのがどうやら有効なようです。


頼もしいなあ。

見下していた同級生だけど、僕がこんなに困ってた状況を、そいつはいとも簡単に何とかしてくれた。

そのことがどういうわけか、ひどく痛快でした。僕って大したことないんだな。笑えてきます。



酔っ払い二人のやり取りを見てると、なんだかおかしくなりました。

小学校からの同級生がこうして酔っ払ってるのを見るのは、どうにも不思議な気持ちです。だって当時のことはついこの前のように思い出されるのに。あれお前ら、いつの間にそんなに背が伸びたんだっけ。

時間が経ったんだなあ、とあらためて実感します。
昔と変わってないように見える奴も、やっぱり変化しているのです。僕の見えないところで、経た年月分の経験を積んで、楽しんだり傷ついたりして、僕の知らない側面を沢山増やしながら、厚みを備えているのです。


そんなのは、考えてみれば当たり前のことです。僕にも僕だけの人生があるように、同級生たち一人ひとりにも、その人だけの人生と成長がある。

だけど、僕はその事実に今までちゃんと向き合ったことがあっただろうか?
僕は彼らの表面的なところばかり見て、勝手に判断して見下したりしていたけれど、それは本当に正しかったのだろうか? もしかして僕は、ひどく、あまりにも。


そうしてるうち、もう会計も済んだのでしょうか、だんだんと皆が店の中から出てきました。店の前が騒がしくなってきやがった。



外に出てきたみんなはすっかりお酒が回っていて、楽しそうにしています。一月の風の冷たさは六年前と変わらなくて、みんな寒そうに震えています。


休み時間に教室で騒いでた男子は、やっぱり今日も騒いでいます。ベタに頭にネクタイなんか巻いてる奴もいます。赤くなった女の子は当時よりも可愛く見えたりして、でもやっぱり笑い方はあの頃と同じで。

みんなすっかり変わっていて、何にも変わっていないままです。僕があのころ好きだった面白さや優しさをすっかり残したまま、しかし二十年分の深みを宿しています。

歪んでしまったのは、僕の方です。だけどそんなことに、彼らは気づきもしない。



こいつらと一緒に、僕は大人になってきたのでした。

大人になってから会ったのは初めてだったけれど、大人になるまでの過程を、一緒に歩んできたのでした。大切な記憶がいくつもある。


みんなでこうやって夜に集まっていると、まるで中学校の放課後に戻ったかのようです。ふと振り返ったらそこがあの無人駅だったとしても、たぶん僕はそんなに驚かなかったんじゃないかな。



「あれ」と気づきます。そういえば僕はもう、すっかり笑っていました。


そして気づけば涙が出ていました。

次から次へと止まらなくなって、焦りました。みんなの前なのに。突然どうしたんだと、みんな心配の顔を僕に向けます。こちらをちゃんと見てくれる。


僕にもどうしてなのかよく分かりませんでした。だけど多分、怖くなったんだと思います。この同窓会が終わり、また東京に戻り、受験に向き合い、一人で生きていくのが。

今日の思い出や、子ども時代の日々が、これから先の人生を進むにつれて遠い過去になってしまうのが、たまらなく怖くて、寂しかったのです。




泣いてる僕の肩を叩き、笑いながらあいつらは聞きました。

『今日は楽しかったか!?』

「超楽しかった、ありがとう」

僕がそう答えると、あいつらはすっごく嬉しそうにしてくれました。僕はそれがとっても嬉しくて。

「良かったぁ! お前さ、そんなつまんなそうな顔すんなよ!!」


そう言われて、僕はますます泣きじゃくります。まるで子どもみたいに。



僕は勝手にみんなのことを馬鹿にしたり見下したりしていました。それは多分、僕も馬鹿にされたり見下されたりしている気がどこかでしていたからです。

未だに浪人なんかしてて、友達も少ない陰湿な僕のことを、みんなどうせ心の中で笑ってんだろって思っていました。




でもそれは、大きな間違いだったんだなあ。




勝手に嫌われた気になって、勝手に壁作って、拒絶して。そのくせ寂しくなって、拗ねて、いじけて。


馬鹿なのは、僕か。なんて馬鹿なんだ僕は。




悪酔いしている腐れ縁の友達がこっちを見て「何泣いてんだよお前」と笑います。お前は笑ってんじゃねえ。

「笑って!」って別の同級生が励ましてきます。お前小学校の卒業式で入場の時から号泣してたくせに。


でも、なんか全部嬉しかった。そういうの全部含めて、今は嬉しかったのです。

感情が上がったり下がったり、色々グチャグチャな一日でした。でもこれはこれで成人式らしい日なのかもしれないな、と笑えました。






店の前で撮った写真


もう夜遅いので、一人ずつ帰っていきます。名残惜しくて仕方がありませんでした。特別な時間は終わり、それぞれの日常に戻ります。


「頑張れよ」と強く手を握ってくれた人もいました。真っ直ぐこちらの目を見て、そう言ってくれました。



悪酔い男の相手をしてくれた、見下していたあいつは、俺がこの年の受験に落ちた時にメッセージをくれ、力強い言葉で励ましてくれました。

その翌年に受かった時もあいつはメッセージをくれました。めいっぱい祝福してくれました。


この人たちとはこの日以降一度も会っていません。ひょっとしたら予測していた通り、もう一生会わないかもしれない。放射状に足跡は伸びて、気づけば隣はどんどん離れていく。

でも、もうきっと大丈夫。とてもとても寂しいけれど、一緒に過ごした時間という事実は消えずに残るから、それだけでいいのでしょう。お互い死なずに生きていれば、それでいい。



人生はお別れの繰り返しで、なのにその別れの寂しさに慣れることはないまま続いていきます。生きていくのは、とことん寂しい。

だけど寂しいままで、今日の日を忘れて、俺たちはみな前に進むのだ。それが大人になるということなのだと今は思います。


あとがき


「成人おめでとう」って大人は言うけれど、一体何がおめでたいのか分かりません。

けれどひとつ確かに思うのは、成人式とは、これから生きていくために、それまでの歩みを確かめる機会なのだろうな、ということです。
今までを見つめ直し、そしてこれからを見据える、過去と未来を繋ぐ機会。


「もう大人になったんだから頑張れよ」ではなく、「君はこれまで大人になってきて、そしてこれからも大人になっていくんだよ」と言われているんじゃないかなあ。


未来は何があるか分からないし、これから辛いことも苦しいことも沢山あるはずです。僕にも同様に。
だけど身に宿るこれまでの旅路が、大切な記憶たちが、きっとずっと守ってくれる。そう思います。

あなたのこれからの人生が、私たちの日々が、素晴らしいものであるよう願います。お互い死なずに、生き延びましょう。


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