僕の最悪の大学生活初日について。
大学の寮に入ったら入寮初日に先輩たちから悪質なドッキリを受け、数十人の前で号泣してしまった、という話です。
僕の人生の中でも有数のトラウマです。あまり思い出したくないですが書きます。春なのでね。
そもそも僕は一度静岡大学に入学し、そこを辞めたのちに東京藝術大学に入学しているのですが、今回は一度目の大学生活、静岡大学での話です。
島根県出身の僕は大学進学を期に、単身静岡に引っ越すことになりました。
当時は18歳、高校を卒業したばかりで、まだCOVID-19パンデミックが始まる前です。
四月の頭、その日の昼に僕は寮に着きました。入学式もまだの頃です。
島根から静岡まで家族に車で送ってもらい、入寮の手続きをした後、部屋に荷物を運び込みます。
その寮には、男女合計で三百人ほどが住んでいました。大学から少し離れた、木々に囲まれたところに建っており、かなり年季が入っている雰囲気でした。
男子寮、女子寮と二棟に別れていて、それぞれ五階まであり、同じ階のメンバーが班になっていました。つまり男子約三十人、女子約三十人の、計六十人ほどの班が五つあるわけです。
その班には伝統的に名前がついていました。うちの班は何だったかな、「オリオン」とかそんなでした。中学生の体育祭じゃないんだから。
というか、なんか全体的にすごく体育祭チックだったのです、その寮は。
その寮には年に何回か大きなイベントがあるらしく、新入生が入寮するシーズンには歓迎祭なるものが開催されるとのことでした。
それは単なる食事会といったレベルではなく、寮の敷地で上級生たちが屋台を出したり、ステージで各グループの一年生が劇をしたり、夜になればキャンプファイヤーを囲んでダンスをしたりなどと、プチ学園祭のようなものでした。
僕は家の事情で、他の新入生たちの入寮日より三日遅れて入寮しました。そしてその日は歓迎祭の当日でした。
その日の昼に寮に到着すると、グラウンドで僕の所属する班の約六十人がキャンプファイヤーのダンスの練習をしていました。どうやら彼らは僕が来る前から歓迎祭のための色々な準備や練習をしていたようです。
僕が来たのを見つけると皆はすぐに練習をやめ、歓迎し、自己紹介の場を設けてくれました。当時の僕はそんなに人見知りをするタイプではなかったのですが(今はめちゃくちゃします)やはり他の一年生よりも遅く来ていることもあり、場に馴染めるか多少は緊張していたため、その温かい皆の対応に安心しました。
班の他の新入生は十数人ほどでした。自己紹介を済ませると皆に合流し、僕も歓迎祭の劇やらダンスやらの練習をしました。何も分からない僕に、同級生になる彼らは親切に教えてくれました。
練習が終わると階の共用スペースで休憩になりました。
その部屋の壁には、僕を含む一年生の名前が筆で書かれた半紙が貼られており、隅には花が飾られています。
あらためて一年生たちと話すことにしました。やはり皆まだ環境に慣れていないようで、不安や緊張の表情を浮かべている人が多かったです。しかし一生懸命話してくれました。僕も、一生懸命話しました。
静岡県出身の人ももちろん多かったですが、僕のように県外からやってきた人も何人かいました。彼らがここに至るにどういう経緯があったかは分かりませんが、自分の将来や目標のためにそれぞれ生まれ育った故郷を離れ、知り合いなど誰も居ない土地に一人でやってきた、勇気ある人間たちです。
きっとみんな、不安と期待を自分なりの比率で胸の内に抱えてここにやってきたと思うのです。僕と同じように。
その中でも特に気の合いそうな奴がいました。そいつはとにかくテンションが高く、しかし話の中で相手を気遣っているのが分かる、面白い奴でした。背は多分160cmくらい、キャップを被ってました。広く薄く生やしてるヒゲのせいか、実際より老けて見えました。
良い友達になれるかもしれない、と僕は嬉しくなります。友情が始まったんじゃねえの? そんな高揚が僕の中に灯りました。
だって、最高の友達との出会いが、いつどこで起きるなんて、誰にも分からないじゃないですか。そしてそれは大抵あとになって「あぁあれがそうだったのか」って気づくものであるし。
僕が簡単なそいつの似顔絵を描くと、そいつはとても喜んでくれ、周りの一年生は僕をすごく褒めてくれました。嬉しかったです。絵を描くのは、この頃もやはり好きでした。好きなものを褒められるのはやはり嬉しいです。
そうして話していると、先輩たちが他の仕事から戻ってきました。僕の諸々の違和感はこの辺りから始まります。(まあ正直すでに色々思うところはありました)
まず先輩たちは、僕の名札を用意してくれました。お互いの名前を早く覚えられるように、ということです。
しかしその名札には僕の名前が書かれていません。どうやら、先輩たちが勝手に決定した僕のあだ名のようです。「うちの寮は基本的にこのあだ名で呼び合うから」と先輩は言いました。なんだそれ。
続いて、スマートフォンを回収するため、差し出すように言ってきました。「歓迎会の会場からは女子寮が見えるので、万が一盗撮なんかが起きないように、今日だけ」とのことでした。まあ、そういう事情もあるのかもしれません。女子寮と言っても窓くらいしか見えないと思うんだけど。
そして何より変だったのは、時折部屋の外から、怒号のような大声が聞こえてくるのです。
先輩に話を聞いてみたところ、この寮には何やら"ヤバい人"がいるらしいのです。
その人は寮のルールを仕切っている、いわゆる番長的な存在だそうです。
なんだそれ。
その人と相部屋になった人は、部屋に入る時に自分の名前を述べた後「入ってもよろしいでしょうか」と、出せる限りの大声で叫ばなければならないそうです。時折聞こえてきた大声は、その声でした。
さらに、一年生は毎朝その人の部屋に行き、同じく大声で挨拶をしなければならないそうです。
なんだそれ。何度でも言うけど、なんだそれ。
僕はその日の昼に来たのでそんなことは当然知らなかったのですが、数日前に寮に来た他の一年生たちは、どうやら本当に毎朝それをしているらしいです。かなり怯えた様子でしたし、愚痴を言ってる人もいました。
「そんなのおかしくないですか。大学が所有している寮なんだから、学校に報告して対処してもらえばいいじゃないですか、そんな奴」
と僕は言います。しかしどうやら、寮の中に外部の人を招き入れるのはプライバシーの問題があってできないとかなんとかかんとかで、今日まで野放しになっているようです。
あまりに信じ難い話です。まさかこの寮には、昭和のヤンキー的なノリが残っているのか? 思えばかなり閉鎖的な空間ですし、建物の外装も内側も、先輩たちの雰囲気も、どこか時代錯誤な印象もありました。
「お前も明日の朝から挨拶行かないといけないからな」
そう先輩は言います。この時点でだいぶ心を閉ざしてました。行くわけねえだろ。
夕方になり、歓迎祭が始まりました。寮生全員が寮の前の広場に並び、各班の先頭で旗を持ってる人が居たりなど、やはりほとんど体育祭です。誰かが大声を出すと、みんなも大声を出してそれに乗っかる。そんな感じ。
開会式の後はひとまず自由行動になり、班のみんなで集まりながら、他の班の人と交流したりしました。自己紹介する時は、みんな例のあだ名を名乗っていました。僕は自分の本名を名乗りました。
あだ名で呼び合うことへの違和感はあったものの、初対面の同じく新入生どうしで交流するのは、それなりに楽しかったです。
初対面って、かけがえのないものじゃないですか。だって、その後どれだけ相手と仲良くなっても、初対面のあの雰囲気にはどうやったって戻れないわけじゃないですか。そう思えば出会って間もない頃の、お互い慎重に言葉を選んで手探りに相手の輪郭を把握していくあの緊張感も、なんとなく気まずいあの時間も、とても愛しく感じるのです。
歓迎祭も後半になり、各班の劇の時間になりました。
僕は圧倒的に練習不足でしたが、セリフの少ない役を任されたこともあり、なんとか自分の役目をこなしました。その後のキャンプファイヤーも、とりあえずみんなに合わせて動き、怪我だけはしないように努めました。
激動の1日もあっという間に過ぎていき、気づけばもう終わっていました。ものすごい熱量でした。
あたりはもうすっかり暗くなっていました。僕のその日は、朝は島根から数時間かけて車で移動し、昼からは入寮手続き、及び歓迎祭の練習、そして歓迎祭本番と怒涛すぎる一日で、夜になる頃には僕の頭と身体はもうヘトヘトでした。
しかしその後には、階の共用スペースで班のみんなによる打ち上げが待っていました。まだ騒ぎ足りないのか。おれは眠いんだ。
しかし僕だけ一人で部屋戻って寝るのも気が引けますし、仕方なく混ざることにしました。他の一年生と仲を深める機会でもありますしね。
共用スペースの広さは、だいたい二十畳くらいだった気がします。机などなく、班の男子三十人ほどが所狭しと座っています。お菓子とかソフトドリンクとかお酒とかが床に置かれ、それらを囲みみんな話しています。
「学部どこなんだっけ?」「島根って何があんの?」「彼女いるの?」「てかぶっちゃけ童貞?」
色んな質問が先輩たちから矢継ぎ早に飛んできます。それらを答えたり躱したりしながらコカコーラをちびちびと飲んでいました。場の雰囲気全体になんとなくアルコールが回りだし、声量と温度が大きくなっていきます。なんだかクラクラしてきました。こっちはついこの前まで高校生だったのに。
それは突然のことでした。
「うるせぇええええええ!!!!!」
という怒号とともに、部屋のドアがバンと蹴破られました。
例の、番長的存在です。
僕は初めてその姿を目にします。黒い革ジャンを羽織り、ヒゲを生やし、20代後半くらいの顔立ちにも見えました。身長は僕と同じくらいのようでしたが、体格が良かったです。
賑やかだった部屋は一瞬で静まり返りました。どうやら大声で騒ぎ過ぎたようで、それが耳障りだったようです。知らんわそんなの。
「なあ、騒ぐのは程々にしろって俺言ったよな? おい」
番長は一人の先輩の胸ぐらを掴み、大声で文句を言い始めました。僕を含む一年生や他の先輩たちは口を挟めず、床に座り固唾を飲んで見守るだけでした。なんなんだこの展開は?
胸ぐらを掴まれた先輩は少しムキになったようで言い返しました。
「今さあ、みんなで楽しくやってたんじゃん。邪魔すんなよマジで。いいかげんにしてくんねえかな」
番長もそれを黙って聞き入れるわけもなく、二人の言い争いは激化します。先輩も負けていません。すると先輩は次の瞬間、耳を疑うようなことを言いました。
「おれら以外にも、一年生もあんたのこと鬱陶しがってんだよ。文句言ってるやついんだからな。こいつとか」
と言って先輩は指を差します。
僕でした。
何言ってんだこいつは???????
マジか?? この局面で後輩を普通売るか??? 頭が真っ白になりました。
「は、なに。なんか言ってたのお前」
番長は僕の方へと体の向きを変え、問いただしてきます。絶対違うって。おれじゃないって。今はその先輩ぶん殴る方が絶対いいって。
だけどなんだか僕は吹っ切れ、すっと立ち上がりました。この際もう言いたいこと言ってやろうと。
「そうだけど? てか、あんた頭おかしいんじゃねえの?」
そう言われると番長は黙りました。その返しは"想定外"だったのでしょう。
続けて僕は言います。
「部屋に入るだけであんな大声出させるとか、いつの時代だよ。あんた何様のつもりなの?」
そう強気に言い返した僕ですが、次の瞬間には殴られるんじゃないかと内心は震えていました。人生で一度もちゃんと喧嘩なんてしたことない人間です。
するとその番長も流石に言い返してきました。
「ずっと前から続いてる伝統なんだよこれは。口出してんじゃねえ」
伝統。そんなものがなんだって言うんだ。
別の先輩が間に入り仲裁しようとしましたが、収まりません。他の何人かも立ち上がり、場がヒートアップしていきます。
「いつから続いてる伝統だと思ってんだ? なあお前教えてやれよ」
と番長は他の先輩に向けて言います。その先輩はひどく怯えた顔で、恐る恐る口にしました。
「えっと……三日前…………」
三日前????
「三日前????」
と口にしたのは僕ではありません。一年生以外の、番長も含めて全員が、口を揃えて言いました。
なにが起きてる?
すると次の瞬間、番長が奇声をあげて笑い始めました。
「うっそぴょ〜〜〜〜ん!!!」
先輩たちも一緒になって笑っています。一年生たちは、何がなんやらと呆気に取られていました。
その番長というのはドッキリだったのです。
部屋に入る時も朝も、挨拶なんかないとのこと。
僕が入寮する数日前から、寮全体でこのドッキリを実行していたようなのです。僕を含む一年生たちはすっかり騙されました。
先輩たちの演技にも自然でしたし、何より僕たちは新たな環境に来て間もなく、歓迎祭の練習などやるべきことばかりでいつも疲れていたので、物事を落ち着いて判断するためのキャパが残ってなかったのです。違和感を持ったとしても、それを疑う前に次の予定が来てしまいます。
またこの日は常に誰かと一緒にいたので、ひとりになって冷静に物事を考える時間がなかったというのも大きいです。もしかしたらスマートフォンを回収したのも、外部と遮断し、視野を狭くさせるためかもしれません。もしくはSNSで呟かれないためもあったかもしれませんね。
しかし、なんとも性格の悪いドッキリです。
僕はともかく、他の一年生は騙されて実際に朝早くから大声で挨拶なんかをさせられているのに。ひどい話です。
とはいえ、さっきまで番長と向かい合っていた極度の緊張から解き放たれ、僕は心底ホッとしました。ていうかさっきあんなに威勢よく見得を切ったのに、嘘だったのかよ。恥ずかしいったらない。
僕が半べそをかいていると、キャップを被った同級生が背中を叩いてくれました。「かっこよかったぜ」と。
ただでさえ非常に疲れていたのに、このイベントは参りました。もうぼろぼろです。
でも、番長も挨拶も、全部嘘ならそれに越したことはありません。これからここに住むんですから。良かった良かった。
本当に、これで終わりだったら良かったんですけど。
番長だった人はただの先輩の一人で、そこから打ち上げに参加しました。さっきまでの怖そうな姿はどこにもなく、普通に優しそうな人でした。「さっきはよくも言ってくれたなあ」と笑いながら僕をからかいます。僕はさっきまでのドキドキが収まらず、硬くなりながら話をします。
番長の演技をしている時のエピソードなんかを話していました。みんなが楽しそうにしているところに混ざれなくて寂しかった、なんて言ってます。
演技から解放された先輩たちは、みな緊張が解けたようで、楽しそうに話しています。僕たち一年生も、それに混ざります。
ようやくこれで新入生歓迎期間が終わり、明日から新生活が始まります。これからみんなとどれくらい仲良くなれるのか。ぼーっとした頭で、僕は楽しみにしてました。
その時。
突然、部屋の電気が消えました。真っ暗になります。停電?
その直後、音楽が流れ出しました。
これも何かの出し物なのか? と思っていると、再び電気がつきました。
ドアの前に、一年生が三人立っていました。
いや、しかし、何やら変です。他の一年生は僕と同じように呆然としているのに、その三人はとても楽しそうに笑っています。先輩たちも、同じように。
そして三人は笑いながら、大声で言いました。
「おれたちは一年生じゃなくて、先輩で〜〜っす!!!!」
「おれは二年生で!!」「おれは四年生で!」「おれも四年生でした!! 敬語使え!!」
???
わけが、わかりませんでした。
理解が、追いつかないけれど、これは、つまり。
そう。
一年生の中に、先輩が混ざり込んでいるというドッキリだったのです。
番長のドッキリとの二重ドッキリ、いや、番長の方は本命のこちらを隠すためのミスディレクションだったのでしょう。
僕と同じの本当の一年生たちは呆然として、偽一年生たち三人と先輩たちがはしゃいでる姿を見ていました。その三人の中には、あのキャップを被ったあいつもいました。
信じられなかったですが、その豹変ぶりを見れば、疑う余地ももはやありません。偽一年生たちも、他の先輩たちも、人間の姿をした何か別の生き物のように見えました。
なんなんだ?
なんでこんなことをするんだ? こいつらは。
動けません。言葉が出ません。
新しい世界の始まりに、僕はワクワクしていました。今までの自分を知るものなど誰一人いないこの土地で、ゼロからを人間関係を作り出すということに、緊張しながらもとても期待していました。
もしかしたらここで、何十年先も一緒に笑っていられるような、一生の親友とここで出会えるかもしれない。そういう絆がここで生まれるかもしれない。だってみんな、同じように不安と期待を抱える同士なんだから。そいつらとならきっと分かり合える、そう信じていたのです。
キャップ帽子のあいつと、きっといい友達になれると思っていました。その他の二人とも。
それなのに、交わした会話が全部嘘だったなんて。
どこから来たのって僕が聞いて、相手がそれに答えてくれる。その時も、どう答えたら新入生として違和感がないか、なんて注意していたのか? 内心では、バレないように気をつけないと、とか色々考えていたのか?
出会ってまだ間もないけれど、少なくとも僕は、大切にみんなと向き合っているつもりでした。相手のことを知りたかった。僕のことを知ってもらいたかった。大切に言葉を選んだ。緊張しているなら笑って欲しかった。
おれたちの会話は、一体なんだったんだよ。
呆然としたまま、僕は涙を流していました。
裏切られたことが悲しかったです。情けなくて、悔しくて、どうしようもなかったです。
すでに体力の限界で、頭は上手く回りません。
僕が泣いている間も、そんなのお構いなしに、先輩たちは楽しそうにギャハハと笑っています。もちろん偽一年生たちも。
「このドッキリは、一年生が早くみんなと仲良くなれるようにするための、伝統的なレクリエーションなんだよ」
は???
つまりなんだ、一年生のためにやったこととでも言うのか? 本当にそれが目的なら、やり方は他にいくらでもあるだろうが?
あんたらの今の顔を見ていれば分かるよ。あんたらは、ただ自分たちが楽しいからやってたんだろ? 自分が一年生の時に同じことをやられたから、今度は仕掛ける側に回って、反応を面白がってたんだろ? 誰もそのサイクルを止められなかったんだろ?
伝統。そんなもんが、なんだっていうんだ。
「ふっざけんな!!!」
そう叫んで、僕は泣きながら立ち上がります。部屋の壁に貼ってあった自分の名前を破り捨て、ふざけたあだ名の書かれた名札を叩きつけ、その部屋を出ました。こんな空間に、もう一秒だって居たくなかった。
自分の部屋に帰って、僕は泣き続けました。耐えきれそうになくなったので、地元の友達に電話し、事のあらましを話していると、部屋の外からノックが聞こえてきました。
先輩の一人です。「今誰かと電話して今回のことを話していたと思うんだけど」と話し始めます。まさかこいつ、ずっと外で聞き耳を立ててやがったのか?
その人は謝罪をし、弁解を述べた後、言いました。
「どうか、ネットにこのことを書かないでほしい」と。
僕は寮を出て行くことを決意しました。
翌日大学の生協に相談に行き、物件を探しました。スタッフの方はとても優しく、慣れた対応をしてくれました。どうやら僕のように入寮してすぐ寮を出て行く学生は毎年いるようです。
その直後に風邪をひいて少しもたついてしまったのですが、数日後には無事寮を出ていけることが決まりました。結局寮には十日間しかいませんでした。
退寮の前日の夜、役職についてる寮の先輩に書類を出しに行きました。
その人は去り際に僕に言いました。
「ドッキリに文句があるみたいだけど、でもそういうことしてあげないと君たちは仲良くならないでしょ? 先輩なりの優しさなんだって。先輩が場を作ってくれないと関係を築けない、君たちは所詮その程度なんだよ」
耳を疑いました。ここの人間は、どこまでおれたちを馬鹿にするんだ。
「お言葉ですが、僕にはそんなの必要ありません」
翌日、僕は寮を後にしました。
僕の最悪の大学生活初日についての話はこれで終わりです。
余談ですが、この数日後に大学のプレ入学式がありました。入学式より前にある、学校全体で行う歓迎のイベントです。そこで初めて同じ学科の人たちと会ったのですが、そこでも一年生の中に先輩が紛れてるドッキリを受けました。それも毎年やっているらしいです。さすがにもう泣かなかったですが、大学の先輩というものにひどく失望しました。
あと先輩の一人に「一年生の中で誰が一番可愛いと思う?」って聞かれて吐き気がしました。先輩の魚のように濁った目が怖かったです。
これらが直接の原因だったわけではないですが、その四ヶ月後に僕は静岡大学を休学し、二年半の浪人ののちに退学します。
COVID-19による影響もありますし、大学の状況も寮の状況も当時とは違うでしょう。歓迎祭なんて大っぴらにできなかったはずですし、ドッキリの伝統ももう無くなっているかもしれません。そうだといいな。
四月になります。新生活が始まる人も多いでしょうし、新たな環境に飛び込む人も沢山いるでしょう。高校に大学、会社やバイトとか。
そして新たな環境は、ひょっとしたら自分にとって居心地の良いものではないかもしれません。
そういう時、必ずしも環境に適応しようとしなくていいのだと思います。それは自分を成長させてくれる厳しさの場合もありますが、そうじゃないことも往々にしてあるはずです。理不尽や不条理はどこの世界にもありますが、立ち向かうことだけが王道ではないし、辛く苦しい時は逃げてしまうのも余裕で正解です。自分の生きやすい場所や人、文学や哲学がきっとあります。
あなたにとっての新たな春や、僕にとっての新たな春が、清潔で透明であることを願います。また会いましょう。