アラビアータ

最近の私は機械的だ。毎朝9:00に起きて、猫の居場所を気にして、少しだけの朝ごはんを食べて、身支度をして、実家のパン屋へ行って12:00までパンを焼く。最初は同時に何個ものパンを焼くのに慣れなかったけれど、沢山腕に火傷をした今は手慣れたものだ。
喉が渇いたら、お店にある売れ行きの悪い200mlパックのアイスコーヒーを取ってきて飲む。お母さんが売れないから飲んでいいよと言ってくれたので、毎日そればかり飲んでいる。私が手伝う平日はパートさんもいつも同じ人だ。毎日少しずつ、パンの種類と天気とお客さんの数が変わるだけの午前中。
このまま、少しずつみんなも私も老いているのか、なんて考えると妙な気持ちだった。手慣れて時間を持て余した私は、アイスコーヒーを飲みながらそんなことを考えていた。

それから、パン屋の上の自分の家へ行く。毎日好き勝手している。自主制作をしているか、ご飯を作って食べているか、歌っているか。沢山の焼き立てのパンを見ていると、不思議とお腹が空かないのだ。だから一呼吸おいてからお昼ご飯を作り始める。今日は、トマト缶が半分残っていたのでアラビアータにすることにした。

にんにくをみじん切りにして、小分けに冷凍していたブロックベーコンと、オリーブオイルをフライパンに入れて弱火にかける。その間にペンネを測って、だいたいいつも冷蔵庫に余っている何かしらの野菜、今日はマッシュルームを切る。手慣れたものだ。
じゅわじゅわ、オリーブオイルの中で自分の旨味を放出しているにんにくを眺める。私はこの時間がすごく好きだ。にんにくオイルをまとめて作り置いておくこともできるのだけど、私はこの瞬間をできるだけ沢山眺めたい。オリーブオイルににんにくとベーコンの旨味が移っていくこの時間、ここに「おいしい」が生まれているから。

それからしばらくして、にんにくが狐色になったらトマト缶とマッシュルームと唐辛子を入れて中火にかける。だんだんと量が減って、半量になった頃に空っぽのトマト缶に100ccの水を入れて、缶に張り付いたトマトを水に溶かしてフライパンへ加える。ソースに赤いオイルがういてきたら出来上がりのサイン。塩をふたつまみほど加える。
ペンネは便利だ。茹でる鍋が小さくて済むし、多少茹ですぎても美味しく食べられる。ソースに加えて、好みの硬さになるまで火にかける。気分がいい時は最後にとろけるチーズも入れてさっくり混ぜる。はい、美味しい。

私がアラビアータの簡単さと美味しさに気づいたのは高校生の頃だった。当時は、土曜日両親は仕事で、お昼前に目を覚ますと台所ががらんとしていた。それからこっそりアラビアータを作っては食べていた。たまに兄弟の分も一緒に作った。
高校生か。もう10年以上このアラビアータを作っていると思うと、私も老いたのだな。けれど何度作っても、誰が作っても美味しいからすごい。「私の」アラビアータが美味しいだなんておこがましい。アラビアータはみんなのものだ。

日々は、均一化されて繰り返されている。でもなんだかそのリズムが心地よかったりもするわけだし、こうして何回もアラビアータを作っているわけだし、たまにあることがすごくドラマチックに感じられるわけだし。私の幸せは、オリーブオイルの中のにんにくとか、毎日ごはんがおいしいとか、そういうことでいいんじゃないかな。…恋人は欲しいけれど。

おいしいご飯を食べるにはどうしたってお金が必要