5.噛まれるということ

私はとある小さな障がい者支援施設で働いている。日中過ごす場所でもある生活介護事業所と入居する(寝泊まりするいわば家)グループホームの両方がある為、兼務しており、夜勤もある。

生活介護事業所には支援学校から高校生の実習生が来る。卒業してからどこの事業所に行くのか?障害の重さによっては就労支援施設で働いたり、一般企業の障がい枠で入社するなんて人もいて、様々だ。先週1週間は高校2年生の女の子が実習に来ていた。能力は高いが感覚過敏があり(触られる事が苦手)自ら支援者に触れては来るが、支援者から触れると激怒する。それを把握したうえで支援に当たってはいたが、咄嗟に制止する時などはついつい触れてしまう。実習2日目のお昼前、私は触れてしまったのだ。

私が声に出さなければ、もしかしたら気付かれていなかったかもしれない…ぐらいのレベル。ツンツンぐらいの触れ具合ではあったが、謝った時には時すでに遅し。左腕全集中で雑巾のように絞られ、爪を立てられ、ものすごい形相で私を見ている。もう、止められないのだ。恐らく本人も我を忘れている。などと思ってるうちに私の左手首は既に彼女の口の中だった。歯を立てられた後は引っ張ってはいけない。押すのだ。そうすれば噛んでいる方は苦しくなり離す。はずだったが…なかなか離されない。触れられないので押さえつけるわけにもいかず、只々時が過ぎるのを待つ。謝罪しながら。     事件直後からは、その子からの謝罪の嵐。やてしまった事、お母さんに怒られることが何よりも怖いらしい。怒られることを想像してパニックになっている。私の母親もすぐヒステリックを起こすような人だったから気持ちがわかる。痛い思いを我慢して、自分の過去がフラッシュバックしそうになる所を抑えて対応。悟りを開けそうだよもう。

その日は更にツイてなかった。休憩を回すために1時間対応した利用者に顔面攻撃をくらった。顔面に傷をつけられるのは3回目。もういいよとため息をついてしまった。

と、ここまで書いて2か月の年月が経っていた。怖い。この時の怒りとか悲しみとかそんな気持ちはどっかに行ってしまっていた。残念ながら傷跡は残っている。

この事件の後、同僚と話している時に「謝るだけえらいですよね」と私は言った。すかさず返ってきた答えは「噛まないように教えるんじゃなくて、謝ることを教えてしまったんですね」だった。確かに。噛むことが良くない事である事を伝えずに、とにかく謝る。悪いことをした認識が本人にあるかないかは別として、親が、学校の先生が、謝ることを教えてしまう。

散々学校ともやり取りをし、施設の管理者にも今後受け入れるのか?と言う話は散々した。「あなた次第」と。そんな1人の将来を左右するようなことを私が決められるわけがない。私にもプライドはあるし、「噛まれて怖いから嫌だ」なんて言う訳もないし、思ってもいない。困った。         結果黙っていたら1月末からまた実習に来ることになっていた。やるしかないんだろうなと奮起している。

碧空。

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