日記小説|私への手紙

拝啓
初春の候、未来の私、いかがお過ごしでしょうか。
そろそろ実家の片付けでもしよう、という気持ちになりましたか。
ご覧の通り、私は、人からもらった手紙を全てとっておいています。
あなたのためです、と言ったら都合が良すぎますか。
未来の私は、この手紙をどうするのかな。
                           敬具
                  10〜15年くらい前の私より

私は、ものを捨てることができなかった。
全てのものには気持ちが込められていて、
命が宿っていると思っていたから。

特に、手紙という人からもらったものを捨てるということができなかった。
手紙に書かれた字を見ると、書き手のその時の気持ちが体にうつってくる、
そんな気がするのだ。

少しずつ片付けられた部屋で、無造作に重ねられた、手紙の山を眺める。
手紙の殆どは小学5年生から中学生くらいに、友達からもらったものだ。
私は、一枚ずつ、手紙を手に取った。

「私の好きな人はKくんだよ!誰にも言わないでね!」
「今日5教科全部ある…マジだるい。」
「もうすぐ中間テストだよ…ノー勉だよ。やばい。」
「今日部活休むね!」

溜まりに溜まった手紙には、送り主の、感情や出来事が書かれていて、
読んでいておもしろい。
どれひとつとして、同じ手紙がないのだ。

あの頃の私たちは、休み時間も、授業中も、放課後も、手紙を書き続けた。
暇っだったのかもしれないし、新しいペンやメモ帳を使いたかったのかもしれないし、誰かにだけ、伝えたいことがあったのかもしれない。

プリントの切れ端に小さく書かれた想いが、知らないうちに制服のポケットに入れられることも、
「今日の放課後何する?」と書かれただけのメモが、人伝いに手渡されることも、もうないと思うと、少し寂しい。

そんな日常が刻まれた手紙を、一枚ずつ開いては捨て、開いては捨てを繰り返した。
全ての手紙を読み終える頃、私の胸は懐かしさでいっぱいだった。

拝啓
初春の候、過去の私、いかがお過ごしでしょうか。
実家の片付けは、骨が折れます。

あなたが大切にとっておいた手紙、全て読みました。
あの時感じたことが、同じように思い出されて、懐かしくなりました。
多くの手紙を手放すことは今の私にとっても少々心苦しいことでしたが、
残った手紙を見て、今の私が誰を大切にするべきかがはっきりしました。
どうやら私のためになったようです。
ありがとう。
                              敬具
                    10〜15年くらい後の私より

命が宿ると書いて、宿命。
全てのものに、命が宿っているのだとしたら。

宿命を果たしたものには、きっと次のお役目が与えられはずだ。
思い出を手放すことは少し寂しいけれど、
宿命を果たしたものたちに「ありがとう」とつぶやいた。


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