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一座布団入魂

人生初のお葬式だった。

夜中の電話で飛び起きて、受話器を置いた後も母は母親を見事にやり遂げた。

「どうする?一緒にくる?」

小3の甘ったれに、こんな馬鹿デカい祖父母宅で留守番する勇気などあるはずも無い。

「いく」

眠たい目を擦りながらも事の重大さに気がついていた私は、モタモタしていると置いて行かれると悟っていたので力の限りサッサとした。


夜中の病院はまるで戦慄迷宮。
今でこそホテルの様な病室で、幽霊とはまるで無縁の病院が多いが、当時は昭和の悪い部分のみを色濃く残した病院で、ひとたび廊下の電気が消えれば、早速肝を試される様な空間になった。どこからともなくうめき声が聞こえるような…聞こえないような…

あっちの世界の人々が彷徨ってるんじゃないかと、鼻をつんざく'' ザ・病院臭'' と共に私の想像を掻き立てまくった。

廊下をしばらく進んで右に曲がると、角部屋のドアがコチラですと招いた。
ベッドには、淡いオレンジのライトに照らされたひぃおばぁちゃんが上を向いていた。

医者が時間を読み上げる。
まさにドラマだ。

母は叔父の肩に顔を埋めた。
祖母が亡くなった事より母が泣き崩れた事の方が衝撃的で、今思えばそんな母の後ろでボケっとつっ立ってる自分はまさに背後霊の様だっただろう。

後の手続きを他の家族に任せ、とりあえず祖父母宅に帰ってきた母と私。母は他県の自宅へ喪服を取りにそのままいなくなった。

「一緒にくる?」

のチョイスはさすがに貰えなかった。

真夜中の祖父母宅はソワソワしていた。
そんでもって私に寝ろ寝ろ言ってきた。
夜中に餓鬼がチョロチョロしているのは芳しく無いらしい。

しかしながら、父も母もいない祖父母宅で寝れる訳がない。

それに、さっき病院でちょろっと耳にした

「済ませたら家に運ぶので」

って、言葉…

ひぃおばぁちゃんなんだけど、ひぃおばぁちゃんじゃない「死体」って名のお化けがもう少しでやって来るんだとビビりまくっていた。

布団の中で眉間にシワを寄せて目を瞑るものの、私の耳が単独で全開に起きていた。なんなら遠くの大人たちの声に耳をすませたりしていた。

気がつくと明るい外からチュンチュン鳥のさえずりが聞こえ、障子の隙間から日がさした客間は既にそのお化けとやらを招き入れていた。

..........….。
私は廊下の遠くからその姿を確認した。

1人でこんな時間に寝ている姿はやっぱり異様な光景で、輝かしい殿様みたいな布団も今まで一度も見たことが無かった。この時はじめて人が死ぬと、こういう事をされて、また、まわりはこういう動きをするのかと太い柱のカゲからそーっと偵察していた。

そんな小3女子の社会科見学中に母は後ろから私の肩を叩いた。

「ひぃぃいっ!!!!」

猫の様に飛び上がった私を見て、母の口角が上がった。

「な、なに」

お化けに気を取られて後ろが完全にノーマークになっていたじゃねぇか。
いやぁー、しっかし、口から心臓が飛び出そうとはまさにこの事だ。

「ほら、そんなとこ突っ立ってないで座布団でも並べてきてよ」

えっ....?

「…い、いまちょっと忙しい…」

いつも馬鹿にしてる笑点の山田くんが今日ばかりは神に見えて仕方ない。

「何言ってんの、ほら、さっさと!」

えーっ…

やりたくないとか言う空気でもない。
逃げる場所もない。
友達もいない。
いまちょっと忙し.…くない。

「そこに積んである座布団、感覚あけて全部並べといてよ、分かった?」

う、うん.…

とりあえずそーっと座布団とひいお婆ちゃん オバケとの位置を目視。
近いっちゃぁ、近い。
座布団を並べる場所はなんとなく把握していた頭の良い私は、さらに頭の良さを発揮した。

「投げればいんじゃん」
と。

天才だ。

こうなったらマジで一座布団入魂。

死体の隣で座布団に魂入れようとしてる馬鹿を母は遠くから急かした。

「サッサとしなさいよ!!」

振りかぶったりなんだりしている私を見て母が呆れて去っていくのが見える。

「えーーーーーっ、行っちゃうのぉぉぉ見ててよぉぉぉ」

静まり返った床の間でひいお婆ちゃん オバケと2人きり。

..........

(お、お願いだから起きあがらないでね)

とりあえずお化けを起こさないように、そーっと雑に積まれた座布団の中から紫の座布団の全角に付いてる紐みたいのをつまんで手繰り寄せた。

おしっ。
とりあえず左端から一枚ずつ前列を制覇して、で、2列目は少し遠くなるから大丈夫だなっ!

大丈夫、余裕、余裕。
5回くらいしたイメトレでは畳にシャーーーっと完璧なランディングだったもん。
それに、お父さんとも一昨日キャッチボールしたもん。

さぁ、さなちゃん選手、振りかぶって〜!
投げました!

サー。

うわっ.…

見事に中途半端なところへ着地。

イメトレでは、もっとこぅ、
サッーーーーーーーーーーーっと
シャーーーーーーーーーーっと滑ったんだわ。

逆にその座布団を拾いにお化けに近づかなければいけないという面倒臭い事になった私。

呪われた人形みたいなとんでもない顔しながら座布団の端を手繰り寄せる。息を飲んだままつま先立ちで座布団回収。

ダァっ、もう最悪だ。

力が足りないのなら、一か八か思い切り力を込めてスライドさせてみよう!!!

や、まてよ。

万が一、ミスってお化けに乗り上げようものなら、今まで出したことの無い悲鳴が上がる事がイメトレ1回目にして安易にイメージ出来たのと、生きてる大人全員にぶっ殺されてこっちがお化けになるなと思ったので、やっぱり先程挑戦した事をもう一度。

こちら、もうイメトレは完璧。

角度はこう!
もーちょいこうかな。

お化けが見守る中、しばらくエアー畳フリスビーを繰り返し、最後の調整をはかっていた。

さぁ、振りかぶって、投げました!!
サーーーー

よしよし。
可でもなく不可でもない。

5枚くらい投げたところで、こつを掴んだ私は足で微調整するという荒業を交えてなんとか形にしていった。

まぁ、大体こんな感じでいっか。

向きもバラバラの、とっ散らかった座布団たち。
「隊長、終わりました!!」と敬礼して、「よくやった!」と褒められるイメトレ中に母がやってきた。

「あーもう、なに、こんなんじゃダメダメ」

母は一つ一つ角を合わせるようにしてさっさと直していく

それを見た私はミッションを母に丸投げし、お化けのようにソロリと居間に戻った。皆にお茶をついでいた祖母の一杯を拝借した私はお茶に口をつけ一言。

「っあ〜、生き返るぅ〜」

不謹慎極まりない事を言い放った私を母は遠くから見つめていたのである。


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