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愛しのボカン大作戦「こんなんほろんでいい世界」

愛しのボカン大作戦「こんなんほろんでいい世界」参劇。

やさしくないヤツが 「優しい」と担がれ、
あいなどないヤツが 「愛」を語り讃えられる。

一方ワタシは「難しい」といわれ、
「生きるの困難、もう滅んでいい」 と呟く。

もはや残機ゼロ 瀕死寸前のワタシに
舞い込んだ闇のスタンドイン。
とりあえず行ってみますかと
たどり着いた現場で 行われるショーは、

かつてない没入型演劇でした。

やっぱ滅んでいいや。
いや、やっぱちょっと待って。

大公開リハ、中日、千秋楽と参劇!
リハと本番混ぜてだけど、感想書いてく〜!


⭐︎

あぁ、私は、この世界に傷ついて、それでも信じたくて、期待したくて、愛しいから哀しいんだな。
そんなことを思う作品。
人物たちの境遇や心境、吐露する過去や思いが自分と重なり、それが私の心の傷を痛め、やさしく寄り添ってくれる。

好きだからこそ苦しくて、自分の思いに縛られ、囚われてしまう。選ぶのは自分なのに。
これでいいや、そうじゃない。どうであれ、自分で選択して明日を夢見て今を生きよう。

たとえ忘れたとしても、消えたわけじゃない。
胸の高鳴り、音、温度、何度も心の中で爆発させたい。いつまでもドキドキしていたいな。
傷も痛みも哀しみも、全て愛しく思います。

︎ ⭐︎

葉川風友。きみは、私だった。
好きなことに対しての熱意があればあるほど、志を高く持つほど、自分だけではなく他人にも同調を求めてしまう。
他人との熱量の差や価値観の違いに傷つき、人を信じられなくなっていたら自分も信じてもらえなくなって。自分の情熱、思いのままに努めると現場の空気がおかしくなってしまう。自分が悪いのかなって思うけど「けど、やっぱりおかしいよ」って。
でも、そんな言葉も届いて欲しい人には届かない。やるせない現実に心が折れそうになる。

「命かけてやりましょうよ!」「次とかないから」
↑自分の心の声過ぎて胸痛む。このマインドで生きてる。

時間を過ぎたスタッフに遅刻の指摘しちゃうのもわかる。言わなくていいことは、言わないけど、必要だと思ったことは、言っちゃうなあ。特に仕事だと。
私も相手が上司であれ部下であれ関係なく、きちんと伝えるのも大切かなって思うし、それが誠実な姿勢だと思うからだけど、まあ余計なことは、言わないに越したことないんだろう。けど、やっぱりおかしいよ!なんだよなあ。

風友にとって「信じる」「信じてもらう」ということが本当に大きなことで、6人が出会った時「信じる」と言われた時に泣いてる風友を見て、私も胸がカーッと熱くなって涙が出た。
自分と重ねてしまう彼が誰かと信じ合える言葉を交わす姿を見て、救いや喜びと共に自分の心を淋しくさせているものに気づいたというか。

あの世界での出会い、特に似子ちゃんとの出会いは、彼を救うものだったと思う。
感情型と論理型で違うタイプに見えるのにお互い演劇バカで、どこか分かり合えるような人。きっと似子ちゃんも色んな経験の中で色んな思いをしてきたんだろうな。(これは、また似子ちゃんについて書いたところで詳しく。)
二人の出会いは、互いにとってかけがえのないものだったと思う。

参劇前、全部やめようと思ってた風友くん。
好きだから無理になったんだよ。
わかる、好き過ぎて苦しくて辛くて自分がやめてしまえばいいのかって思う。好きだから、好きなのに、好きだけど、苦しい。

けど、参劇によって彼の思いが変わる。
無駄なことは無駄なままでいいんだ。無駄をやろうぜ。
命かけて、いつか報われる日を夢見てストイックに努めてきた彼からこの言葉。あれこれ考えること、それこそが無駄。けど、その無駄を否定するのではなく、無駄をやろうぜって言ってくれてうれしかったな。私、いつも考え過ぎてしまうから。

終盤のシーンで、
「これでいい。」そう思えるかにかかってるな。
オレの夢はただ、ただそれだけだ…。ただ、それだけなんだよお…。
寝そべりながら、そう言って消える彼を思い出して今も苦しい。いい芝居観て、その後飲んで、帰ってシャワー浴びて眠る。それだけでよかったのに、なんで。

彼が消えたのは、演劇を好きになった時のこと、初心を思い出して、抱えていたものから解放されたのか。それとも、「何やってんだろ。」ってふと我に返ってしまったのか。どちらとも考えてしまう。

どうか彼が彼の思うままに生きて、幸せでいてほしいな。幸せになってもらわないとヤダよ。私は、きみが居てくれてよかった。出会ってくれてありがとう。大好きだよ、風友〜〜!(最大音量)

︎ ⭐︎

織山似子ちゃんの俯瞰して周りを見ている感じも、冷静に分析して進めようとしていく姿からもどこかクールに見えるけど、それはきっと過去の経験の中で身についたものかなって思いながら観てた。
分かりにくいかもしれないけど、演劇が大好きで、他人のことをよく見て想像している人だと彼女の行動やセリフから感じる。
表面上からはわかりにくいけど、彼女の心根にあるものは、まっすぐで情熱的な人なんだろうな。

実力で呼ばれてないじゃん
自分の能力や努力を認めてほしい。選ばれれば何でも良いわけではない。
期待に応えたい気持ちわかるよ。私もそうだもん。
相手の期待に応えていきたい。応えられない時の自分にがっかりする思い。同じ思いを経験している分、育ちゃんの思いに寄り添う言葉をかけてあげられるのやさしい。

風友くんのところにも書いたけど、似子ちゃんにとっても風友くんとの出会いは、彼女を救うものだったと思う。
生産性や効率を考えて感情的にならず、本心を伏せていく。言葉や行動じゃ本当の気持ちなんて表現できない。どうせ伝わらないって思ってる。
黙って働け。」という似子ちゃんの思考、在り方って風友くんと違うように見えるけど、心根にある思いが熱くて深いところは、すごく近くて、風友くんの言葉や行動が彼女の心を動かす力を持っていたんだと思う。

うるせえ。オレは似子が「信じる」と言ってくれたから今ここにいられるんだぞ。

とにかく、オレ達6人の今があるのは似子のおかげだし。似子はすごいんだから。
この風友くんの言葉、どれだけ似子ちゃんを救ったか。感情や思いを言葉でまっすぐぶつけてくれる人、互いに信頼したいと思う人がいること、それってすごく支えられる。

風友くんも似子ちゃんもやるせなさを感じながらも、演劇やこの仕事が好き。自分を必要としてくれる人、認めてくれる人との出会いがあって、自分も他人や自分自身を認められるように。
二人の中に芽生えていくものに胸がいっぱいになりました。

朋郎と似子ちゃんの会話。
ほんと絶望やんなっちゃう。
おかしいな。初めてお前達の顔を見た時、誰一人絶望感のある顔はしてなかったぜ。
目指すものがあったはずなのに、もうこれでいいかな、と楽な方を選ぶ。
未成ちゃんも「この時間が続けばいいと思ってるんです。」と言うように、参劇した時の思いが薄れて、もうこれでいいやって。
最初の胸の高鳴り、熱さ、忘れたくない。思い出しては、自戒するシーン。

皆、いつか忘れるよぉ。」から続く言葉。
似子ちゃんの儚い願いと祈り。きっと色んな出会いと別れを経験してきたんだと思う。けど、今までこんな風に本心を言葉にすることってあったのかな。
劇中で観客がそれぞれ積み重ねてきた思いを似子ちゃんの「忘れたくない」という思いに心ひとつになる空間が尊くて涙が止まらなかった。

けどね、忘れたくない思い出だからこそ、忘れてしまうよ。忘れてしまうけど、消えるわけじゃないからね。何度も何度も思い出すよ。何度も何度も劇場に会いに行くからね。さみしいけど、哀しまないでね。
と、観劇中伝わるはずのない思いを似子ちゃんに抱いていました。

忘れる、で、「ラスト・ナイト・エンド・デイドリーム・モンスター」の記憶が甦り、また思い馳せています。(大切な作品です)
ほら、消えないよ。こうして何度も思い出せるもんね。

このシーンで、風友くんが参劇者の方に観劇する理由を聞くんだけど、そのどれもが自分と違うものでも、それも素敵だねって気持ちに寄り添い合える気がして、すごく素敵な時間だった。

お話しする風友くん、似子ちゃんを見ていると二人の感情の機微に触れるようで、本当にポロポロ涙が溢れてきてしまった。今も書きながら涙出る。

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銀野吾介の「いつまで続くかわからん日々はな、裏を返せば急に終わるってことやぞ。」のセリフが心に刺さる。
今の喜びや愛しい気持ちも苦しい悲しいことも永遠に続くように感じるけど、それは終わりが見えないから。
突然終わりはやってきて、むしろ気づいたら終わってることもある。どんな気持ちも感情も永遠なんてないから、「今」を大切にしたいな。

吾介さんは、色んな「終わり」を見てきた人なんだと思う。
この世界の闇を見て、それでも続けたくて闇と共存というか、受け流すスキルを身につけて続けてきた。あれ、なんでやりたいんだっけ?そんな風に思った時には、周りは環境を変えていて、自分だけ取り残されたような。
作品上では、多くは語られていないけど、所々の言葉から彼の人生の断片が脳裏を過って色々想像した。

他の人たちより年上だから、みんなのメンタルケアするように気にかけていたかな。突然やってきた朋朗と朝彦にも積極的に声をかけていたのも印象的。
色んな経験、色んな思いをしてきたからこそ、他人を気にかけられるのやさしい。山崎さんの世界は、やさしい人でいっぱいですね。大好きです。

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前鳥羽未成ちゃんの取材?シーンで、「やりたいことをちゃんと応援してもらえてる役者仲間が羨ましかったですもん。
役者としての思いに娘から親に思う気持ちも含んでて、切なくなっちゃった。
親は、心配してるし、大事に育ててくれたんだと思うけど、やっぱり自分の思いを汲んでもらえないさみしさと苦しさと悔しさは、ずっと残る。
私は、今の生活を何年もかけて親を説得というか半ば無理やり出てきてるから、あの時のこと思い出してしまった。親とは今も仲良しだけどね、やっぱりずっと胸につかえてる。

ふわりひらりと軽やかでありながらも、それは好きなことを楽しんでるというより、どこか諦めも感じる。
あの世界から出ようという目的があったのに「この時間が続けばいいと思ってるんです。」そうだよなあ、そうなるよな、なんて考えてました。

けど、参劇者から今日の日にちを聞いた時、繰り返される今日(来た日)に困惑していたのかな、と。(何日もいると思ってたから、きっと未成ちゃんの思ってた日じゃなかったんだよね?多分)
何度寝て起きても、やってこない明日に不安になる。この時間が続く怖さ、現状を望んでいないと気づいたのかな、と。

⭐︎

糊杉てらさちゃん、てらさマインドで生きてみたい…………風友タイプの私としては、羨ましくて仕方ない。

うまくいかなかったことも腹立つようなことも「すべては縁とタイミング、私に落ち度はない
そう思えば自分にも他人にもやさしくなれるんじゃないかな、なんて。
何かに執着せず、囚われずに生きることができたらなって。

あと、「限りある人生です。無駄な人と過ごす時間は私達には1秒もありません!
自分の人生の価値を知っているというか、人生も自分のことも大切にしてるなって。

てらさちゃんの雰囲気から軽そうなイメージ持たれそうだけど、人を知り、先を見て順応できる聡い人なんだと思う。

⭐︎

二見朋郎星朝彦
摩訶不思議なおふたり👁️👁️❕
この世界のコーディネーターなのかな、何かを知っている、何かを視ている、何かへ導いてくれる。

動きもセリフまわしもひとつひとつが演じる人物の特性を色濃くしていて次は何するの?今、何考えてるの?ってドキドキ。
窓から覗き見してる時、初見ギョッとした……いや、あれは怖いて。

彼らの言葉ひとつひとつにハッとさせらることが多かった。

いつかあるものは、今、絶対にあるから。
「言うなれば、」
今ないものは将来にもない。絶対に、ない。
いつか、と待っていてもやってくるものではなく、すでに持っているものなんだろうな。気づかない、気づこうとしてないだけで。
自分の心をもっと視て、聞いて、感じたいな。

朝彦の「ほんとにこっから抜け出す気あんのかぁー!?」に対して、朋郎の「熱を持たせるべきは受け手の心だ、朝彦。お前が熱くなってどうする。」「熱い気持ちで迫っても距離が開くだけだ。冷静であれ朝彦。」
………風友くん、聞いてる〜?!?!(泣)私たちに必要なのは、これなんだよ。相手を思いやってもっと冷静にしようと改めました。くれぐれもぉ、くれぐれも。

朝彦「くだらねえ。ほろんじまえそんな世界。面白いとはなんだ?同じくつまらないとは?誰ソレ評価してる?………
本当にそれ!他人の評価ばっかり気にしてたら自分の好きなこと、やりたいことできないよ。他人は、他人。私は、私。
元々私は、超自分軸で生きてる人間で、周りの目とか他人の評価とか興味なさすぎ!嫌われたくはないけど、好かれたくもない!どんな自分も愛して思うままに生きていたい!
これからも自分の心の音を信じて生きていくぞ〜!と思った。ボカン!

忘れられるからまたここに集まれる。ここに集まるオレもアンタも、いつも何かを待ちわびてるんだよな。
演劇は、私にとって作品を観るだけのものではなく、どんな時も救い、鼓舞し、受け止めてくれる私の人生において何にも代え難いもの。
素晴らしい作品と出会っても、また劇場に行く。また何かを期待して。演劇、表現は、共に生きてくれるかけがえのないものです。

↑このシーンは、朋郎と朝彦が、劇場の暗闇で待っていても何も始まらない。板の上はいつでも空っぽ。と、待っているばかりではなく、自ら立つんだというメッセージだと思ってます。そのシーンの中のセリフから感じたこと。


緊張と友だちになれ
ム、ムリ〜〜〜〜。(泣)メンタル激弱でパニクッてしまうタイプなので、この言葉を胸に日々を生きるわ……緊張さえも味方にする……。


お風呂シーンの「はい全裸ぁ」好きすぎた…!くるんっ💫ってなった瞬間、あつ森…!?と思ったら本当にソレで笑った。(笑)

あと、DP(干し芋)🍠とヘリコプター🚁
参劇者の方から干し芋もらってる時の目バッキバキすぎて怖すぎた………ヘリコプター追いかけて手振ってる朝彦かわいすぎてにっこり♡ぐっも〜。

︎ ⭐︎

田中育ちゃん。
あんなに練習したのに、練習ではうまくいってたのに、どうして本番でできないの。この苦しさがわかる。本番が怖い。自分の努力を裏切ってしまう自分が嫌になる。好きだから頑張りたいのに、うまくいかないと思いと現実の違いに哀しくなる。
自分に期待する分、他人がさらに素晴らしく見えてきてしまうし、まだやってもないのに比較して勝手にプレッシャー感じて、、。
アオナツの長ゼリフを言う育ちゃん見てるとその苦しさと共鳴して色んな過去が頭の中に流れてきてボロボロ泣けてきた。あの時泣けなかった思いと育ちゃんが向き合わせてくれたんだって思う。

あとね、楽しむところで楽しめないことが私が私の苦手なところだから、トルコアイスのくだりすごい共感して心がチクチク。
相手は私が楽しんだり喜んだりしてほしいのに、そうなれない時ってあって、その度ごめんなさいって思ってしまう。
他人の期待に応えられない、そして自分の期待にも応えられない自分に傷ついてる。

育ちゃんの物語に求めるものと自分の観劇理由が重なった。
私は、作品を理解したいと思っていなくて、作り手の思いに触れること、作品が自分の経験や思いを受け止めてくれたり気づかせてくれたりするから演劇が好き。作品と心を共鳴し合い、魂に動き、音、温度を持たせてもらう瞬間が好き。

演劇と出会わなくてもそれなりに生きてると思うけど、出会ってしまったからには、ほろんでもらっては困るなあ。

育ちゃんって、すごく人の気持ちに繊細に気づいて、仲立ちをしてるの。風友くんとてらさちゃんのやりとりでも、波風立たないようにしていて、やさしさを越えて気遣いすぎてないか心配。そのうち胃痛起こすよ(私のように……涙)
けど、この気遣いすぎなところもトルコアイスに通ずる部分。良く思われたいというより、他人が傷ついたりがっかりするのがいやなんだよね。

ラストに向かうシーン。
人混みの中に立つ育。
だって私は、私達はどこにだって行けるから
いつだって私たちは、自分で選択して生きているのに、自分の思いに縛られ、傷ついたり哀しんだりする。それも自分が決めたのに。
自分の死生観にも重なり、それを言語化されたようで、心で頷きながら観ていた。
どんな日も必ず終わり、また明日がくる。どうやって生きていくのか誰かが決めるんじゃない、自分で決めていこう。
なぜか人は、何者かになろうとするけど、何者でもない、「私」を信じて生きていこう。

ラスト、客席で俳優たちは踊る。聴こえるのは、服の擦れる音だけ。踠きながらも必死にそこに在り続ける姿が美しくも残酷にも感じて苦しかった。
暗転。明るくなり参劇者たちに拍手を送る俳優たち。今まで観ていたものは、何だったのか、夢だったのか。混沌とした状態の中、戸惑う育ちゃんに気づく。

舞台と客席、劇場と街、全てが入り混じり、溶け込むような感覚に今も恍惚する。


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以下、色んなことの考察、感じたこと。

人物たちが劇中消えていくんだけど、個人的には何かハッと我に返ったような、抱えていたものから解放される瞬間に消えていったのかなと思う。

育ちゃんが風友くんに「私は今、ここにいる。ちゃんとイメージできる。」と言っていたから、この世界まるごとイマジナリーで、自分がそこに居るイメージができなくなったら消えてしまうのかなって。(我に返って夢から覚める、みたいな)

人物たちのその瞬間の思いもその後のことも想像できてよかった。どうか幸せになって。余白のある作品大好き。

で、消えていった人たちを残った人たちは覚えてないの。誰かいた気がするって忘れてるの怖くてさみしかったけど、消えた方がいいのか、残った方がいいのか、忘れてしまった方がいいのかと色々考えてしまった。(どうかみんな幸せでいてね。)(何回も言う。)

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参劇者の方を本多0番に立たせるのヤバ……!一般席で観てて、なんかどうなっちゃうのかすごい怖かったし、本当にあの人は参劇者だよね?実は元々出演予定の方…?!なんて思うくらいあの場に溶け込んでて不思議な空間でした。

大公開リハでは、観客も参劇席の方も全員初見だったから、全部の反応が新鮮でドッキドキした。誰もがどうなるのかわかっていないあの空気感が神聖で、人間ってかわいい🫶って思った。(伝われ)
演者のセリフの間合いとか聴こえ方も全然違うし、リハと本番でかなり雰囲気が変わって見えて、絶妙な違いなのに惹き込まれ方というかこちらの体感も変わってビックリ!貴重な演劇体験でした。

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イマジナリー○○!イメージで色んなものを現実化するんだけど、人物たちがそれぞれイメージして食べてるものを想像するの楽しかった!
それぞれ自由表現みたいで、日替わりの人、毎公演同じものを食べてる人も。
吾介さんのイマジナリー焼肉で観劇後焼肉食べてる人多そう……!ドデカコショウ振ってる時、トムとジェリーの世界すぎて可愛かった(?)
風友くんの中華まんみたいなのを三人がはふはふ食べてるのもかわいい!追加マヨの時、イマジナリーなのにスカしてて笑った!イメージの中では満タンであれよ!(空気抜ける音うますぎた)

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インタビューシーン。あれは、あの世界から抜け出した後に答えてるような人、あの世界から答えてるような人がいて、どっち?人によって違う?と考えてた。

︎ ⭐︎

コンテンポラリー妖艶で素敵……!
人物ひとりひとりのイメージの振りになってるのもよかった。自らの強さに打たれたり、ガムシャラにもがいたり、軽やかに見せたり、、。
あと、全員で踊る時に目👁をモチーフにした振りもあった、良!

客降りして踊るところ、気持ちが高揚してるのもだけど、直視できなくなりそうなくらいパワー感じてドキドキした。

育ちゃんのところにも書いたけど、ラストの無音で踊り続けるの本当によかった。衣装の音だけカシャカシャ聞こえてくる中でひたすら踠くように踊り続ける俳優たち。その後ろで毎公演泣きながら観てた。

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コーディネーターの二人が参劇席の方々を客席、舞台へと案内するところから始まる。え、始まったの?始まってたの?(これが大事)私たち観客は、ツアーに巻き込まれてる感覚で、とのこと。(笑)
客電落ちないの面白い〜!なんて思ったけど、観ていくうちに、舞台上と客席の境がなく、もはや劇場と外の境もなく、この世界全てが私たちそれぞれの居場所なのかな。居ていいんだよね。なんてことも感じた。

終演する時の俳優たちがロビーに連れられて、ロビーから拍手が聞こえてくるのもよかった。やはりこの物語は、参劇客が見ていた夢だったのか。
また、終演したのに開演前のアナウンスが聞こえてくるのもよかった。今日も劇場では、物語が始まる。

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人物たちの表現により日々感じるものが可視化され苦しくありながらも、この痛みは、愛しさなんだって改めて感じる。
何度も何度も心に鳴り響く音を聞いて、奮い立たせていこう。自分の心に誠実に。

(過去イチ長〜〜い感想となってしまった)

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