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はらかなこ /2023.09.01 Ryuichi Sakamoto Cover Live


僕の好きなピアニストはらかなこさんが僕の好きな坂本龍一さんの追悼ライブコンサートを開くということで、これはもう行くしか🦌

東京駅丸の内南口側から駅舎を見る

場所は東京・丸の内のオフィス街にあるお洒落なダイニング・ライブ・ホール、Cotton Club。グランドピアノを中心としたステージをコの字型の議場のように席が取り囲み、フロアにあたる部分には大小さまざまなダイニング・テーブルが並ぶヨーロピアンな雰囲気。

緋色で統一された店内

はらかなこさんのことはYouTubeで知りました。AubadeやHappy Endといった、坂本作品の中でも比較的マニアックな曲も含めて、シャープで正確なキレ味と坂本さんならではのアンビエントな響きという、一見相反する要素を見事に両立させて、本家以上に”教授らしい”楽曲の意図を汲んだ演奏をされている方、と思っていました。様々な方が坂本龍一というアーティストを様々な形で解釈しているけれども、僕ははらかなこさんの解釈が一番しっくり来る。


1曲目は「0328」というはらさんのオリジナル。坂本さんが亡くなった日であり、はらさんの誕生日でもあったというその日に、居ても立っても居られずピアノを触っていて最後に自然に出来た曲だとのこと。一見(一聴?)坂本さんの曲かと思ってしまうような独特の9thや13thの和音が重なり(合ってます?)、また坂本さん自身、自分の一つのルーツと語っていたフランス印象主義的な進行が耳に残る。けれども坂本さんからのインスピレーションも、さらにその深層にある近代フランス的な響きも、はらさんは自分の表現に落とし込んでとても上質なオマージュとして一つの作品に仕上げていた。絶対また聴きたいと思って音源を探したのだけど見つけられなかった。是非いつかサブスクに載せて欲しい一曲。年末のコンサートでも演りますか?だったら必ず聴きに行きます!

2曲目は「Merry Christmas, Mr.Lawrence」。言わずと知れたあの戦メリ。速い。出てくる順も早かったけどテンポが速い。最近の教授はこの曲をゆっくり弾いていたから尚更そう感じたかも。でも聴いているうちに、これはavec pianoに収められた編曲(アルバム名はCODA)を元にしているんだなと思うようになってきた。例えば、冒頭の8分の12拍子からテーマの4分の4拍子に移るところで左手で下降するパターン。テーマとテーマを繋ぐ短いブリッジは左手で逆に上昇を2回、等々。坂本龍一さんがヨノイ大尉を演じこの曲を書いたのが30歳前後だから今のはらかなこさんとほぼ同じ。はらさんはあのオリジナルサウンドトラック・ピアノ版のバージョンを忠実に再現しているんだなと、その力強く、でも繊細なタッチに感じた次第。時間内に11曲を収めるためのサービス精神ももちろんあったかもしれないけれど。

3曲目来ましたね、「Thousand Knives/千のナイフ」。1978年の坂本さん初のソロアルバムに収められているとても現代音楽寄りの曲。はらさんがYouTubeでこの曲を弾いている動画が最高に格好良くて、痺れました(コルクの壁のハウススタジオ?の方です)。自分で弾こうとすると、左手のはねるリズムと右手の細かな音符のメロディをシンクロさせるのが難しくて挫折その1。メインテーマの4部音符のコードもメリハリが難しいけどなんとかクリアして、その後の展開部、調性がどんどん曖昧になっていくところで、僕にとっての挫折その2。ちなみに挫折その3は上昇、下降のスケール弾き。Firecracker にも出てくるような、両手を交互に使って88鍵を上りきったり降りきったりするやつです。それをはらさんはリズムもテンポも崩さずピタッとキメてくる。生で聴くと背中がゾクゾクしました。ああ、プロとはこういうものなのかと。はらさんの千のナイフは坂本龍一さんご本人のピアノソロ版より好きかもしれない。



4曲目は「Dear Liz」。メディアバーンライブのコンサート映像の中でクラシカルなこの曲がクライマックスに置かれて、しかも観客を思い切り乗らせちゃってるのが凄いとはらさんは話していました。一つの曲の中で何度も曲調が変化する作品だけど、中間部がフランスっぽくて本当に美しいとも。演奏を聴きながら、あ、はらさんが好きなのはここのことなのかなと想像しながら楽しみました。

続いて5曲目は「Self Portrait」。この曲もはらさんのYouTubeがとても印象的な一曲。シンプルだけどその分難しいともおっしゃってました。はらかなこさんはこの曲に限らずだけどリズムキープが絶妙で、不要な揺らぎはないのに、でもエモーショナルな強弱がしっかり伝わってくる。原曲を聴き込んでピアノ1台で再現するとはこういうことなのかと、本当に勉強になるアレンジに脱帽です。


6曲目は「Rain」。映画ラストエンペラーの中で使われる緊張感溢れる曲。リズムキープの話をしたばかりだけど、この曲は左手でずっと強くスタッカートの和音を刻み続ける曲。はらさんは、私は弾きながらよくにやけちゃうと言っていましたが(確かに!でもそれはチャーミングです)、この曲ばかりは違い、情緒と気迫が兼ね備わった素晴らしい演奏でした。

7曲目は「Shining Boy & Little Randy」。前曲と打って変わって穏やかで優しい、エモーショナルなメロディ。坂本さんの楽曲は中国でも広く知られているのだけど、中国を代表する写真家であり、ベッカムや坂本さんの撮影もしたアーティストの陳漫さんが、坂本龍一さんの作品の中で最も好きな曲の一つだと話していました。

8曲目は「黄土高原」。原曲はデジタルシンセとして一世を風靡し、坂本さんもこの時期愛用していたYAMAHA DX7のキラキラした音色がとても印象的な曲。僕は80年代という時代の、トンネルを抜けたばかりのようなまぶしさというか、視界良好な見晴らしの良さをこの曲の曲調や音色から感じていました。その数年後には、坂本さんも”Triste”のラップで痛烈に皮肉った湾岸戦争が起きて、今に続く憎悪の時代が始まるわけですが…。

9曲目は「Ballet Mécanique」。はらさんはYouTubeでこの曲を何パターンか上げていますが、圧巻はHana HopeさんというZ世代の女性ボーカルを迎えたバージョンですね。ビョークのようなハスキーな声とビリー・アイリッシュばりの呟くような歌い方がこの曲に新たな命を吹き込んでいる。この日はピアノ一本の演奏でしたが、MCでHanaさんとの演奏について触れたはらさんは、彼女のことを歌い手さんと呼んでいたような。後で調べてみたら、2006年生まれながら2019年にYMOの”Cue”のカバーも歌っている新進気鋭の歌手の方なんですね。こうして文化は繋がっていくのか。

10曲目は「The End of Asia」。YMO時代の名曲をピアノソロアレンジで聴ける至福。一般的な知名度にとらわれず坂本さんの隠れた傑作を、ツボを押さえて選んでくるはらかなこさんのセンスに脱帽です。しかもコンサートでは、はらさんが坂本龍一作品を幅広く聴き始めたのは実はそんなに昔のことではなく、せいぜいここ3,4年のことだともおっしゃってました。それでこの完成度ですか⁈この愛の深さですか?同じ音楽家としてのそのリスペクトに心打たれます。

11曲目は「東風/Tong Poo」。タイトなリズムの上にオリエンタルなメロディがコロコロ転がるように次々と展開していき、当時のテレビゲームからの着想かピコピコと装飾音が、しかしそれはあくまでもメロディの一部を構成するように鳴り、一見気づかないめまぐるしい転調の末どこに連れて行かれるのかわからない浮遊感に包まれる、不思議な読後感をもたらしてくれる一曲です。ある時期以降、坂本さんはピアノだけでこの曲を弾くようになり、隠されていた曲の骨格や構造の秘密を、よりはっきりと見せるようになってきました。誤魔化しのないはらさんのピアノはさらにクリアに、この曲の真ん中にあるものを探り当て、聴き手に届けてくれていたような気がする。YouTubeでの下北沢のストリート・ピアノも素敵でしたが、この晩の演奏は、いつまでも聴いていたくなる穏やかなトランス状態へと僕をいざなってくれました。

そしてアンコールが「ながれ星」というはらさんのオリジナル。Piano singsという2021年のアルバムに収録されていますが、まさに歌い上げるようにピアノを弾かれている。どこか懐かしさを感じるメロディなんだけど展開部はとても「今」な感じがして、時を超えた魅力があるところが坂本龍一さんにも通じている。家に帰ってから聴いた、同じアルバムの”same old place”という曲も素敵でした。ああ、やっぱり年末は曲目問わずに聴きに行こう。

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