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いつかの素晴らしき彼

僕が高校1年生のときの思い出話

 僕の学校は、ひとつの学年がABCDEの5組に分かれている。
A組は進学クラスといって、僕は賢い、と自負している人が集まっているクラスである。
DE組は、反対に馬鹿ばかりが集まっている。BC組は普通のところだ。

        学力 : A ≧ BC ≧ DE

この学力差のせいで、A組が他を見下し、他がA組をうらやみ、それがこじれて、A組のやつらは気取ってやがる、と思う。そんな感じの雰囲気が全体にあった。

そんな学校に、真下タクト(仮)という男がいた。中背で、眼鏡をかけ、暗い感じなのだが、筋肉と脂肪で丸太型だった。
彼はA組で僕はB組。僕も何となく、A組のやつらは気取っていてつまらないだろうと思っていた。彼に対してもそう思ったし、彼の場合は見た目から、引っ込み思案なやつだろうとも思った。



 ある日、真下タクトがたった一人のレスリング部員らしいと聞いた。レスリング部の存在も知らなかった僕は、練習場が見たくて部活時間外に見に行った。
一見そこは空き教室を利用した、マットが敷いてあるだけの素朴で小さい練習場なのだが、隅に
※サボさんに似た、サンドバッグのようなものがあった。詳細にいうと、大きな緑の埴輪、もしくはサボさんの上半身。1m以上ある胴体に腕がついていた。

※サボさん


 また別の日、僕は放課後、廊下に面した四角いホールで友達と話していた。そのホールは小さくて間口が狭い。廊下の死角から死角へと、人がすぐに消えていく。いつもの放課後ならば、話し声や部活で廊下を走る音が聞こえて、帰る姿や走る姿がホールを横切るのが見える。しかし、この日は聞き覚えのない音がした。

  ドドォ ドドォ ドドォ 

(重たい急ぎ足に聞こえる。たぶん部活のトレーニングだろうが、何だこの音は)
ホールで友達と話していた僕は、廊下に目を向け、もうすぐ眼前を通過するはずの何かを期待した。

  ドドォ ドドォ ドドォ 

(来た!) 死角から現れた男は、真下タクトだった。丸太型の彼が、重そうなサボさんの脇の下に手をいれ、胸を締め上げ、死体運びみたいに急いで引きずっている。

(なんだあれは!? 変なのが通っていく!)

  ドフッ

真下タクトは突然に、間口の真ん中にそいつを立てた。緑の人形に手を置き、息を切らした胸を張って、堂々とこちらを見据えている 。

(クハッ) 僕も友達も噴き出してしまった。バカにされた、と勘違いさせたくなくて、僕も友達も彼に背を向けて体育座り、震える体に頑張って抵抗していた。


笑いを鎮め、もう行っただろうと振り向いた。


(まだいた!まだ、こちらを見据えている!) 
彼はまだいた。また震えはじめた僕の背中を彼に向けた。


(行ったみたいだ。また来るか)
だが、もう来なかった。廊下の端をのぞいてみると、ガタイのいい、タイマーを持った禿げたおじさんと一緒に彼はいた。



  別の日、真下タクトは、緑の人形を持って階段を上下していた。階段の上には、やはりあのはげたおじさんがいた。トレーニングの最中、真下タクトは話しかけられていた。返答している姿は見た目通りおどおどとして、暗い感じだったけれど、なんだか親しまれているようだった。丸太型の彼と緑の人形によるかわいらしさ故だろうか。いや、そうではない。理由は何であれ、一人でレスリング部へ入り、ダサい練習も胸張ってやるその勇気!その秘めた勇気に、惹かれているのだ!


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