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(最終回)025-惑星で贖う

 シフト終わりに廃棄間近のカフェ・オ・レを買って店舗から出ると、むわ、と熱気が顔に押し寄せてきた。とても十月とはおもえない気温だった。出入り口付近のごみ箱の横にわるいひとがするみたいにしゃがんで、容器の蓋にカフェ・オ・レのストローを突き立てる。西陽が光りすぎて目に痛いのは、夏だからなのか、秋だからなのか、どちらなのだろう。海を見れば判別がつくだろうに、この町は陸地ばかりでできている。そのほうがうんと安全だった。なにも失くさなくて済むのだから。頭ではわかっていて、その日のことを忘れたわけでもないのに、泣いて怖がる回数は減ってきていた。こういうことに気づいたときに大人は煙草を吸うのかもしれないとおもったけれど、わたしにはまだその勇気がない。ストローを咥えて喉を潤す。あまり売れないカフェ・オ・レはミルクの味と甘みが強すぎてなにを飲んでいるのかわからなくなる。うぃん、と自動ドアの開く音がして目をやると、制服の上から薄手のパーカーを羽織った店長が大あくびをしながら店舗から出てきた。
「うわ」店長が足をとめる。「夢野さん、そんなとこでうんこ座りしとったらほんまにヤンキーみたいやで」
 口のなかのものを急いで飲みこむ。
「えー、そうですかねえ?」
「そうやで。ほんまもんに絡まれへんように気いつけや」
「はあい」
「ほなお疲れさん」
「お疲れさまでーす」
 店長は店舗の外壁にぴたりとくっつけて停めていた自転車にまたがって、振り返ってもいないのにこちらにむかって的確に手をひらひらと振った。ずんぐりむっくりとした身体に対して自転車が小さすぎる、といつもおもう。たしか掛け持ちで店長を務めているもうひとつの店舗でシフトが入っているのだった。店長の名前のない日がないシフト表を眺めて、よう身体壊さへんよなあ、とみんな感心するように言うけれど、シフトを変わったり他店のヘルプに入ったりすることはない。
 じゅる、とストローが音を立てて、カフェ・オ・レを飲み干したことを知る。立ち上がると膝の骨が鳴って、おばあちゃんみたいで嫌だった。ごみ箱に容器を捨てて店舗をあとにする。西陽が弱まると風が一気に冷たく感じた。夕飯はシチューにしようと決めた。

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