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日記

夕焼け空のもとで信号がいっせいに赤になる(青信号でなく赤信号がいい)、その色合いとコントラストがなんだかよくって、写真、とおもって立ちどまろうとしたら、すぐ近くを歩いていた三人グループのうちのひとりが西の空にカメラをむけて驚いた。高辻麸屋町のあたり。ラーメン屋さんの行きしなの道。わたしが撮りたいとおもった景色を撮ったのかはわからなかったけれど、でも、じぶんがいいとおもったものをおなじようにいいとおもうひとがいることを、共感性のようなものを信じてもいいのだとやっとおもうことができたのだった。愛することや、愛する度合いも、別々の生きものなのだからといって感情をおなじところに揃えることを諦めがちだったから、光がさしたみたいなふわふわしたきもちになった。
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名前に棲む、といったことをこの一年くらいずっと考えていた。自意識が生まれるまえに名付けられた名前、だれが書いたのか・つくったのかわかるようにしておく印のための名前、呼びやすいように縮められた名前、どれも実際に生きているじぶんの肉体や精神よりも先走っているように感じて、ふと生き苦しくなることがある。息もうまく吸えない、虫の息のような危うさで。名前を追いかけて生きていくごとに、こうあるべきじぶん、のようなものが増えて身動きがとれなくなっていく。自己受容のはなしをおもう。二村ヒトシさんの『なぜあなたは愛してくれない人を好きになるのか』とか、千野帽子さんの『人はなぜ物語を求めるのか』とか。たぶん、わたしも他者も気づいていないところであるひとつの名前であるじぶんに物語づけが行われていて、それに反することを恐れて接客用の笑顔を纏わせたことばで身を守っているところがあって、溜め息もろくにつけず、その場でくるくると回りつづけて目が回ってしまう。わたしはそういうじぶんのことはあまり愛してやれなくて、でも、たぶん、ほんとうは誰かとわかりあうといったことをしてみたかったのだろうなとおもう。
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高校生のころ、女子高生なりにエムブロ!をやっていたのだけれど(書くだけでなくデザインをいじるのもすきだった)、そこですきなものを百個書くといった企画のようなものがあった。それは愛に満ちてたいへん素晴らしいとおもってやっていた(それのためだけにもうひとつアカウントをとっていた気がする)のだけれど、すきなものについてきもちわるくならずに書くのってとっても難しくってくじけた覚えがある。あと、梶井基次郎の「雪後」を鼻濁音がうまく聞きとれずに「セツモ」と書き間違えていたこともひりひりと覚えている、恥ずかしい……。本読みの師匠に、きみは脱オタしたほうがいいよ、と言われていて、なにかを猛烈にすきでいる状態につい臆病になってしまうのだけれど、またやってみたいなとおもう。すきなもののことを考えるとなにかと健康になれるし元気になる。そのうちやるかもしれない。書きたいときに書いて、そういえばさいきんすっかり書いてないなとおもうような、ゆるゆるとしたペースで。
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池田澄子さんの『思ってます』の〈思いは、なんの役にも立たなかった〉という表紙、それからあとがきのことばのことをよく考える。そして、朝食の支度をして、洗濯をして、仕事をして、夕飯の支度をして、お風呂に入って、眠る、この一連の生活におもうところがなくて、おもうことは、もしかしたら贅沢な時間なのかもしれなかった。

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