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日記

定期入れに付属していたびよんびよんのチェーンをびよんびよんしていたら切れた。大学に入学したころに買った靴下にゃんこの定期入れ、おもえば十年近く使っていたわけで、いままでよく千切れなかったなとおもう。靴下にゃんこ、は足先が白いのが靴下にみえるからそう名付けられているのだけれど、わたしが持っている定期入れは顔の部分しかないのでサンリオのタグがついていなかったらただの黒猫になってしまう。チャックがついていて指輪や図書館のカードやちょっとした小銭なんかを入れるのに丁度よくてずっと愛用している。(「靴下にゃんこ パスケース」で画像検索をかけるとすぐに出てきます。)
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『ゼルダ無双 厄災の黙示録』をプレイしはじめた。ブレスオブザワイルドの過去でありながら違う筋を辿っていくらしいという噂は聞いているものの、ミファーやウルボザやダルケルやリーバルを操作していると、でもこのひとたちが死んでしまう未来もあったのだと悲しくなってしまう。ミファーに会いにいくくだりで、あそこの地方は電気系の敵が多いはずだとリンクに電気防止の兜をかぶらせたらムービー中でもかぶっていて、すごくださくて、笑いがしばらくとまらなかった。ミファーさん、また背が伸びたね、なんて照れているばあいではない。
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と書いて数週間が過ぎ、『ゼルダ無双 厄災の黙示録』のメインのストーリーをひととおりクリアした。
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「なに見てんの?」
「これクーポンやねんけど。〈ぷりっ!〉」
「〈ぷりっ!〉かあ? フライドチキンに言わんくない?」
「やんなあ」
「〈ぷりっ!〉はどっちかというとこっちの照り焼きチキンのほうちゃうん?」
「〈がぶっ!〉」
「〈がぶっ!〉は捕食するがわの意見やな」
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十二月のはじめは「アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ」でとても推している北条加蓮ちゃんのイベントがあったので自由時間のほとんどをリズムゲームに費やしていた。モバゲーのほうのゲームのイベントでも加蓮ちゃんが報酬になっていたから、両方やっていたひとは大変だっただろうなとおもう。指とか目とかご無事ですか。そうして一週間ほど読書断ちをするかたちになったせいか、イベントが終わってからなにか読まねば・すぐに読まねばというきもちになって長嶋有さんの『泣かない女はいない』と『ぼくは落ち着きがない』を読んだ。ツイッターのフリート(インスタグラムのハイライトでも読めます)でもすこし書いていたのだけれど、長嶋さんの文章はさまざまな物事に視点を与えていく文章で、その影響をもろに受けていまは見えるものすべてが小説になり得るんでないかと想像が膨らみに膨らんで、ずっとそわそわして過ごしている。十二月はガルシア=マルケスを読もうと決めていたけれど、冬期休暇に入ってからでいいやとおもいはじめたのでいまはまた別の小説を読んでいる。ガルシア=マルケスに取り組むまでにあと三冊は読みたい。
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京都シネマさんで『ばるぼら』と『ホモ・サピエンスの涙』を観た。『ばるぼら』は妖しくて美しくて汚くて、とてもよかった。書けない苦しみも、なにかに傾倒する酔うような心地も、わかる、とおもった。『ホモ・サピエンスの涙』はショートムービーが連なってできた映画で、ゆるやかな繋がりやあるいは繋がっていなさが面白かったなとおもう。ひととひと、出会えばそれぞれの人生が繋がるし、出会わなければ無干渉でおわる、そういったことを考えた。ことしのシアターでの映画鑑賞はこれでおわり。世界のがわがなかなか健康になってくれなくてあまり観にいけなかったから残念だ。来年はもっとたくさん観にいきたいし、どこかのシアターの会員になりたい。
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それなりに仲がよいとおもっていたひとと喧嘩をして、すべてを失くしてしまったようなきもちになって、いまでも時折気分が落ちこむけれど、きっと時間が過ぎるごとに忘れていく。零してしまったビーズを探しきれなくなるみたいになくなっていく。夫宛に届いた結婚式の招待状のうちの一通に書かれた小学校の同級生の大人しくなってしまった名前を見てそうおもう。あの旧姓にこの名前だから口にだして言いたくなる響きだったのに。「すべてが終わってしまう前に」という曲の〈なんで愛は戻らないんだろう/一度床にこぼせば/どんなに懸命に掻き集めたとしてもね/砂が混じって飲めやしないから〉のところをおもいうかべる。
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イヤホンの絡まりに雪虫此処にあればよかつた碧い碧い滝が

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