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夜がほのぼのと明けて

 タイトルも書き出しもぴたっとくるものがないんだけど、美しく感じられるものとか、ものすごい才能とか、人生における祝福のようなこととか、何かとにかく普通ならざるものに、ほとんどといっていいほどついてまわる闇的な部分についておもうこと。

 『アメイジング・グレイス』という讃美歌の、作詞者まわりの話を教えてもらった。作詞をしたイギリス人のジョン・ニュートンという人は、奴隷貿易に携わったのち、ある体験をしたことから回心し、それから牧師となってこの讃美歌がつくられたのだという(作曲者不明)。聴けば誰もが耳にしたことのある歌で、例えば光のさす教会の中、声のよく響くようなシチュエーションなんかであれば、感動を誘うだろうことは想像に難くない。この、美しい讃美歌をつくったのは過去に奴隷貿易をおこなっていた人物だ、というのを知って眉をひそめるかというと、私としてはノーであった。そして眉をひそめたりもしないけれど、それとは逆に感動して評価が変わるかというと、そういうのとも違う。突出したものが生まれる背景には、それなりの代償がくっついてまわることについて、いろいろとおもうところがある、というふうなことを言いたい。

 できれば体験したくなかった物事があって、だけどそれがなければ出合わなかっただろう人や環境についておもうとき、心がひきさかれそうなおもいがする。必然だった、みたいなアタマの軽いとらえ方も言い方もしたくないし、だからといって今のところの結果としていえば、そののちに得難い出合いをできたんだという気もちももっていて。

 自分のささやかな体験と、アメイジング・グレイスという讃美歌の生まれた背景といったような世界レベルの話、身近な人々の体験談だとかに触れて、色んな時と場所においてそれぞれの払ってきたた代償をおもうと、胸がふたぐ。あんなことがなければよかったとは簡単には言われないし、だからといって何かを得るために必要な体験だったみたいなことをおもいたくもない。自分を含め一人ひとりが抱えなければならなかった、あらゆる物事をおもうとき、それはもう言葉にすることはできない。少なくとも今のところの私自身にはうまく表現することも結論することもできない。

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 <amazing>という言葉は「素晴らしい」みたいな訳されかたが多くて、この歌の題名、歌いだしに関しても特になんということもおもっていなかった。アメイジング・グレイス。その言葉の響きだけ受け取っていて、意味をおもったことはなかった。
 この度ジョン・ニュートンという人の話を聞いて、気になって、Wikipediaをひらいてつらつらと読んでいたら、下の文章にあたった。

この賛美歌を評して、アメリカの精神科医のM・スコット・ペックは、この恩寵を歌う詩の最初でgrace(恩寵)にAmazing(奇しき) が結び付けられていることに注目し「恩寵に結びつけられた最初の言葉が奇しきである。事が普通のコースをたどらず、われわれの知っている自然の法則で予想できない時、我々は(それを奇跡だと)驚く」しかし「(神の)恩寵が手を差し伸べ、我々を喜んで迎え入れてくれるのを人は(やがて)知る。これ以上人は何を望むのか。」と著書で説いている。

Wikipedia「アメイジング・グレイス」

 あれ、M・スコット・ペックって聞き覚えがあるなとおもったら前に著書を読んでいた。本棚マガジンにも書いている
 <事が普通のコースをたどらず、・・・>人生っていろんなことが起こるんだけど、誰にとってもそれはそうなんだけれど、ときどきふと、どうして自分の身にあんなことが起こったのだろう、とおもってしまうことがある。それはすごくかなしくて、すごくつらくて、ものすごい痛みを伴っていて、思い返すだけで気絶しそうになるんだけれど、あとになってそれらを回収するいくつかの出来事が起こってきたりする。その闇と光は決して別々の、切り離された物事じゃなく、どうしようもなくつながっていて、絡み合っていて、そのことがひどく私を思考させる。
 感情としては怒りもわいてくるし、痛みも、かなしみも増幅するんだけれど、その分よろこびや、ふわふわしててあったかい救いみたいなものにも包まれる。腹立たしくて、いとおしい。どうにもできないほど疼くし、それなのに目を背け続けることもできない。

 この、『アメイジング・グレイス』という歌のことと作詞者のジョン・ニュートンのことを教えてもらったときは、歌詞と旋律のもつ美しさと、それを生んだ人が奴隷貿易という歴史的な暗い側面との関わりがあったというその対比が主題で、それがきっかけになって何か書きたいとおもったのが始まりだったんだけれど、なんだか思考がいろんなふうにうつってしまった。

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 この記事は途中まで書いて下書きにいれておいたもの。そして最近、おすすめアニメというので『メイドインアビス』を観ているんだけれど、このアニメがもうなんだかすごい。まだとても表現できないけれど、このアニメは頭がぐらぐらするようなところがいっぱい孕んであって、感覚や思考がしびれる。

 ・・・これ以上人は何を望むのか。

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今日の「気絶」:引き続き「千夜一夜物語」を読み進めています。お話の中で、みんな何かと言うとすぐ気絶したり気を失ったり卒倒したりしていて忙しい。こういったワードが出てくるたびについニヤニヤしちゃいます。
まだ第60夜あたりのところなんだけれど、表現の仕方や言葉選びがすごく豊かで飽きません。タイトルは物語の中からキュンとした書きぶりより拝借。


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